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陽光薫る
「フィリア。この資料を纏めてくれないか」
「分かりました。……この程度なら二十分ぐらいで終わりそうです」
彼女は手渡した書類の束を数枚捲り、軽く頷いてからそう答えた。朱鳥術を扱う人間は話が早くて助かる。朱鳥術、剣術に限らず書類を捌く能力も高い。これは向こうの己が彼女を評価するわけだ。
この世界の南モウゼスに聳え立つ館を巡って微小な争いが生じたのはつい先日の事。盾の事件以来、平静を装う様に努めてはきたが自分同士だとそれもまた別の話。我を忘れて危うく大切な女性を失うところだった。この先も気を付けねばなるまい。
フィリアが書棚に近づいたその時にふわりと香水の匂いが漂った。最初は気のせいかと思っていたが、ジャスミンの独特な強い香りの主はやはり彼女だ。
依頼で外に赴く仕事が多く、その為彼女は強い香りを纏うことを嫌っているとも聞いた。彼女自身がそう話していたというのに、今日は珍しく香りを身に纏っている。しかも、この調香は自分の好みだ。
「……どうかしましたか?」
探るようなオレの視線にすぐさま気づき、それが気に障ったのか、彼女は本を手にしたまま緑柱石の色合いをした瞳を訝しげに細めた。
「いや、報酬の額をどうしたものかと考えていた」
「え、報酬頂けるんですか?」
そんな話は聞いていないと彼女は目を丸くした。元より報酬を払うつもりでいた。彼女はオレがタダ働きさせるとでも思っていたのか。
まだ手に馴染みきっていない羽ペンを手の中で二度回す。止めていた手を動かしながら「五千オーラムでどうだ」と額を提示した。
「そ、そんなに戴いても……いいんですか? ただの書類整理なのに」
「オレにとってはそれだけの価値がある仕事をしてもらっているつもりだ。それにそちらのオレも君の働きに応じた報酬を支払っているのだろう? それより低い額を出すわけにいかん」
「……こっちもプライド高い。あ、いえ……必ずその額に応じた働きをします」
「ああ、頼む」
先ほど向けてきた疑惑の念はすっかり晴れたようで、必要な書物を次々と腕に抱えていく。ご機嫌な様子で机の側を通りすぎた際、また花の香りが空気に混じる。
あの香りを贈ったのは恐らく向こうの自分。
自分も彼女に今度何か香りの類いを贈ろうか。ふと浮かんだ霧華の喜ぶ姿に口元を綻ばせた。
◇◆◇
南モウゼスの町並みは少し様変わりしていた。三百年も経てば当たり前なのかもしれない。寂れた様子は特に無くて、私がお世話になっていたあの雑貨屋は店舗が大きくなっていた。外から店の中をそっと窺うと従業員が店内にいるのが見えた。かつて自分が働いていた場所がこうして長い年月を経ても存在していることが嬉しい。
先日ひと悶着あったボルカノ館事件は、フィリアさんのおかげで和解の道へと導かれた。一時はどうなるかと思ったけどお互いに納得したようだ。
早速こちらのボルカノさんは部屋で研究資料を纏めている。朱鳥術に関するものだとかでフィリアさんに手伝ってもらっている最中だ。
私は邪魔をしないように外を散策していた。モウゼスからは出るなと言われている。此処から一人でバンガードに戻れるわけもないので、ぶらぶらと南モウゼスを歩いていた。
北モウゼスにも行ってみたいけど、そこへ行くには中立地帯だった死者の井戸を横切らないといけない。そんな所通る気にもなれなかった。お化けどころじゃない、魔物が飛び出して来るかもしれないんだから。まだお化けの方が可愛げが、いや、やっぱりどっちも嫌だ。
大人しく南モウゼスだけを散策して、そろそろ帰ろうかと考える。館のロビーに居れば邪魔にはならないだろう。
「……あ」
前方にチラついた赤に思わず声が出た。後ろ姿で顔は見えなかったけど、あの格好だし多分ボルカノさんだ。でもこんな場所にいるはずもない。研究資料を纏めると言っておきながらふらっと出掛けるような人じゃないから。ということは、もう一人のボルカノさんだ。
