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桜舞う季節に
賑やかなお店通りから少し離れた場所に開けた公園がある。園内では青々とした樹木の中に点々として桜の木が薄紅色の花をつけていた。
そこに根を下ろす桜が綺麗だからとこの時期はお花見客で賑わうそうだ。
先週末、私もアセルス達に花見に行かないかと誘われたのだけど、その日は仕事で惜しくも同行出来なかった。花が見頃でとても綺麗だったそうだ。それを聞いたらこのままお花見をせずに季節が変わってしまうのが嫌で。来週末なら休みが取れそうだからと、ボルカノさんと一緒に行く約束を取り付けた。
雨風で桜の花が散ってしまわないことを祈りながら過ごすこと一週間。お天道様は私の願いを聞き入れてくれたようだ。
薄曇りが続いた翌日、すっきりとした青空が広がった。
大きなバスケットには二人分以上のサンドイッチと焼き立てのアップルパイがワンホール収まっている。
並木通りに咲く桜の花びらがひらひらと舞い散っていた。その中を五分程歩いた所で私達は足を止めた。
「ボルカノさん。この辺にしませんか?」
「ああ。風の通り道からも外れている。花見をするには最適な場所だ」
彼もこの場所を花見の席とすることに異議はなく、手に持っていた赤い敷物を広げた。
靴を脱いでその上に腰を下ろし、頭上を仰ぐ。視界一杯に広がる桜の薄紅色と青空。春風に吹かれた花房から花びらがひらり舞うように飛んでいった。
日差しもポカポカ陽気でとても心地が良い。日頃の疲れも癒してくれそうだ。
「いい景色だ」
「出遅れの花見も案外いいかもしれないですね。人も殆んどいないし、静かでボルカノさん向きで」
「喧騒の中よりもこうして静かに見上げる方が落ち着き、風情も楽しめる。……気の知れた相手となら尚更に」
膝元に掲げた手の平に花びらが一枚ひらりと舞い降りる。彼はそれを見つめながら穏やかな笑みを浮かべていた。
二人だけでは広すぎる敷物。最初は誰か誘えば良かったとも思った。でもこんな風にゆっくり過ごす時間も久しぶりだ。これはこれでのんびりできていいかもしれない。
水筒からカップに注いだ温かい紅茶を飲みながら、サンドイッチをつまむ。ハムのちょうど良い塩加減にシャキシャキのレタス。外の風を感じながらで食べるご飯はまた格別だ。
他愛の無い話に華を咲かせること三十分。紅茶のおかわりも二杯目。そろそろデザートのアップルパイを切り分けようかと思ったその時だ。
桜に向いていたはずのボルカノさんの視線がずっと向こうを捉えていた。囀っている小鳥を眺めているわけでもないし、知り合いでも見つけたのだろうか。
ふとそちらへ私も顔を向けると、そこには桜の花びらよりも濃い薄紅色をした髪を一つに結った女性がいた。その隣には彼女より背の高い、彼と同じ様な服装をした男性。同じ様なというよりも、瓜二つの顔。ボルカノさんだ。成程、だから微妙にしかめ面をしていたのか。
ここに座って花見をしているのもボルカノさん。あちらで肩を並べて歩いているのもボルカノさん。この世界には複数の同一人物が存在している。あらゆる時点での姿が一同に介して集まっている世界だ。
彼はもう一人の自分の動向を探っているようだった。向こうはまだ気づいていない。彼らもこの陽気に誘われて散策でもしているのだろう。
このまま気づかずに通りすぎるかなと思えば、向こうの彼がこちらを向いた。一瞬、目があう。しかし、すぐにそれは自然な流れで反らされた。見なかったことにしたいんだろう。その横にいた彼女が小首を傾げ、次いで視線がこちらに向いた。目があった私はそこで大きく腕を振る。
「フィリアさーん!」
「……オレが何故声を掛けなかったのか分からんのか」
「え?ボルカノさんとフィリアさんだし、いいじゃないですか」
彼女達を手招くと、最初は二人で顔を見合わせて悩む様子。暫くしてからフィリアさんを先頭にして私達の方へ歩いてきた。
敷物とお弁当を広げている私達を見て「お花見ですか」と訊いてきた。
「先週のお花見に行けなかったから、今日来てるんです」
「人が少ないからいいかもしれませんね。静かにお花見出来そうだし」
「フィリアさん達もご一緒にどうですか?」
「えっ」
お弁当に余裕もあるし、紅茶もまだまだたっぷり残っている。
