第一章
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6.異世界交流
「ずっと身に付けていると凍ってしまうのだ」
夢の中で会った雪だるまにそう言われたと彼女は話した。そいつの無責任な発言のせいで朝からちょっとした騒ぎとなる。
話によれば熱で魘されている間に夢の中で雪の町という場所に居たらしい。そこで出会った動く雪だるまからこのブレスレットを受け取ったと。
熱を下げる効果のあるアクセサリーだが、持ち続けていると持ち主を凍り付かせてしまう。これを一晩中身に着けてしまったので「段々凍り付いていったらどうしよう」と彼女は狼狽えていた。
身体に異常は無いかと問えば「今の所は」と頼りない返事。そこでブレスレット自体を調べることにした。
細いチェーンブレスレットで雪の結晶をあしらった装飾。一見変哲のないアクセサリーにも思えたが、触れた瞬間に冷気を僅かに感じ取った。どうやら結晶部分に特殊な素材が使用されているようで、そこから微かな魔力も感じられる。水晶のように透明な鉱石だが、氷を削りだして細工したようにも見える。溶けた氷のような表面に指を滑らせても雫で濡れるような事がない。
昔読んだ古い文献を思い出した。北部山地の奥にある雪の町。その町に生命を持つ雪だるまが住んでいると。その文献には氷河によって育まれた氷の剣、魔力を封じ込めた氷の結晶の事も記述されていた。これと関係があるのかもしれない。それに彼女が熱に魘されている際、雪だるまがどうだとか譫言を言っていた。
ブレスレットの仕掛けは極めて単純な作りのようだ。雪の結晶部分に魔力を充填し、その魔力を消費して冷気を放つ。現状は魔力が底をついてきたようで、風前の灯火。金属の冷たさだと思うぐらいにだ。魔力の充填がない限り、持ち主を凍りつかせるなど出来る芸当はない。
とりあえず凍る心配はないと彼女に言い聞かせた。ブレスレットを一度返したが、腑に落ちない顔をしていたので「不安なら預かるが」と聞いても首を横へ振った。
「しかし驚いたな」
先刻、修理したばかりの椅子の肘掛に体重を移動させる。僅かに軋んだ音を立てるも、ガタつきも無く崩れる様子はない。斜め向かいに座る彼女の椅子も同様に修理されたものだ。ティーカップを持つその華奢な手が直したとは本当に思えない。
「何がですか?」
「その細腕からは大工仕事を得意にしているなど想像もつかなかった」
「ああー……家族が日曜大工やってたの小さい頃から見てたので、自然とやり方を覚えただけです。でも力仕事は苦手ですよ。材木抱えて運んだりはできないし…釘を打つのはテコの原理で力要りませんし」
「これだけ出来れば大したものだ。おかげで助かった。テーブルと椅子が無いと不便で仕方がないからな」
昨日、雑貨屋で購入した茶葉が気に入ったのか一口飲んで「美味しい」と顔を綻ばせていた。茶葉の銘柄を教えれば「あ、それ私の世界にもあります」と意外な共通点を見出せた。
「家具以外にも何か作ったりはしないのか」
「念のため言っておきますけど、家具ばっかり修理したり作ってませんからね?…趣味でアクセサリーやキーホルダーとかは作ります。……自慢じゃないですけど、手先は割と器用なんです。細かい物作るの好きだし」
語尾をすぼめるようにそう呟いた。何が後ろめたいのか、それが悪いことの様に言う。彼女の世界では歓迎されない能力なのか否か。
「手先が器用なのは良い事だと思うが。何故そんな風に言うんだ」
「……まあ、実用的じゃないって言うか。この世界みたいに魔力やら何やら詰め込んで役に立てばそれなりに価値があるんだろうけど。私が作ってたのはただの装飾品ですからね」
そう言うと彼女は肩を竦めてみせた。
ある事を思いつき、オレは書棚の一角に設置した細工道具に目を向けた。
「その特技、此処でなら活かせるかもしれないぞ」
「へ?」
「オレの作業を手伝ってみないか。まあ、そう難しいものじゃない」
「作業って……アイテム作りですか?」