ある建物へ姿を消した後を追いかける。私もそこに近づいて、ピタリと足を止めた。見上げた入り口の上に掲げられた大きな看板。此処は酒場だ。
元々酒場には近づくなと言われていた。情報を集めるにはうってつけの場所ではあるけど、入ったことのない場所なだけに踏み入る勇気が出てこない。
人が多く集まるということは変な人もいる。何かあった時に私だけでは対処できない。あちらのボルカノさんが助けてくれるとは限らないし。やっぱり大人しく帰ろうかな。でも、酒場がどんなところか気になる。
酒場の扉は西部劇でよく見かける左右に開くタイプの扉で、上下の隙間が結構空いている。私の身長なら屈めば中の様子が見られそうだ。
屈んで中をそっと覗き見ようと頭を低くした所で「なに、覗き?」とダイレクトに声を掛けられてしまい慌てて立ち上がった。
「あっ、あの……これはちょっと、中に知り合いが……って、なんだフェイルくんかあ。びっくりさせないでよ」
言い訳の途中、声を掛けてきたのが見知った人物だと分かり、私は大きく胸を撫で下ろした。術士のローブを纏った彼が「ごめんごめん」と笑う。
フェイルくんはこちらのボルカノさんの弟子だ。ついこの間、聖塔から解放されたと言っていた。ボルカノさんの弟子なのに朱鳥術の腕はいまいちで、月術の方が得意みたい。
「で、なに覗こうとしてたの?」
「えっと……中にボルカノさんが」
「ボルカノ様? ……ああ、いるね。カウンターでマスターとなんか喋ってる」
私よりも頭一つ分高い彼の身長だと上の隙間から中を覗けるみたいで、中の様子を教えてくれた。
「ボルカノ様とまたケンカでもした?」
「え、なんで?」
「なんか話しかけにくいってそんな感じがしたから」
「違うよ。……あのボルカノさんはボルカノさんじゃなくて、えっと、二人いるの」
少し間を置いた後、フェイル君が「は?」と聞き返して来た。何を言っているのかと。そんな目をされた。彼はこの世界に来てからまだ間もないから、この世界にボルカノさんが二人いる事を知らない。
「霧華さん何言ってんの? え、ボルカノ様が……二人もいるとか冗談じゃないんだけど」
「フェイルくんはまだこの世界の事よく知らないと思うんだけど、実は」
この三百年後の世界にはあらゆる時点の戦士達が集っている。そんな嘘の様な話をすれば、頭の回転が速い彼は直ぐに頷いてくれた。
「なーるほど。じゃあ、あれはボルカノ違い様ってワケだ」
「そうなの」
「二人っていうから、てっきり分裂したのかと思った」
「さすがにそれは……でもボルカノさんならできそう」
「だろー」
酒場の前で笑い合っていると、扉が外側にギィと重たい音を立てて開いた。中から出てきたあちらのボルカノさんが「何をこそこそと話している」と睨みを利かせる。
「ご、ごめんなさい。つい、立ち話をしちゃって」
「……見覚えが無い顔ではあるが、そのローブを着ているということは向こうのオレの弟子か」
「はい。お初にお目に掛かります。もう一人の貴方様の元で朱鳥術を学んでいるフェイルと申します」
そこで恭しく一礼した姿はボルカノさんとよく似ていた。やっぱり弟子は師に似るんだなあ。本来の彼の性格や態度を知らないボルカノ違いさんは感心したように顎の下を手でさすっている。
「礼儀を弁えた奴だな。……それに術の才能もある。慣れぬ世界だろうと鍛錬を怠ることのない様にしろ」
「精進致します」
「ああ。……霧華、オレは先に塔へ戻っている。お前もあまり油を売らずに戻ることだ」
「あ、はい。分かりました」
そう言ってボルカノさんは私の横を通り過ぎていく。その時にふわりと良い香りが漂った。どこかで嗅いだ覚えのある優しい香り。火薬の匂いに混じってお日様の光を沢山浴びたような、温かくてホッとする匂い。
その香りの記憶を辿って行き着いたのは、彼と共に行動することが多いフィリアさんだった。彼女も温かい陽射しの匂いを側に漂わせている。一緒に外に出かけることが多いと聞いていたから、お揃いの匂いを纏っているんだろうな。
