番外編 其の二
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転:賽は転がり続ける
米俵スタイルで担がれ、新幹線顔負けの超スピードで運ばれてきた私はぐったりとしていた。
湧き水が出ているという場所でようやく下ろされたのはいいけど、前後不覚なわけで。
当初よりもグラグラ、ゆらゆらふらつく私を必死に支えてくれた四郎兵衛くんに感謝しかない。
そして腰掛けるのに丁度良いからと岩を見つけてくれた三之助くんに手を引かれ、そこへ腰を下ろした。
映画の4DXよりもはるかに大迫力でした。
もう画面酔いどころじゃない。顔にべちべち木の葉当たるし、驚いて飛び出てきた小鳥も肩すれすれに横切っていった。
「小平太。お前はもう少し加減というものを覚えなさい」
女子はもっと丁寧に扱いなさい。米俵担ぎはあんまりだと桜木さんが小平太くんに説教を垂れていた。
その叱り方が凪の様に穏やか過ぎたので、逆に怖さを助長する。しかも仁王立ちで。
怒らせたらいけない部類の人な気がする。
「すみません!」潔く謝るも朗らかな声色に反省の色は果たしてあるのかどうか。
三割くらいなんだろうな、きっと。
平らな岩に腰掛けた私は暫く遠くを見つめていた。こうしていないと内臓の辺りがモヤついて、ちょっとマズイ。
車酔いならぬ小平太酔い。乗り物酔いの部類には違わない。
頭がぐらんぐらんしている。下手に動いたらこれ本当にヤバい。
ここは落ち着いて、呼吸を静かに調えるに限る。
身体を地面と垂直に保ち、目を軽く瞑って目頭を抓んだ。竹林に差し込む陽の光すら刺激的で仕方がない。
いっそのこと日陰ぼっこでもした方が落ち着く気がしてきた。
「お気を確かに。こちらをどうぞ」
「ありがとう」
私は滝夜叉丸くんから渡されるがままに何かを受け取った。いや、これが何かとか確かめる余裕が殆どない。
そんな私の穏やかではない状況を察した彼は「心情お察し申し上げます。どうぞ落ち着くまでご無理なさらずに」と優しい声を掛けてくれた。その後「あれに耐えられる者はおりませんので」ぼそりと呟かれる。
滝夜叉丸くんは何処か遠い目をしていた。
ああ、三年目だもんね。ずっと次期委員長に振り回されてきたんだろう。
それこそ担がれて猛スピード疾走された経験が一度や二度、いやそれ以上ありそう。
私は細く、長い息を吐き出した。
少し気持ち悪さが和らいできた。波がないことを祈ろう。
改めて私は両手で持たされた物に視線を落とした。
湯のみだ。竹を切って作られたもので、縁の鋭利な部分も緩やかに削られている。匠の技というか、気遣い。
竹製の湯のみに注がれた水。とても冷たくて、指先にじわじわと伝わってくる。
丸い湯のみの中に映り込んだ自分の顔は、とても沈んでいた。
「お姉さん。まだ気分良くないですか」
ぼんやりとしていた私は可愛らしい声に呼ばれ、顔を上げた。
私の側にちょこんと座り、心配そうに顔を覗き込んでくる井桁模様。
四郎兵衛くんの頬は泥があちこち付いていた。もう既に乾いていて、表面が浮いている。
汚れてるのは制服も同じ。
体育委員会の活動中だと言っていたけど、ただ走るだけじゃこうならないよね。山越え谷越え、獣道も邁進してきたんだろうな。
私は手拭いを懐から取り出して、湯のみから垂らした水で湿らせた。
それで四郎兵衛くんの頬に付いた泥を拭う。鼻の頭も汚れていたので優しく拭き取る。
「顔、泥だらけだったから」
「すみません。ありがとうこざいます」
ふにゃりと微笑んだ顔。
その顔に少し癒されて気分も落ち着いた気がする。
「えっと……湯のみとお水も有難う」
「お気になさらずに。その方が水も飲みやすいと思いまして。改めて水を汲んできましょうか」
「ううん。大丈夫」
「気分が悪くなりそうでしたら直ぐに仰ってください」