「ああ。実用性のある物だ。術士じゃなくとも同等の魔力を放つ物や、あの結晶のブレスレットの様に細工品もある」
彼女はオレの話を一通り聞いた後、少しの間黙っていた。
装飾品一つとっても世界観が違う。この世界で流通しているような殺傷能力があるものや護身用のアクセサリーなどは存在していない。では何で身を護るのかと聞いてみれば、術の代わりに科学や機械が発達しているので、それを活かした物があると。内容を聞けば目潰しだの電気が流れるものだの、用途は大した変わりがない。発達するものは違えど、人間の考える事は同じようだ。
「いいんですか?だって、素材とか違いあるだろうし、ゼロから覚えないとただの足手まといになりますよ。お弟子さん一杯いるんだし、その人達に手伝ってもらった方が効率は良いと思います」
彼女なりによく考えた答えなんだろう。尤もな意見だ。異世界の人間に一から教えるのは労力を費やす。だが、それでもこちらの方がいい理由が二つあった。
「確かにその通りだが。……不向きな奴等ばかりでな。簡単な物なら任せられるが、細かい作業を得意とする奴がいない。素材や手法は一から教える。それに、ただ此処に居るだけではつまらないだろう。君の腕を見込んで、頼む」
相手の様子をじっと窺っていた。お互いに悪い話ではないはずだ。浮かない顔で何か考え事をしている素振りを見せる。前髪を弄ったり、指先を掴んだり。やがて伏せていた視線がこちらへすっと向いた時にはパッと表情が華やいで、目を輝かせていた。まだ数日しか見ていないが、表情がよく変わる。自身の感情が表にそのまま出やすいのかもしれない。分かりやすくて助かる。
「じゃあ、お願いします!……実は小さい頃から憧れだったんです。こういうファンタジーな世界」
「こちらも助かるよ。ちょうど助手が欲しいと思っていたところで」
そこまで口にしてからとある事を思い出した。確かに助手が欲しいとは考えていた。それが召喚に影響してしまったのか。いや、まさかな。こんな軽い気持ち程度で左右されるはずがない。
「ボルカノさん?」
「気にしないでくれ。……君を還す方法も色々と調べなければならないからな」
「そういえば召喚術って喚ぶのは簡単だけど、送還術は難しいって聞きます。物語の話では、ですけどね」
「ふむ。理論的に考えると特定の世界、時代、時間、位置に寸分狂わず送り還すというのは難しいだろうな」
「別の時代に還されたら浦島太郎みたいになってそう……昔話の一つなんですけどね」
テーブルの脇に積み上げた本を一冊手に取り、頁を捲る。術による呪いの定義が記されていた中に、呪いの解き方という短い文面。関係のありそうな本を引っ張り出してはいるが、どれも召喚に関する記述は無いに等しい。書いてあるとしても、この魔物や精霊はアビスから召喚されたものだとかという記述しかない。
「呪いの類は術をかけた者が死ねば解かれる、とは書いてあるがな」
「えっ。……ボルカノさん死なないでくださいね?」
「この歳で命を絶つつもりはない。残念だがそれ以外での方法を探すことになる」
「そうしてください。誰かを犠牲にするのは嫌ですから。あ、お茶のお代わり淹れましょうか?」
「ああ……頼む」
席を立ち、オレの手元にあるティーカップとソーサーを引き寄せてティーポットから琥珀色の紅茶を注ぎ入れる。それから自分のティーカップにも最後の一滴まで注いだ。
食文化は差ほど無いようだが、会話の合間に聞きなれないフレーズが度々気になる。
「お手伝いする他に、私にできる事って何かありますか?」
「それは追々考えるとして、君の話を聞かせてくれないか。どういう世界なのか興味がある」
「いいですけど。何から話します?」
「ふむ……食文化に差はないが、生活様式はだいぶ違うようだ。霧華の世界では夜も外が明るいんだろう?その仕組みも知りたいし伝承や神話の話も聞きたい」
聞きたい事は無数にある。次々と知りたい事象を挙げていくと、彼女が慌てたように待ったを掛けてきた。
「一気に全部話したら日が暮れますよ。えーと……ボルカノさんの質問に答える、っていう形でいいですかね」