「フィリア。この資料を纏めてくれないか」
「分かりました。……この程度なら二十分ぐらいで終わりそうです」
彼女は手渡した書類の束を数枚捲り、軽く頷いてからそう答えた。朱鳥術を扱う人間は話が早くて助かる。朱鳥術、剣術に限らず書類を捌く能力も高い。これは向こうの己が彼女を評価するわけだ。
この世界の南モウゼスに聳え立つ館を巡って微小な争いが生じたのはつい先日の事。盾の事件以来、平静を装う様に努めてはきたが自分同士だとそれもまた別の話。我を忘れて危うく大切な女性を失うところだった。この先も気を付けねばなるまい。
フィリアが書棚に近づいたその時にふわりと香水の匂いが漂った。最初は気のせいかと思っていたが、ジャスミンの独特な強い香りの主はやはり彼女だ。
依頼で外に赴く仕事が多く、その為彼女は強い香りを纏うことを嫌っているとも聞いた。彼女自身がそう話していたというのに、今日は珍しく香りを身に纏っている。しかも、この調香は自分の好みだ。
「……どうかしましたか?」
探るようなオレの視線にすぐさま気づき、それが気に障ったのか、彼女は本を手にしたまま緑柱石の色合いをした瞳を訝しげに細めた。
「いや、報酬の額をどうしたものかと考えていた」
「え、報酬頂けるんですか?」
そんな話は聞いていないと彼女は目を丸くした。元より報酬を払うつもりでいた。彼女はオレがタダ働きさせるとでも思っていたのか。
まだ手に馴染みきっていない羽ペンを手の中で二度回す。止めていた手を動かしながら「五千オーラムでどうだ」と額を提示した。
「そ、そんなに戴いても……いいんですか? ただの書類整理なのに」
「オレにとってはそれだけの価値がある仕事をしてもらっているつもりだ。それにそちらのオレも君の働きに応じた報酬を支払っているのだろう? それより低い額を出すわけにいかん」
「……こっちもプライド高い。あ、いえ……必ずその額に応じた働きをします」
「ああ、頼む」
先ほど向けてきた疑惑の念はすっかり晴れたようで、必要な書物を次々と腕に抱えていく。ご機嫌な様子で机の側を通りすぎた際、また花の香りが空気に混じる。
あの香りを贈ったのは恐らく向こうの自分。
自分も彼女に今度何か香りの類いを贈ろうか。ふと浮かんだ霧華の喜ぶ姿に口元を綻ばせた。
◇◆◇
南モウゼスの町並みは少し様変わりしていた。三百年も経てば当たり前なのかもしれない。寂れた様子は特に無くて、私がお世話になっていたあの雑貨屋は店舗が大きくなっていた。外から店の中をそっと窺うと従業員が店内にいるのが見えた。かつて自分が働いていた場所がこうして長い年月を経ても存在していることが嬉しい。
先日ひと悶着あったボルカノ館事件は、フィリアさんのおかげで和解の道へと導かれた。一時はどうなるかと思ったけどお互いに納得したようだ。
早速こちらのボルカノさんは部屋で研究資料を纏めている。朱鳥術に関するものだとかでフィリアさんに手伝ってもらっている最中だ。
私は邪魔をしないように外を散策していた。モウゼスからは出るなと言われている。此処から一人でバンガードに戻れるわけもないので、ぶらぶらと南モウゼスを歩いていた。
北モウゼスにも行ってみたいけど、そこへ行くには中立地帯だった死者の井戸を横切らないといけない。そんな所通る気にもなれなかった。お化けどころじゃない、魔物が飛び出して来るかもしれないんだから。まだお化けの方が可愛げが、いや、やっぱりどっちも嫌だ。
大人しく南モウゼスだけを散策して、そろそろ帰ろうかと考える。館のロビーに居れば邪魔にはならないだろう。
「……あ」
前方にチラついた赤に思わず声が出た。後ろ姿で顔は見えなかったけど、あの格好だし多分ボルカノさんだ。でもこんな場所にいるはずもない。研究資料を纏めると言っておきながらふらっと出掛けるような人じゃないから。ということは、もう一人のボルカノさんだ。
