番外編
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秘密の共有
「おい、三郎次。お前、葉月さんには絶対にイタズラとかするなよ」
二年い組の忍たま長屋に医務室から戻るなり左近は三郎次にそう言った。ややお疲れ気味の顔で。
部屋の中央で読書を進めていた三郎次は怪訝そうに左近の方を見る。
「何だよ藪から棒に。葉月さんって、あの人だっけ。料理が下手だけど食堂のおばちゃんに弟子入りしてる」
「うん」
「なんでぼくがイタズラしそうって思うんだよ」
「いつも一年生にイタズラしてるノリでちょっかい出したり、からかったりしそうだと思ったから」
「まあ、しないとは言い切れないかもな」
「いいか、ぜっったいにするなよ!」
ずいっと左近の顔が近づいてきたので思わず三郎次は後ずさる。
左近の表情はあまりにも剣幕なので、それを不審に思った三郎次は本の表紙を閉じ、足を組み直した。
「なんでダメなんだよ。そこまで言うからには理由があるんだろうな」
「泣く」
「は?」
「マジで泣くと思うあの人」
左近が言うにはほんのイタズラやちょっかいを掛けただけで本気で泣いてしまうというのだ。何をもってそう決めつけるのか。
もしやと思い、三郎次は意地の悪い笑みをにやりと浮かべた。
「左近、もしかして泣かしたのか」
そう訊ねれば左近は目を大きく見開き、ぶんぶんと頭を左右に振る。結わえた長い髪がその動きに合わせて揺れた。
「ぼ、ぼくは泣かしてなんかいない!」
「ほんとーに?」
「うっ」
再度問われれば言葉を詰まらせてしまった。
あの時、何の悪気もなしに女性に年を訊ねてしまった自分が悪いのだろうか。自分の年を訊かれたから、ただ訊き返しただけなのだ。それがまさか、あんなに落ち込ませてしまうことになるとは夢にも思わない。
「左近?」
「……ぼくが訊いてしまったせいかもしれない」
しょぼんと肩を落とす左近に三郎次は困惑していた。ちょっとからかっただけなのに、と。
「葉月さんに何したんだよ」
「女性特有の悩みというか、言っちゃいけないことというか」
「つまり、気に触ることを思いがけず言っちゃったんだな」
「うん。……物凄く気にされてたみたいで、医務室から出る時も柱にぶつかってた」
これには三郎次も苦笑いを浮かべた。
あの人はどこか抜けている。というよりも不運だ。その情報は二年生の耳にもしっかり入っていた。
今は左近がしょぼくれてしまっている。同室の友を慰めようか。いや、その何か言ってしまったことの方が気に掛かる。友を慰めることより、興味本位の方に天秤が傾いた。
しかし、直接訊ねても答えてはくれないだろう。この様子では頑なに口を閉ざしそうだ。
それならば、と三郎次はあることを閃いた。
「左近、何があったのかぼくが当ててみようか」
「ええっ!?」
「相手の表情から情報を探り出すのも立派な忍者の修行だ。ぼくが質問をするから、左近はそれを上手く隠せるようにする。お互いに勉強になるだろ」
一理ある。
顔に出やすいことは不利になるものだ。いつ何時も冷静な態度でいなければ。上級生やプロの忍者のように。
左近は友人の提案に乗ろうと前向きな姿勢ではあったが、些か不安が残る。この情報が漏れたら今度は本当に泣かせてしまうかもしれないのだ。
「う、上手くやれるかなぁ」
「左近ならできるできる。じゃあ、いくぞ」
ふたりは互いに顔が見えるように座る。三郎次は左近の表情をじっと穴が空きそうなほど観察した。かわって左近の方は悟られまいと無表情を心がける。そのあまり表情筋に力が入りすぎ、口はへの字に曲げてまるで怒っているように見えた。
傍から見ればにらめっこしているのかと訊かれそうな場面だ。
三郎次は何から質問するか内容をふたつみっつ絞り込み、最後に残った選択肢のうちどちらを訊ねるか考えていた。
やがて「よし」と頷き、決めた質問を左近に投げかけた。左近がごくりと固唾を飲み込む。
「年齢のこととか。……って、左近わかり易すぎ」
そこからどう誘導して聞き出そうか。あれこれ知恵を絞っていた三郎次は拍子抜けしてしまった。訊ねた相手がそれはもうびっくり仰天して驚いていたのだから。
「な、なんでわかったんだよ!」
「これでも悩んだほうだよ。年齢か、髪のことか」
「年齢はわかるけど、なんで髪?」
左近が不思議そうに首を傾げた。