ところが私の提案に二人はいい顔をしなかった。こっちのボルカノさんに至っては何も口を挟んでこない。私が呼んでしまった手前、この際どちらでもいいといった態度だ。
「折角のお誘いではあるが、我々もそう暇では無いのでね」
「……そう、ですよね。折角ですけどごめんなさい」
フィリアさんは少し残念そう。
あちらのボルカノさんがやおら挑発的な笑みを浮かべたせいか、彼は何か言いたそうに眉を寄せていた。
「そっか……アップルパイも焼いてきたんですけど。サンドイッチも紅茶も余裕あるし」
「アップルパイ……霧華さんが作ったんですか?」
「はい。レシピは伝授してもらったやつですけどね。すっごく美味しいんですよ。こちらのボルカノさんも舌鼓を打つ程のレシピです」
「だから言い過ぎだ」
私はホールのアップルパイを手で示す。甘い香りが風にのってふわりと鼻をくすぐった。
フィリアさんの視線がじっとそこに釘付けになっている。もしかしてアップルパイ好きなのかな。
「ご一緒してもいいですか」
「勿論です!」
彼女の返事に私はパッと笑顔で答えた。双方共にボルカノさんの返事を待つことなく決定。フィリアさんは既にいそいそと靴を脱いで敷物へ上がっていた。彼女の隣から「意志が弱い」とぼやく声が聞こえる。
「焼きたてのアップルパイは格別なんですよ。サクサクで香ばしくて!」
それに対して力説する彼女。今度は大きな溜息が彼の口から漏れた。
私達は少し詰めて二人分のスペースを空け、そこに二人を招く。意図せずボルカノさんが並んで座る形になり、何とも奇妙な光景が出来上がった。服装が少し違うだけで、ブルーとルージュの様に双子と考えても過言じゃない。だからといってお互い息の根を止めようとするのは止めてもらいたいんだけど。
私は切り分けたアップルパイを真っ白なお皿に乗せて、フォークを添えてフィリアさんに渡す。もう一人のボルカノさんの分も用意しようとしたら「私は結構」と制されてしまった。
「ボルカノさんは食べないんですか?」
「勿体ない。こんなに美味しそうなのに」
「……大方、他人が作った物は口にしないといった所だろう」
「え、そうなんですか。流石、自分の事良くわかってますね」
「じゃあボルカノさんの分も私がいただきます」
「好きにしろ」
私達のやり取りを軽く聞き流し、彼は枝から散る桜の花びらへ目を向ける。それにしても、花を眺める様はとても絵になる。イケメンは桜と合わせてもカッコイイ。
アップルパイを乗せた二つの皿を前に、フィリアさんはホクホクと嬉しそうに笑っていた。作った側としてはここまで楽しみにされると嬉しい。
こっちのボルカノさんからは「コンポートを作るのが上手くなったな」とお褒めの言葉を頂いた。
「美味しい!このサクサク感、しっとり甘いリンゴのコンポート……そしてシナモンの苦味がそれを引き立てて最高です!」
「喜んでもらえて良かった。フィリアさん、アップルパイお好きなんですか?」
「はい。……というか甘い物に目がなくて」
「甘い物が好きなんですね!広場にある喫茶店の季節限定ミルフィーユはもう食べました?」
フォークで一口サイズに切り分けたアップルパイ。それをしっかりと味わう様に食べてくれる。「美味しい」の一言が何よりも嬉しい。作ってきて本当に良かった。
「今月から期間限定で販売されている……あのミルフィーユのことですか。あれはもう最高の味わいでしたね。イチゴのクリームがもう絶妙な甘さで、生地もふわっと溶ける様にほどけて」
「ああーいいなあ!私も食べに行きたいなあ……次のお休みに行って来ようかな」
「まさか一人で行くつもりじゃないだろうな」
ガールズトークを広げていた所に割って入ったのはこちらのボルカノさん。こちらとかあちらとか、そろそろややこしくなってきた。でもそれ以外に呼び方が思いつかない。
「だって都合よく誰かと休みが重なるとは限らないですもん。それを待ってたら次のケーキに変わっちゃうし。ミルフィーユは絶対逃せません」
「うんうん。ミルフィーユだけは外せませんよね」
私達は顔を見合わせて頷き合った。
「店が定時に終わる日であればオレが付き合う。店まで迎えに行こう」
「いいんですか?じゃあ、お願いします!」
ケーキを一緒に食べに行ってくれるなら正直誰でも良かったのだけど、ボルカノさんが付き合ってくれるなら手放しで喜べる。