ある建物へ姿を消した後を追いかける。私もそこに近づいて、ピタリと足を止めた。見上げた入り口の上に掲げられた大きな看板。此処は酒場だ。
元々酒場には近づくなと言われていた。情報を集めるにはうってつけの場所ではあるけど、入ったことのない場所なだけに踏み入る勇気が出てこない。
人が多く集まるということは変な人もいる。何かあった時に私だけでは対処できない。あちらのボルカノさんが助けてくれるとは限らないし。やっぱり大人しく帰ろうかな。でも、酒場がどんなところか気になる。
酒場の扉は西部劇でよく見かける左右に開くタイプの扉で、上下の隙間が結構空いている。私の身長なら屈めば中の様子が見られそうだ。
屈んで中をそっと覗き見ようと頭を低くした所で「なに、覗き?」とダイレクトに声を掛けられてしまい慌てて立ち上がった。
「あっ、あの……これはちょっと、中に知り合いが……って、なんだフェイルくんかあ。びっくりさせないでよ」
言い訳の途中、声を掛けてきたのが見知った人物だと分かり、私は大きく胸を撫で下ろした。術士のローブを纏った彼が「ごめんごめん」と笑う。
フェイルくんはこちらのボルカノさんの弟子だ。ついこの間、聖塔から解放されたと言っていた。ボルカノさんの弟子なのに朱鳥術の腕はいまいちで、月術の方が得意みたい。
「で、なに覗こうとしてたの?」
「えっと……中にボルカノさんが」
「ボルカノ様? ……ああ、いるね。カウンターでマスターとなんか喋ってる」
私よりも頭一つ分高い彼の身長だと上の隙間から中を覗けるみたいで、中の様子を教えてくれた。
「ボルカノ様とまたケンカでもした?」
「え、なんで?」
「なんか話しかけにくいってそんな感じがしたから」
「違うよ。……あのボルカノさんはボルカノさんじゃなくて、えっと、二人いるの」
少し間を置いた後、フェイル君が「は?」と聞き返して来た。何を言っているのかと。そんな目をされた。彼はこの世界に来てからまだ間もないから、この世界にボルカノさんが二人いる事を知らない。
「霧華さん何言ってんの? え、ボルカノ様が……二人もいるとか冗談じゃないんだけど」
「フェイルくんはまだこの世界の事よく知らないと思うんだけど、実は」
この三百年後の世界にはあらゆる時点の戦士達が集っている。そんな嘘の様な話をすれば、頭の回転が速い彼は直ぐに頷いてくれた。
「なーるほど。じゃあ、あれはボルカノ違い様ってワケだ」
「そうなの」
「二人っていうから、てっきり分裂したのかと思った」
「さすがにそれは……でもボルカノさんならできそう」
「だろー」
酒場の前で笑い合っていると、扉が外側にギィと重たい音を立てて開いた。中から出てきたあちらのボルカノさんが「何をこそこそと話している」と睨みを利かせる。
「ご、ごめんなさい。つい、立ち話をしちゃって」
「……見覚えが無い顔ではあるが、そのローブを着ているということは向こうのオレの弟子か」
「はい。お初にお目に掛かります。もう一人の貴方様の元で朱鳥術を学んでいるフェイルと申します」
そこで恭しく一礼した姿はボルカノさんとよく似ていた。やっぱり弟子は師に似るんだなあ。本来の彼の性格や態度を知らないボルカノ違いさんは感心したように顎の下を手でさすっている。
「礼儀を弁えた奴だな。……それに術の才能もある。慣れぬ世界だろうと鍛錬を怠ることのない様にしろ」
「精進致します」
「ああ。……霧華、オレは先に塔へ戻っている。お前もあまり油を売らずに戻ることだ」
「あ、はい。分かりました」
そう言ってボルカノさんは私の横を通り過ぎていく。その時にふわりと良い香りが漂った。どこかで嗅いだ覚えのある優しい香り。火薬の匂いに混じってお日様の光を沢山浴びたような、温かくてホッとする匂い。
その香りの記憶を辿って行き着いたのは、彼と共に行動することが多いフィリアさんだった。彼女も温かい陽射しの匂いを側に漂わせている。一緒に外に出かけることが多いと聞いていたから、お揃いの匂いを纏っているんだろうな。