「女の人は容姿、つまり髪のことも気にするってタカ丸さんがこの間言ってたんだ」
「へえ……髪結いならではの着眼点って感じだな」
至極感心したようにうんうんと頷いてみせた。そんな左近に対して三郎次はにやりと笑う。
「左近は葉月さんに年のことを指摘して泣かせたんだな」
「なっ泣かせてないってば! 落ち込ませただけで!」
「どっちも似たようなもんだよ。よし、じゃあ次は」
「まだやるの?」
どう足掻いてもこれ以上は勝算は見込めない。完全に動揺してしまっている。それを早くも悟った左近は引き気味に身構えた。
そこへ食い下がる三郎次。もはや興味本位からであった。実にその顔は楽しそうである。
「ずばり、十八だったりして」
左近はひっくり返りそうになった。
この的中率の高さ。的を射ればまさに百発百中。つい先日の手裏剣のテストを思い出した。三郎次が打つ手裏剣はいつも的の真ん中に命中する。狙った場所へ必ず当てるものだから、実技に伴って勘も鋭くなるのだろうか。尊敬の念が浮かぶと同時に同室の友が恐ろしくも感じた。
「なんでわかるんだよ! 三郎次、お前ぼくの心が読めるのか?」
「声がでかいって。左近、顔に出すぎだぞ。年齢は当てずっぽうに言ってみたんだよ。落ち込むほど気にするってことは、結構上なのかなって思ったんだ。でも、十八には見えないよな。せいぜい四つくらい上だと思ってた」
知り合いで霧華と年が近い女性といえば。二人の頭に北石照代の姿が浮かんだ。そこに霧華を並べてみたが、幼さが勝るのは霧華の方である。顔つき云々もあるのだろうが、時代の世相が反映していることを今はまだこのふたりは知らない。
「伊作先輩も物凄く驚いていらっしゃったよ」
「伊作先輩も知ってるんだ」
「うん。三郎次にはバレちゃったけど、このことは絶対に他の人には内緒だからな。葉月さんと約束したんだ」
自分から聞き出しておいてはなんだが、これは面倒な秘密を共有することになってしまった。うっかり知ってしまった情報を握る友があまりにも真剣に言うのだ。秘密は守らなくては。
この時の三郎次はそう思っていた。
しかし翌日、何故か学園中にその噂が広まっていたので密かに二人は焦ったという。
「おい、三郎次。お前、葉月さんには絶対にイタズラとかするなよ」
二年い組の忍たま長屋に医務室から戻るなり左近は三郎次にそう言った。ややお疲れ気味の顔で。
部屋の中央で読書を進めていた三郎次は怪訝そうに左近の方を見る。
「何だよ藪から棒に。葉月さんって、あの人だっけ。料理が下手だけど食堂のおばちゃんに弟子入りしてる」
「うん」
「なんでぼくがイタズラしそうって思うんだよ」
「いつも一年生にイタズラしてるノリでちょっかい出したり、からかったりしそうだと思ったから」
「まあ、しないとは言い切れないかもな」
「いいか、ぜっったいにするなよ!」
ずいっと左近の顔が近づいてきたので思わず三郎次は後ずさる。
左近の表情はあまりにも剣幕なので、それを不審に思った三郎次は本の表紙を閉じ、足を組み直した。
「なんでダメなんだよ。そこまで言うからには理由があるんだろうな」
「泣く」
「は?」
「マジで泣くと思うあの人」
左近が言うにはほんのイタズラやちょっかいを掛けただけで本気で泣いてしまうというのだ。何をもってそう決めつけるのか。
もしやと思い、三郎次は意地の悪い笑みをにやりと浮かべた。
「左近、もしかして泣かしたのか」
そう訊ねれば左近は目を大きく見開き、ぶんぶんと頭を左右に振る。結わえた長い髪がその動きに合わせて揺れた。
「ぼ、ぼくは泣かしてなんかいない!」
「ほんとーに?」
「うっ」
再度問われれば言葉を詰まらせてしまった。
あの時、何の悪気もなしに女性に年を訊ねてしまった自分が悪いのだろうか。自分の年を訊かれたから、ただ訊き返しただけなのだ。それがまさか、あんなに落ち込ませてしまうことになるとは夢にも思わない。
「左近?」
「……ぼくが訊いてしまったせいかもしれない」
しょぼんと肩を落とす左近に三郎次は困惑していた。ちょっとからかっただけなのに、と。
「葉月さんに何したんだよ」
「女性特有の悩みというか、言っちゃいけないことというか」
「つまり、気に触ることを思いがけず言っちゃったんだな」
「うん。……物凄く気にされてたみたいで、医務室から出る時も柱にぶつかってた」
これには三郎次も苦笑いを浮かべた。