さっきから滝夜叉丸くんが随分と面倒見の良さを発揮している。一瞬、保健委員会の子だったかなと錯覚するほどに。
でも、私のことよりも明後日の方向に歩き出そうとしてる三之助くんをしっかり見ていた方が良い気もする。
私の視線をなんとなしに追いかけた滝夜叉丸くんの顔が一変した。
「こら! 何処に行く気だ!」
慌てて青色の首根っこを掴んで引き留める。
それは時たま見掛けた光景と全く同じ。やることは一年前も然程変わってないみたいだ。
迷子常習犯の彼は悪びれた様子もない。
「先に進行方向の様子を見てこようと思いまして」
「それは感心に値するが……そっちは今来た方向だっ!」
「そうでしたっけ」
そんなやり取りをしていたものだから、可笑しくてつい笑いそうになってしまう。
桜木さんと小平太くんは二人の様子をどこか微笑ましく見守りつつ、竹の水筒で喉を潤していた。
『竹は加工が容易なのでこの時代じゃ重宝されているんですよ』
その用途は水筒、器、カゴを始めとした日用品に留まらない。
先端を鋭く削れば武器にもなるし、束ねて防護壁の代わりにもなるそうだ。
留三郎くんが竹を切り揃えた場面に出くわした時、そう話してくれた。
私の時代では竹トンボや竹細工ぐらいしか見たことがない。
時代が移り変われば用途も流れに応じて変わっていく。
彼は自身の身長程に切り揃えた竹を並べ、麻紐で連結。その手つきは実に鮮やかで、手早い。
あっという間に出来上がっていく竹の筏に関心すれば「このぐらい朝飯前です」と笑っていた。
後で聞いたらその筏は川を渡る手段として役立つものだったらしい。簡易的な橋を架けられるとか。
そういえば、留三郎くんに頼んだ鍋の修補そろそろ終わる頃かも。
普段使っている鍋の側面が大きく凹んで、扱いにくいどころか炒めてる最中に野菜が逃げ出す仕様に。
難易度が高すぎる鍋の修補をダメ元で彼に頼んだら「いいですよ」と快く引き受けてくれた。
用具委員会は壁やら学園中の穴埋めやらで日頃忙しない。
だから後回しでも良いと鍋を渡す時にお願いしたのに、彼はこう言った。
『葉月さんが一番使い慣れてるやつだろ、これ。早めに直しておくんで、またこれで美味い飯を作ってください』
白い歯を見せて笑う爽やかな笑顔がとても眩しかった。
私がこっちに来て、手にようやく馴染んできた鍋だということを留三郎くんは知っていた。
だから嬉しかった。あれが愛用の鍋で、美味しい料理を作ってほしいと言ってくれたことも。
『私はこの崩れかけた煮物が美味くて好きです! 形は不格好だが、味はいい!』
『不格好は余計な一言なんだけどお!』
煮込み過ぎて崩れる寸前の里芋を箸で摘まんで、そう言ってくれた子もいる。
そんなやり取りをした子は私の少し離れた場所で一つ上の先輩と頭を寄せ、何やら雑談を交わしていた。
不意に目が合った桜木さんに軽く微笑まれる。
ここにいるみんなは私の知らない色を纏っている。
私は確かに知っているはずなのに、みんなは私のことを知らない。ひとつも。
学園で過ごす日々。
研いだお米にゆっくりと水が浸透するように、私にとって少しずつ此処での暮らしが当たり前になりつつあったのに。
食堂でおばちゃんの手伝いをして、苦手なりに頑張った料理を振舞う。
みんなのことを下の名前で呼んでもいいよとか、髪の結い方やこの時代の化粧方法も教えてくれた。
ようやく、やっと此処の生活が馴染んできた頃だったというのに。
それがこの仕打ちだなんて。まるでサイコロの目が悪かったばかりに振り出しへと戻された気分がした。
「それで、貴女はこれからどうされますか」穏やかな口調でそう訊ねられ、私は息が詰まった。
考えに耽るうちに俯いてしまったんだろう。私は頭を持ち上げ、声のした方に視線を向ける。