「ああ、それがいいだろう」
「ずっと身に付けていると凍ってしまうのだ」
夢の中で会った雪だるまにそう言われたと彼女は話した。そいつの無責任な発言のせいで朝からちょっとした騒ぎとなる。
話によれば熱で魘されている間に夢の中で雪の町という場所に居たらしい。そこで出会った動く雪だるまからこのブレスレットを受け取ったと。
熱を下げる効果のあるアクセサリーだが、持ち続けていると持ち主を凍り付かせてしまう。これを一晩中身に着けてしまったので「段々凍り付いていったらどうしよう」と彼女は狼狽えていた。
身体に異常は無いかと問えば「今の所は」と頼りない返事。そこでブレスレット自体を調べることにした。
細いチェーンブレスレットで雪の結晶をあしらった装飾。一見変哲のないアクセサリーにも思えたが、触れた瞬間に冷気を僅かに感じ取った。どうやら結晶部分に特殊な素材が使用されているようで、そこから微かな魔力も感じられる。水晶のように透明な鉱石だが、氷を削りだして細工したようにも見える。溶けた氷のような表面に指を滑らせても雫で濡れるような事がない。
昔読んだ古い文献を思い出した。北部山地の奥にある雪の町。その町に生命を持つ雪だるまが住んでいると。その文献には氷河によって育まれた氷の剣、魔力を封じ込めた氷の結晶の事も記述されていた。これと関係があるのかもしれない。それに彼女が熱に魘されている際、雪だるまがどうだとか譫言を言っていた。
ブレスレットの仕掛けは極めて単純な作りのようだ。雪の結晶部分に魔力を充填し、その魔力を消費して冷気を放つ。現状は魔力が底をついてきたようで、風前の灯火。金属の冷たさだと思うぐらいにだ。魔力の充填がない限り、持ち主を凍りつかせるなど出来る芸当はない。
とりあえず凍る心配はないと彼女に言い聞かせた。ブレスレットを一度返したが、腑に落ちない顔をしていたので「不安なら預かるが」と聞いても首を横へ振った。
「しかし驚いたな」
先刻、修理したばかりの椅子の肘掛に体重を移動させる。僅かに軋んだ音を立てるも、ガタつきも無く崩れる様子はない。斜め向かいに座る彼女の椅子も同様に修理されたものだ。ティーカップを持つその華奢な手が直したとは本当に思えない。
「何がですか?」
「その細腕からは大工仕事を得意にしているなど想像もつかなかった」
「ああー……家族が日曜大工やってたの小さい頃から見てたので、自然とやり方を覚えただけです。でも力仕事は苦手ですよ。材木抱えて運んだりはできないし…釘を打つのはテコの原理で力要りませんし」
「これだけ出来れば大したものだ。おかげで助かった。テーブルと椅子が無いと不便で仕方がないからな」
昨日、雑貨屋で購入した茶葉が気に入ったのか一口飲んで「美味しい」と顔を綻ばせていた。茶葉の銘柄を教えれば「あ、それ私の世界にもあります」と意外な共通点を見出せた。
「家具以外にも何か作ったりはしないのか」
「念のため言っておきますけど、家具ばっかり修理したり作ってませんからね?…趣味でアクセサリーやキーホルダーとかは作ります。……自慢じゃないですけど、手先は割と器用なんです。細かい物作るの好きだし」
語尾をすぼめるようにそう呟いた。何が後ろめたいのか、それが悪いことの様に言う。彼女の世界では歓迎されない能力なのか否か。
「手先が器用なのは良い事だと思うが。何故そんな風に言うんだ」
「……まあ、実用的じゃないって言うか。この世界みたいに魔力やら何やら詰め込んで役に立てばそれなりに価値があるんだろうけど。私が作ってたのはただの装飾品ですからね」
そう言うと彼女は肩を竦めてみせた。
ある事を思いつき、オレは書棚の一角に設置した細工道具に目を向けた。
「その特技、此処でなら活かせるかもしれないぞ」
「へ?」
「オレの作業を手伝ってみないか。まあ、そう難しいものじゃない」
「作業って……アイテム作りですか?」
「ああ。実用性のある物だ。術士じゃなくとも同等の魔力を放つ物や、あの結晶のブレスレットの様に細工品もある」
