番外編 其の二
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承:一年前も然程変わらない
「流石です。流石我らが委員長。熊を素手で撃退するとは! 私も見倣わなければっ!」
滝夜叉丸くんが目を爛々と輝かせていた。
その萌黄色を纏っているのがとても新鮮だ。というか、素手で熊を撃退することを見倣いたいって言った、今。
体育委員会ってやっぱりパワータイプが集まるんだろうか。滝夜叉丸くんそうは見えないんだけど。
ああ、でもあの小平太くんについていける程だから納得はいく。
私が熊に襲われかけて助けてもらった後、小平太くんが茂みから飛び出してきた。
そして続々と滝夜叉丸くん、三之助くん、四郎兵衛くんも顔をひょっこりとさせた。
みんなそれはもう疲労困憊の様子で。誰もが一つ下の学年制服を纏っている。
この六年生の制服を纏う背が高い人は桜木さんと言うらしい。四郎兵衛くんが「桜木先輩」と呼んでいた。
彼らに私が「危うく熊の餌になりかけた所を助けてもらった」と話せば、冒頭然り滝夜叉丸くんが桜木さんを褒め称えたのだ。
それがあまりにも意外で私は呆然とした。
だって、滝夜叉丸くんはいつも「自分が一番素晴らしい」と自己肯定感の強い子だから。勿論、実力も備わっているけれど。
そんな彼がここまで他者を褒め千切るということは、憧れや目標とする先輩なのかもしれない。
あの目は憧れの人を見る眼差しだもの。
「お姉さん、立てそうですか?」
「……うーん。多分」
小さな身体を屈めて、まん丸な目で四郎兵衛くんがじっと見てくる。
もちもちのほっぺ。一年生と二年生はそんなに体格変わらないと思ってたけど、そうでもない。幼い感じがして、可愛さにきゅんときてしまう。
立てるかと聞かれた私は足腰に力を入れて、草鞋の裏面を地面につけてみた。
お、これは立てそう。
私は確かな手応えを感じたので、ぐっと身体を起こした、
ここまではよかった。その矢先に足がぐらっとふらついてしまい。
「まだ無理です」と言わんばかりに私の身体が横へ傾く。と、そこをしっかりと桜木さんの腕に受け止められた。
その腕は思っていたよりも筋肉質。この腕とその脚で熊を撃退したのかと思うと、体育委員会恐ろしい。
でもそれが体育委員会なんだよね。それで納得してしまう自分がどこかにいた。すっかり忍術学園での生活が染みついている。
私の時代からすれば常人を遥かに上回る子たちが沢山いるんだもの。
「有難うございます。すみません」
「まだ足元がふらついている。気をつけて」
「すみません」
「もう少し休まれた方が良いんじゃないですか? そんな状態じゃ山から転がり落ちてしまいますよ」
「うっ」
三之助くんの何気ない一言に私は息を詰まらせた。
こっちの時代にやってくる前に私は足を踏み外して、滑り落ちて、辿り着いたその先が四百年も前の室町時代だった。
山から転がり落ちたら今度は何処へ行ってしまうのかわかったものじゃない。
「委員長、どうしましょうか」
「そうだな」
二つ寄せられた藍と深緑色の頭。
私の方をじっと見てくるので、堪らず目をそっと逸らした。
慣れない視線。それ以上に、知っているはずの視線が針のように突き刺さる気がした。
支えられた流れで私の手は桜木さんに取られていた。またよろけてしまわないよう、掴んでくれているんだろう。
何せ私の両足は言うことを利かない。まだ思った通りに動かせそうになかった。歩くどころか一歩踏み出すことすら難しい。
桜木さんの手は靭やかでいて、指が長い。それでもしっかりと角張っているし、豆が幾つもあるようだった。
この人は何を得意武器にしているんだろ。握り物系かな。それとも小平太くんみたいにクナイなのかな。
掴まれる手に落ちた視線を拾い上げるように「これはすみません」と桜木さんが眉を下げた。
「転んでしまわないよう支えているつもりでした。知らない男に手を握られるのは気分が良くないですね」
「あ、いえ。そんなことは。……むしろ有難うございます。情けないことに足がまだこれなので。でも、少し休めば歩けるようになると思いますから、私のことは気にしないでください」
口角を目一杯に持ち上げて、努めて見せた笑顔。
私はちゃんと笑えているだろうか。
彼らは恐らく体育委員会の活動中だ。
ということは、この辺は裏山か裏裏山。いやもっと裏の山かもしれない。
日頃鍛えてる小平太くんたちにとっては学園まで軽くひとっ飛びでも、私の足だと日が暮れて明けてしまうだろうな。
私は自分の素性を明かしていなかった。
名乗っていないし、彼らの名を尋ねてもいない。
みんなは私のことを知らない。
此処は一年前なんだ。知る由もない。
それにみんなは忍者のたまご。見知らぬ人間にさらっと名乗るわけもない。
だからといって、こっちから敢えて「お名前は?」と尋ねても怪しい人だと思われる。