二人はどこか憐れむ様な目をしていた。ああ、きっと私のことを迷子だと思っているんだ。
うん。帰る場所がない迷子に違いない。
「どうするって、……どうしよう」
どうしたら良いんだろう。何もわからない。
行く宛てがないんだ。私には。
だって、例え忍術学園に足を運んだとしても、私を知る人は誰もいない。
名前も顔も、声すらも知らない他人でしかないのだ。
重く圧し掛かる感情で胸が潰れてしまいそうだった。
「我々が近くの町まで送っていきましょうか」
「ありがとう。でも、だいじょうぶだよ。なんとか、うん。なんとかなると思うから」
「なんとかなるっていう感じじゃないですよ、その顔は」
ここにいるみんなには迷惑を掛けられない。掛けちゃいけない。
笑顔を取り繕って声を絞り出したのに、三之助くんにずばり痛い所を突かれてしまった。
「こんな山奥でふらふら一人で歩いてたら迷子になりますよ」
こんなことをさらっと言うのだから。
ほら、滝夜叉丸くんと四郎兵衛くんが「どの口が物を言ってるんだ」みたいに呆れた顔をしている。
なんだかそれが笑えてきた。悲しいのか、おかしいのかさえもわからなくなってくる。
私は下唇を噛みしめながら俯いた。
「どうやら何か訳ありのご様子。宜しければ話していただけませんか」
「微力ながら、我々が力添えいたします」
視界の隅に感じた深緑と浅い紫色。
力強い言葉。
「お姉さん、すごくつらそうだよ」
「移動の際はこの私が背負っていきますので、ご心配なく」
「無理はしない方が良いですよ」
まさに三者三様の反応。
でも、優しいところは同じだった。
私の知ってる彼らとなんら変わりない。
じわりと沁みる温かい優しさ。
それに触れた私は「ありがとう」と口にしたつもりだった。
けれどその言葉を届けるより先に震えてどこかに落ちて、消えてしまう。
代わりに大粒の涙がぽたり、ぽたりと両目から零れ溢れた。
霞でぼやけた視界に映るのは自分の膝と、大きな手の平。
私の目元に触れた指先は温かった。
米俵スタイルで担がれ、新幹線顔負けの超スピードで運ばれてきた私はぐったりとしていた。
湧き水が出ているという場所でようやく下ろされたのはいいけど、前後不覚なわけで。
当初よりもグラグラ、ゆらゆらふらつく私を必死に支えてくれた四郎兵衛くんに感謝しかない。
そして腰掛けるのに丁度良いからと岩を見つけてくれた三之助くんに手を引かれ、そこへ腰を下ろした。
映画の4DXよりもはるかに大迫力でした。
もう画面酔いどころじゃない。顔にべちべち木の葉当たるし、驚いて飛び出てきた小鳥も肩すれすれに横切っていった。
「小平太。お前はもう少し加減というものを覚えなさい」
女子はもっと丁寧に扱いなさい。米俵担ぎはあんまりだと桜木さんが小平太くんに説教を垂れていた。
その叱り方が凪の様に穏やか過ぎたので、逆に怖さを助長する。しかも仁王立ちで。
怒らせたらいけない部類の人な気がする。
「すみません!」潔く謝るも朗らかな声色に反省の色は果たしてあるのかどうか。
三割くらいなんだろうな、きっと。
平らな岩に腰掛けた私は暫く遠くを見つめていた。こうしていないと内臓の辺りがモヤついて、ちょっとマズイ。
車酔いならぬ小平太酔い。乗り物酔いの部類には違わない。
頭がぐらんぐらんしている。下手に動いたらこれ本当にヤバい。
ここは落ち着いて、呼吸を静かに調えるに限る。
身体を地面と垂直に保ち、目を軽く瞑って目頭を抓んだ。竹林に差し込む陽の光すら刺激的で仕方がない。
いっそのこと日陰ぼっこでもした方が落ち着く気がしてきた。
「お気を確かに。こちらをどうぞ」
「ありがとう」
私は滝夜叉丸くんから渡されるがままに何かを受け取った。いや、これが何かとか確かめる余裕が殆どない。