あの人はどこか抜けている。というよりも不運だ。その情報は二年生の耳にもしっかり入っていた。
今は左近がしょぼくれてしまっている。同室の友を慰めようか。いや、その何か言ってしまったことの方が気に掛かる。友を慰めることより、興味本位の方に天秤が傾いた。
しかし、直接訊ねても答えてはくれないだろう。この様子では頑なに口を閉ざしそうだ。
それならば、と三郎次はあることを閃いた。
「左近、何があったのかぼくが当ててみようか」
「ええっ!?」
「相手の表情から情報を探り出すのも立派な忍者の修行だ。ぼくが質問をするから、左近はそれを上手く隠せるようにする。お互いに勉強になるだろ」
一理ある。
顔に出やすいことは不利になるものだ。いつ何時も冷静な態度でいなければ。上級生やプロの忍者のように。
左近は友人の提案に乗ろうと前向きな姿勢ではあったが、些か不安が残る。この情報が漏れたら今度は本当に泣かせてしまうかもしれないのだ。
「う、上手くやれるかなぁ」
「左近ならできるできる。じゃあ、いくぞ」
ふたりは互いに顔が見えるように座る。三郎次は左近の表情をじっと穴が空きそうなほど観察した。かわって左近の方は悟られまいと無表情を心がける。そのあまり表情筋に力が入りすぎ、口はへの字に曲げてまるで怒っているように見えた。
傍から見ればにらめっこしているのかと訊かれそうな場面だ。
三郎次は何から質問するか内容をふたつみっつ絞り込み、最後に残った選択肢のうちどちらを訊ねるか考えていた。
やがて「よし」と頷き、決めた質問を左近に投げかけた。左近がごくりと固唾を飲み込む。
「年齢のこととか。……って、左近わかり易すぎ」
そこからどう誘導して聞き出そうか。あれこれ知恵を絞っていた三郎次は拍子抜けしてしまった。訊ねた相手がそれはもうびっくり仰天して驚いていたのだから。
「な、なんでわかったんだよ!」
「これでも悩んだほうだよ。年齢か、髪のことか」
「年齢はわかるけど、なんで髪?」
左近が不思議そうに首を傾げた。
「女の人は容姿、つまり髪のことも気にするってタカ丸さんがこの間言ってたんだ」
「へえ……髪結いならではの着眼点って感じだな」
至極感心したようにうんうんと頷いてみせた。そんな左近に対して三郎次はにやりと笑う。
「左近は葉月さんに年のことを指摘して泣かせたんだな」
「なっ泣かせてないってば! 落ち込ませただけで!」
「どっちも似たようなもんだよ。よし、じゃあ次は」
「まだやるの?」
どう足掻いてもこれ以上は勝算は見込めない。完全に動揺してしまっている。それを早くも悟った左近は引き気味に身構えた。
そこへ食い下がる三郎次。もはや興味本位からであった。実にその顔は楽しそうである。
「ずばり、十八だったりして」
左近はひっくり返りそうになった。
この的中率の高さ。的を射ればまさに百発百中。つい先日の手裏剣のテストを思い出した。三郎次が打つ手裏剣はいつも的の真ん中に命中する。狙った場所へ必ず当てるものだから、実技に伴って勘も鋭くなるのだろうか。尊敬の念が浮かぶと同時に同室の友が恐ろしくも感じた。
「なんでわかるんだよ! 三郎次、お前ぼくの心が読めるのか?」
「声がでかいって。左近、顔に出すぎだぞ。年齢は当てずっぽうに言ってみたんだよ。落ち込むほど気にするってことは、結構上なのかなって思ったんだ。でも、十八には見えないよな。せいぜい四つくらい上だと思ってた」
知り合いで霧華と年が近い女性といえば。二人の頭に北石照代の姿が浮かんだ。そこに霧華を並べてみたが、幼さが勝るのは霧華の方である。顔つき云々もあるのだろうが、時代の世相が反映していることを今はまだこのふたりは知らない。
「伊作先輩も物凄く驚いていらっしゃったよ」
「伊作先輩も知ってるんだ」
「うん。三郎次にはバレちゃったけど、このことは絶対に他の人には内緒だからな。葉月さんと約束したんだ」
自分から聞き出しておいてはなんだが、これは面倒な秘密を共有することになってしまった。うっかり知ってしまった情報を握る友があまりにも真剣に言うのだ。秘密は守らなくては。
この時の三郎次はそう思っていた。
しかし翌日、何故か学園中にその噂が広まっていたので密かに二人は焦ったという。
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