私の事情を話したところで、更に怪しまれるだけ。
何もかもが八方塞がりだ。
これ以上一緒にいたらうっかり名前を口にしそう。
訝しいと思われる前にみんなと距離を取った方が良いに決まってる。
「霧華さん、霧華さん」と親しく呼んでくれていた子たちから「こいつは怪しい」そんな猜疑の目を向けられたら。
とてもじゃないけど泣いてしまう。
「そうは言いますが。このままここに置いていくのも気が引ける」
「先輩の仰る通りです。また熊に襲われたらどうするというのですか。熊以外にも猪や狼だっているんですよ」
滝夜叉丸くんが桜木さんを後押しするように、そう言った。
熊、猪、狼。そうだった。この時代にはまだ野生のニホンオオカミがいる。
私の頭から爪先までサーッと血の気が引いた。
「あ、そうだ」と小平太くんが手をぽんと打った。
「この先に湧き水が出ている場所があります。そこで一先ず休むというのはどうでしょうか」
「良い考えだ。我々はある学校の委員会活動中でして、丁度そろそろ休もうかと考えていたところです」
「は、はあ」
「水で喉を潤せば気持ちも落ち着くでしょう。話はそれからでも遅くはありません。宜しければ一緒に来て頂けませんか」
まるで春の穏やかな日差しのような人だった。
薄っすらと微笑む様は儚くも思えるけど、この人はさっき熊を吹っ飛ばしたんだ。そうだった。
さっきの出来事が俄かには信じきれない。もしかしたら、夢でも見ているんじゃないかとすら思える。
でも、改めて掴まれた右手に伝わる体温は確かにあたたかい。現実なんだよね。夢じゃない。
私が返答にまごつく間もなく、不意にひょいと身体が地面から浮いた。
何故か私は小平太くんの肩に担がれている。
いや、ちょっと待って。前触れも何もなく人を肩に担ぐのはちょっと。
「そうとなれば善は急げ。私がそこまで担いでいきましょう!」
「へっ?!」
「小平太」
鋭く制する桜木さんの声も届かなかったようで。
彼は「いけいけどんどーん!」とお馴染みのフレーズを口にして、走り出した。
米俵さながらに担がれた私の視界、それはもう目まぐるしいものであった。
新幹線の先端に身体を括りつけられたらこんな感じなのかもしれない。
乗り物酔いで気持ちが悪くなるというよりも先に恐怖が走る。
しかも山道だから、平坦なわけもなく。アップダウンが絶叫マシーンの感覚を呼び覚ます。
「お、下ろしてぇぇ!」
「ん、何か言ったか? 湧き水のある所まではすぐそこだ。心配するな!」
私の叫びは虚しくも風に掻き消されてしまいました。
「流石です。流石我らが委員長。熊を素手で撃退するとは! 私も見倣わなければっ!」
滝夜叉丸くんが目を爛々と輝かせていた。
その萌黄色を纏っているのがとても新鮮だ。というか、素手で熊を撃退することを見倣いたいって言った、今。
体育委員会ってやっぱりパワータイプが集まるんだろうか。滝夜叉丸くんそうは見えないんだけど。
ああ、でもあの小平太くんについていける程だから納得はいく。
私が熊に襲われかけて助けてもらった後、小平太くんが茂みから飛び出してきた。
そして続々と滝夜叉丸くん、三之助くん、四郎兵衛くんも顔をひょっこりとさせた。
みんなそれはもう疲労困憊の様子で。誰もが一つ下の学年制服を纏っている。
この六年生の制服を纏う背が高い人は桜木さんと言うらしい。四郎兵衛くんが「桜木先輩」と呼んでいた。
彼らに私が「危うく熊の餌になりかけた所を助けてもらった」と話せば、冒頭然り滝夜叉丸くんが桜木さんを褒め称えたのだ。
それがあまりにも意外で私は呆然とした。
だって、滝夜叉丸くんはいつも「自分が一番素晴らしい」と自己肯定感の強い子だから。勿論、実力も備わっているけれど。
そんな彼がここまで他者を褒め千切るということは、憧れや目標とする先輩なのかもしれない。
あの目は憧れの人を見る眼差しだもの。
「お姉さん、立てそうですか?」
「……うーん。多分」
小さな身体を屈めて、まん丸な目で四郎兵衛くんがじっと見てくる。
もちもちのほっぺ。一年生と二年生はそんなに体格変わらないと思ってたけど、そうでもない。幼い感じがして、可愛さにきゅんときてしまう。
立てるかと聞かれた私は足腰に力を入れて、草鞋の裏面を地面につけてみた。
お、これは立てそう。
私は確かな手応えを感じたので、ぐっと身体を起こした、
ここまではよかった。その矢先に足がぐらっとふらついてしまい。
「まだ無理です」と言わんばかりに私の身体が横へ傾く。と、そこをしっかりと桜木さんの腕に受け止められた。
その腕は思っていたよりも筋肉質。この腕とその脚で熊を撃退したのかと思うと、体育委員会恐ろしい。
でもそれが体育委員会なんだよね。それで納得してしまう自分がどこかにいた。すっかり忍術学園での生活が染みついている。
私の時代からすれば常人を遥かに上回る子たちが沢山いるんだもの。
「有難うございます。すみません」