彼女はオレの話を一通り聞いた後、少しの間黙っていた。
装飾品一つとっても世界観が違う。この世界で流通しているような殺傷能力があるものや護身用のアクセサリーなどは存在していない。では何で身を護るのかと聞いてみれば、術の代わりに科学や機械が発達しているので、それを活かした物があると。内容を聞けば目潰しだの電気が流れるものだの、用途は大した変わりがない。発達するものは違えど、人間の考える事は同じようだ。
「いいんですか?だって、素材とか違いあるだろうし、ゼロから覚えないとただの足手まといになりますよ。お弟子さん一杯いるんだし、その人達に手伝ってもらった方が効率は良いと思います」
彼女なりによく考えた答えなんだろう。尤もな意見だ。異世界の人間に一から教えるのは労力を費やす。だが、それでもこちらの方がいい理由が二つあった。
「確かにその通りだが。……不向きな奴等ばかりでな。簡単な物なら任せられるが、細かい作業を得意とする奴がいない。素材や手法は一から教える。それに、ただ此処に居るだけではつまらないだろう。君の腕を見込んで、頼む」
相手の様子をじっと窺っていた。お互いに悪い話ではないはずだ。浮かない顔で何か考え事をしている素振りを見せる。前髪を弄ったり、指先を掴んだり。やがて伏せていた視線がこちらへすっと向いた時にはパッと表情が華やいで、目を輝かせていた。まだ数日しか見ていないが、表情がよく変わる。自身の感情が表にそのまま出やすいのかもしれない。分かりやすくて助かる。
「じゃあ、お願いします!……実は小さい頃から憧れだったんです。こういうファンタジーな世界」
「こちらも助かるよ。ちょうど助手が欲しいと思っていたところで」
そこまで口にしてからとある事を思い出した。確かに助手が欲しいとは考えていた。それが召喚に影響してしまったのか。いや、まさかな。こんな軽い気持ち程度で左右されるはずがない。
「ボルカノさん?」
「気にしないでくれ。……君を還す方法も色々と調べなければならないからな」
「そういえば召喚術って喚ぶのは簡単だけど、送還術は難しいって聞きます。物語の話では、ですけどね」
「ふむ。理論的に考えると特定の世界、時代、時間、位置に寸分狂わず送り還すというのは難しいだろうな」
「別の時代に還されたら浦島太郎みたいになってそう……昔話の一つなんですけどね」
テーブルの脇に積み上げた本を一冊手に取り、頁を捲る。術による呪いの定義が記されていた中に、呪いの解き方という短い文面。関係のありそうな本を引っ張り出してはいるが、どれも召喚に関する記述は無いに等しい。書いてあるとしても、この魔物や精霊はアビスから召喚されたものだとかという記述しかない。
「呪いの類は術をかけた者が死ねば解かれる、とは書いてあるがな」
「えっ。……ボルカノさん死なないでくださいね?」
「この歳で命を絶つつもりはない。残念だがそれ以外での方法を探すことになる」
「そうしてください。誰かを犠牲にするのは嫌ですから。あ、お茶のお代わり淹れましょうか?」
「ああ……頼む」
席を立ち、オレの手元にあるティーカップとソーサーを引き寄せてティーポットから琥珀色の紅茶を注ぎ入れる。それから自分のティーカップにも最後の一滴まで注いだ。
食文化は差ほど無いようだが、会話の合間に聞きなれないフレーズが度々気になる。
「お手伝いする他に、私にできる事って何かありますか?」
「それは追々考えるとして、君の話を聞かせてくれないか。どういう世界なのか興味がある」
「いいですけど。何から話します?」
「ふむ……食文化に差はないが、生活様式はだいぶ違うようだ。霧華の世界では夜も外が明るいんだろう?その仕組みも知りたいし伝承や神話の話も聞きたい」
聞きたい事は無数にある。次々と知りたい事象を挙げていくと、彼女が慌てたように待ったを掛けてきた。
「一気に全部話したら日が暮れますよ。えーと……ボルカノさんの質問に答える、っていう形でいいですかね」
「ああ、それがいいだろう」