「お前は彼女に対して過保護だ。ケーキぐらい一人で食べに行かせればいい」
黙っていたもう一人のボルカノさんが片膝を立てながらそう言った。彼が指摘した過保護という点は否定できない。何かにつけて一人で勝手に行動するなと言われ続けてきた。保護者意識が前から強い。
彼は目を細めてふっと笑った。
「折角の花見に水を差されてしまったからな。仕切り直しを設けただけだ。そういう貴殿は彼女に対して強く当たりすぎではないだろうか。愛想を尽かされても知らんぞ」
二人のボルカノさんが静かに睨み合う。その傍ら、フィリアさんは自分の事が引き合いに出ているとは気づいていないのか、二切れ目のアップルパイにフォークを入れた。側には空になった白い皿が一枚。彼女は実に幸せそうな微笑みを浮かべている。この空気の差が笑える。
下手に口出しをしても更に揉めそうなので、私も彼らを放っておくことにした。紅茶の入った水筒に手を伸ばし、カップを二つ手繰り寄せる。
「フィリアさん、紅茶飲みますか?」
「ありがとうございます。いただき……ボルカノさん達はなんでお互いに牽制してるんですか」
「……さあ。自分同士、何か思う事があるんじゃないですかね」
水筒から注いだ紅茶の香りにフィリアさんが良い香りだと頬を緩めた。
「どうぞ。熱いから気をつけてくださいね」
「ありがとうございます。……紅茶も美味しい」
「実はこれボルカノさんがブレンドした紅茶なんですよ」
「そうなんですか?!あ……じゃあこれならボルカノさんも飲めるんじゃ。自分が淹れたようなものだし」
「はっ……ナルホド!赤の他人じゃないですね。ボルカノ違いとはいえ、自分ですから」
私達は同時にボルカノさんの方へ振り向く。期待を込めたこの視線に居心地が悪くなってしまったようで、ふいと顔を背けていた。
「別に喉は渇いていない」
「そんなこと言わずに。味見と思って」
「美味しいですよ。流石ボルカノさん!」
「今度この味をブレンドしてほしいです」
フィリアさんがカップの中身とボルカノさんの顔を交互に見る。やがて彼は私達に根負けしたのか「カップを寄越せ」と自分に頼んだ。
透明度の高い飴色の紅茶を顔に近づけ、香りを確かめている。
「ダージリンと何をブレンドした」
「飲めば分かる」
「……これは。……ニルギリは丁度良いが、ディンブラをあと小さじ一少なめにすれば味のバランスが整う」
「ああ、何か余計だと思っていたのはそれか。…次はそうしてみよう。その点に気づくとは流石だな」
「だがいいブレンドだ。ストレートティー向きの良い味をしている」
さっきまでお互いに牽制していたはずが、態度をコロッと変えて褒め合っている。と思えば紅茶談義が始まっていた。それを聞いていたフィリアさんは目をパチパチと瞬かせる。
「……ボルカノさんって紅茶も詳しいんだ。意外」
「あれ、そっちのボルカノさんは紅茶あまり飲まないんですか?」
「普段は珈琲飲んでる事が多いみたいだし。私が知らないだけかもしれないけど」
「そうなんですか。……まあ、どっちも様になりますよね。紅茶も珈琲も」
こくりと頷いたフィリアさんは空になったカップに視線を落とす。私が紅茶のお代わりを注ごうと水筒に手を伸ばした時、霧華さんと声を掛けられた。
「その、お花見にお邪魔してすみませんでした」
「別に気にしないでいいですよ。ボルカノさんはああ言ってたけど、私はフィリアさん達とこうしてお花見が出来て嬉しかったし。また行楽日和の時があったら声掛けますね」
水筒の蓋を開けて彼女のカップに紅茶を注ぐ。またふわりと良い香りが漂う。
彼女は何かに気を取られていたのか、呆然としていた。そこへ舞うような春風が吹き抜ける。風に揺れる前髪を抑え、舞う桜の花びらを背景に彼女は「ありがとうございます」とはにかんでいた。
賑やかなお店通りから少し離れた場所に開けた公園がある。園内では青々とした樹木の中に点々として桜の木が薄紅色の花をつけていた。
そこに根を下ろす桜が綺麗だからとこの時期はお花見客で賑わうそうだ。
先週末、私もアセルス達に花見に行かないかと誘われたのだけど、その日は仕事で惜しくも同行出来なかった。花が見頃でとても綺麗だったそうだ。それを聞いたらこのままお花見をせずに季節が変わってしまうのが嫌で。来週末なら休みが取れそうだからと、ボルカノさんと一緒に行く約束を取り付けた。