「まだ足元がふらついている。気をつけて」
「すみません」
「もう少し休まれた方が良いんじゃないですか? そんな状態じゃ山から転がり落ちてしまいますよ」
「うっ」
三之助くんの何気ない一言に私は息を詰まらせた。
こっちの時代にやってくる前に私は足を踏み外して、滑り落ちて、辿り着いたその先が四百年も前の室町時代だった。
山から転がり落ちたら今度は何処へ行ってしまうのかわかったものじゃない。
「委員長、どうしましょうか」
「そうだな」
二つ寄せられた藍と深緑色の頭。
私の方をじっと見てくるので、堪らず目をそっと逸らした。
慣れない視線。それ以上に、知っているはずの視線が針のように突き刺さる気がした。
支えられた流れで私の手は桜木さんに取られていた。またよろけてしまわないよう、掴んでくれているんだろう。
何せ私の両足は言うことを利かない。まだ思った通りに動かせそうになかった。歩くどころか一歩踏み出すことすら難しい。
桜木さんの手は靭やかでいて、指が長い。それでもしっかりと角張っているし、豆が幾つもあるようだった。
この人は何を得意武器にしているんだろ。握り物系かな。それとも小平太くんみたいにクナイなのかな。
掴まれる手に落ちた視線を拾い上げるように「これはすみません」と桜木さんが眉を下げた。
「転んでしまわないよう支えているつもりでした。知らない男に手を握られるのは気分が良くないですね」
「あ、いえ。そんなことは。……むしろ有難うございます。情けないことに足がまだこれなので。でも、少し休めば歩けるようになると思いますから、私のことは気にしないでください」
口角を目一杯に持ち上げて、努めて見せた笑顔。
私はちゃんと笑えているだろうか。
彼らは恐らく体育委員会の活動中だ。
ということは、この辺は裏山か裏裏山。いやもっと裏の山かもしれない。
日頃鍛えてる小平太くんたちにとっては学園まで軽くひとっ飛びでも、私の足だと日が暮れて明けてしまうだろうな。
私は自分の素性を明かしていなかった。
名乗っていないし、彼らの名を尋ねてもいない。
みんなは私のことを知らない。
此処は一年前なんだ。知る由もない。
それにみんなは忍者のたまご。見知らぬ人間にさらっと名乗るわけもない。
だからといって、こっちから敢えて「お名前は?」と尋ねても怪しい人だと思われる。
私の事情を話したところで、更に怪しまれるだけ。
何もかもが八方塞がりだ。
これ以上一緒にいたらうっかり名前を口にしそう。
訝しいと思われる前にみんなと距離を取った方が良いに決まってる。
「霧華さん、霧華さん」と親しく呼んでくれていた子たちから「こいつは怪しい」そんな猜疑の目を向けられたら。
とてもじゃないけど泣いてしまう。
「そうは言いますが。このままここに置いていくのも気が引ける」
「先輩の仰る通りです。また熊に襲われたらどうするというのですか。熊以外にも猪や狼だっているんですよ」
滝夜叉丸くんが桜木さんを後押しするように、そう言った。
熊、猪、狼。そうだった。この時代にはまだ野生のニホンオオカミがいる。
私の頭から爪先までサーッと血の気が引いた。
「あ、そうだ」と小平太くんが手をぽんと打った。
「この先に湧き水が出ている場所があります。そこで一先ず休むというのはどうでしょうか」
「良い考えだ。我々はある学校の委員会活動中でして、丁度そろそろ休もうかと考えていたところです」
「は、はあ」
「水で喉を潤せば気持ちも落ち着くでしょう。話はそれからでも遅くはありません。宜しければ一緒に来て頂けませんか」
まるで春の穏やかな日差しのような人だった。
薄っすらと微笑む様は儚くも思えるけど、この人はさっき熊を吹っ飛ばしたんだ。そうだった。
さっきの出来事が俄かには信じきれない。もしかしたら、夢でも見ているんじゃないかとすら思える。
でも、改めて掴まれた右手に伝わる体温は確かにあたたかい。現実なんだよね。夢じゃない。
私が返答にまごつく間もなく、不意にひょいと身体が地面から浮いた。
何故か私は小平太くんの肩に担がれている。
いや、ちょっと待って。前触れも何もなく人を肩に担ぐのはちょっと。
「そうとなれば善は急げ。私がそこまで担いでいきましょう!」
「へっ?!」
「小平太」
鋭く制する桜木さんの声も届かなかったようで。
彼は「いけいけどんどーん!」とお馴染みのフレーズを口にして、走り出した。
米俵さながらに担がれた私の視界、それはもう目まぐるしいものであった。
新幹線の先端に身体を括りつけられたらこんな感じなのかもしれない。
乗り物酔いで気持ちが悪くなるというよりも先に恐怖が走る。
しかも山道だから、平坦なわけもなく。アップダウンが絶叫マシーンの感覚を呼び覚ます。
「お、下ろしてぇぇ!」
「ん、何か言ったか? 湧き水のある所まではすぐそこだ。心配するな!」
私の叫びは虚しくも風に掻き消されてしまいました。