そんな私の穏やかではない状況を察した彼は「心情お察し申し上げます。どうぞ落ち着くまでご無理なさらずに」と優しい声を掛けてくれた。その後「あれに耐えられる者はおりませんので」ぼそりと呟かれる。
滝夜叉丸くんは何処か遠い目をしていた。
ああ、三年目だもんね。ずっと次期委員長に振り回されてきたんだろう。
それこそ担がれて猛スピード疾走された経験が一度や二度、いやそれ以上ありそう。
私は細く、長い息を吐き出した。
少し気持ち悪さが和らいできた。波がないことを祈ろう。
改めて私は両手で持たされた物に視線を落とした。
湯のみだ。竹を切って作られたもので、縁の鋭利な部分も緩やかに削られている。匠の技というか、気遣い。
竹製の湯のみに注がれた水。とても冷たくて、指先にじわじわと伝わってくる。
丸い湯のみの中に映り込んだ自分の顔は、とても沈んでいた。
「お姉さん。まだ気分良くないですか」
ぼんやりとしていた私は可愛らしい声に呼ばれ、顔を上げた。
私の側にちょこんと座り、心配そうに顔を覗き込んでくる井桁模様。
四郎兵衛くんの頬は泥があちこち付いていた。もう既に乾いていて、表面が浮いている。
汚れてるのは制服も同じ。
体育委員会の活動中だと言っていたけど、ただ走るだけじゃこうならないよね。山越え谷越え、獣道も邁進してきたんだろうな。
私は手拭いを懐から取り出して、湯のみから垂らした水で湿らせた。
それで四郎兵衛くんの頬に付いた泥を拭う。鼻の頭も汚れていたので優しく拭き取る。
「顔、泥だらけだったから」
「すみません。ありがとうこざいます」
ふにゃりと微笑んだ顔。
その顔に少し癒されて気分も落ち着いた気がする。
「えっと……湯のみとお水も有難う」
「お気になさらずに。その方が水も飲みやすいと思いまして。改めて水を汲んできましょうか」
「ううん。大丈夫」
「気分が悪くなりそうでしたら直ぐに仰ってください」
さっきから滝夜叉丸くんが随分と面倒見の良さを発揮している。一瞬、保健委員会の子だったかなと錯覚するほどに。
でも、私のことよりも明後日の方向に歩き出そうとしてる三之助くんをしっかり見ていた方が良い気もする。
私の視線をなんとなしに追いかけた滝夜叉丸くんの顔が一変した。
「こら! 何処に行く気だ!」
慌てて青色の首根っこを掴んで引き留める。
それは時たま見掛けた光景と全く同じ。やることは一年前も然程変わってないみたいだ。
迷子常習犯の彼は悪びれた様子もない。
「先に進行方向の様子を見てこようと思いまして」
「それは感心に値するが……そっちは今来た方向だっ!」
「そうでしたっけ」
そんなやり取りをしていたものだから、可笑しくてつい笑いそうになってしまう。
桜木さんと小平太くんは二人の様子をどこか微笑ましく見守りつつ、竹の水筒で喉を潤していた。
『竹は加工が容易なのでこの時代じゃ重宝されているんですよ』
その用途は水筒、器、カゴを始めとした日用品に留まらない。
先端を鋭く削れば武器にもなるし、束ねて防護壁の代わりにもなるそうだ。
留三郎くんが竹を切り揃えた場面に出くわした時、そう話してくれた。
私の時代では竹トンボや竹細工ぐらいしか見たことがない。
時代が移り変われば用途も流れに応じて変わっていく。
彼は自身の身長程に切り揃えた竹を並べ、麻紐で連結。その手つきは実に鮮やかで、手早い。
あっという間に出来上がっていく竹の筏に関心すれば「このぐらい朝飯前です」と笑っていた。
後で聞いたらその筏は川を渡る手段として役立つものだったらしい。簡易的な橋を架けられるとか。
そういえば、留三郎くんに頼んだ鍋の修補そろそろ終わる頃かも。
普段使っている鍋の側面が大きく凹んで、扱いにくいどころか炒めてる最中に野菜が逃げ出す仕様に。
難易度が高すぎる鍋の修補をダメ元で彼に頼んだら「いいですよ」と快く引き受けてくれた。
用具委員会は壁やら学園中の穴埋めやらで日頃忙しない。
だから後回しでも良いと鍋を渡す時にお願いしたのに、彼はこう言った。
『葉月さんが一番使い慣れてるやつだろ、これ。早めに直しておくんで、またこれで美味い飯を作ってください』
白い歯を見せて笑う爽やかな笑顔がとても眩しかった。
私がこっちに来て、手にようやく馴染んできた鍋だということを留三郎くんは知っていた。
だから嬉しかった。あれが愛用の鍋で、美味しい料理を作ってほしいと言ってくれたことも。
『私はこの崩れかけた煮物が美味くて好きです! 形は不格好だが、味はいい!』
『不格好は余計な一言なんだけどお!』
煮込み過ぎて崩れる寸前の里芋を箸で摘まんで、そう言ってくれた子もいる。
そんなやり取りをした子は私の少し離れた場所で一つ上の先輩と頭を寄せ、何やら雑談を交わしていた。
不意に目が合った桜木さんに軽く微笑まれる。
ここにいるみんなは私の知らない色を纏っている。
私は確かに知っているはずなのに、みんなは私のことを知らない。ひとつも。
学園で過ごす日々。
研いだお米にゆっくりと水が浸透するように、私にとって少しずつ此処での暮らしが当たり前になりつつあったのに。
食堂でおばちゃんの手伝いをして、苦手なりに頑張った料理を振舞う。
みんなのことを下の名前で呼んでもいいよとか、髪の結い方やこの時代の化粧方法も教えてくれた。
ようやく、やっと此処の生活が馴染んできた頃だったというのに。
それがこの仕打ちだなんて。まるでサイコロの目が悪かったばかりに振り出しへと戻された気分がした。
「それで、貴女はこれからどうされますか」穏やかな口調でそう訊ねられ、私は息が詰まった。
考えに耽るうちに俯いてしまったんだろう。私は頭を持ち上げ、声のした方に視線を向ける。
二人はどこか憐れむ様な目をしていた。ああ、きっと私のことを迷子だと思っているんだ。
うん。帰る場所がない迷子に違いない。
「どうするって、……どうしよう」
どうしたら良いんだろう。何もわからない。
行く宛てがないんだ。私には。
だって、例え忍術学園に足を運んだとしても、私を知る人は誰もいない。
名前も顔も、声すらも知らない他人でしかないのだ。
重く圧し掛かる感情で胸が潰れてしまいそうだった。
「我々が近くの町まで送っていきましょうか」
「ありがとう。でも、だいじょうぶだよ。なんとか、うん。なんとかなると思うから」
「なんとかなるっていう感じじゃないですよ、その顔は」
ここにいるみんなには迷惑を掛けられない。掛けちゃいけない。
笑顔を取り繕って声を絞り出したのに、三之助くんにずばり痛い所を突かれてしまった。
「こんな山奥でふらふら一人で歩いてたら迷子になりますよ」
こんなことをさらっと言うのだから。
ほら、滝夜叉丸くんと四郎兵衛くんが「どの口が物を言ってるんだ」みたいに呆れた顔をしている。
なんだかそれが笑えてきた。悲しいのか、おかしいのかさえもわからなくなってくる。
私は下唇を噛みしめながら俯いた。
「どうやら何か訳ありのご様子。宜しければ話していただけませんか」
「微力ながら、我々が力添えいたします」
視界の隅に感じた深緑と浅い紫色。
力強い言葉。
「お姉さん、すごくつらそうだよ」
「移動の際はこの私が背負っていきますので、ご心配なく」
「無理はしない方が良いですよ」
まさに三者三様の反応。
でも、優しいところは同じだった。
私の知ってる彼らとなんら変わりない。
じわりと沁みる温かい優しさ。
それに触れた私は「ありがとう」と口にしたつもりだった。
けれどその言葉を届けるより先に震えてどこかに落ちて、消えてしまう。
代わりに大粒の涙がぽたり、ぽたりと両目から零れ溢れた。
霞でぼやけた視界に映るのは自分の膝と、大きな手の平。
私の目元に触れた指先は温かった。