雨風で桜の花が散ってしまわないことを祈りながら過ごすこと一週間。お天道様は私の願いを聞き入れてくれたようだ。
薄曇りが続いた翌日、すっきりとした青空が広がった。
大きなバスケットには二人分以上のサンドイッチと焼き立てのアップルパイがワンホール収まっている。
並木通りに咲く桜の花びらがひらひらと舞い散っていた。その中を五分程歩いた所で私達は足を止めた。
「ボルカノさん。この辺にしませんか?」
「ああ。風の通り道からも外れている。花見をするには最適な場所だ」
彼もこの場所を花見の席とすることに異議はなく、手に持っていた赤い敷物を広げた。
靴を脱いでその上に腰を下ろし、頭上を仰ぐ。視界一杯に広がる桜の薄紅色と青空。春風に吹かれた花房から花びらがひらり舞うように飛んでいった。
日差しもポカポカ陽気でとても心地が良い。日頃の疲れも癒してくれそうだ。
「いい景色だ」
「出遅れの花見も案外いいかもしれないですね。人も殆んどいないし、静かでボルカノさん向きで」
「喧騒の中よりもこうして静かに見上げる方が落ち着き、風情も楽しめる。……気の知れた相手となら尚更に」
膝元に掲げた手の平に花びらが一枚ひらりと舞い降りる。彼はそれを見つめながら穏やかな笑みを浮かべていた。
二人だけでは広すぎる敷物。最初は誰か誘えば良かったとも思った。でもこんな風にゆっくり過ごす時間も久しぶりだ。これはこれでのんびりできていいかもしれない。
水筒からカップに注いだ温かい紅茶を飲みながら、サンドイッチをつまむ。ハムのちょうど良い塩加減にシャキシャキのレタス。外の風を感じながらで食べるご飯はまた格別だ。
他愛の無い話に華を咲かせること三十分。紅茶のおかわりも二杯目。そろそろデザートのアップルパイを切り分けようかと思ったその時だ。
桜に向いていたはずのボルカノさんの視線がずっと向こうを捉えていた。囀っている小鳥を眺めているわけでもないし、知り合いでも見つけたのだろうか。
ふとそちらへ私も顔を向けると、そこには桜の花びらよりも濃い薄紅色をした髪を一つに結った女性がいた。その隣には彼女より背の高い、彼と同じ様な服装をした男性。同じ様なというよりも、瓜二つの顔。ボルカノさんだ。成程、だから微妙にしかめ面をしていたのか。
ここに座って花見をしているのもボルカノさん。あちらで肩を並べて歩いているのもボルカノさん。この世界には複数の同一人物が存在している。あらゆる時点での姿が一同に介して集まっている世界だ。
彼はもう一人の自分の動向を探っているようだった。向こうはまだ気づいていない。彼らもこの陽気に誘われて散策でもしているのだろう。
このまま気づかずに通りすぎるかなと思えば、向こうの彼がこちらを向いた。一瞬、目があう。しかし、すぐにそれは自然な流れで反らされた。見なかったことにしたいんだろう。その横にいた彼女が小首を傾げ、次いで視線がこちらに向いた。目があった私はそこで大きく腕を振る。
「フィリアさーん!」
「……オレが何故声を掛けなかったのか分からんのか」
「え?ボルカノさんとフィリアさんだし、いいじゃないですか」
彼女達を手招くと、最初は二人で顔を見合わせて悩む様子。暫くしてからフィリアさんを先頭にして私達の方へ歩いてきた。
敷物とお弁当を広げている私達を見て「お花見ですか」と訊いてきた。
「先週のお花見に行けなかったから、今日来てるんです」
「人が少ないからいいかもしれませんね。静かにお花見出来そうだし」
「フィリアさん達もご一緒にどうですか?」
「えっ」
お弁当に余裕もあるし、紅茶もまだまだたっぷり残っている。
ところが私の提案に二人はいい顔をしなかった。こっちのボルカノさんに至っては何も口を挟んでこない。私が呼んでしまった手前、この際どちらでもいいといった態度だ。
「折角のお誘いではあるが、我々もそう暇では無いのでね」
「……そう、ですよね。折角ですけどごめんなさい」
フィリアさんは少し残念そう。
あちらのボルカノさんがやおら挑発的な笑みを浮かべたせいか、彼は何か言いたそうに眉を寄せていた。
「そっか……アップルパイも焼いてきたんですけど。サンドイッチも紅茶も余裕あるし」
「アップルパイ……霧華さんが作ったんですか?」
「はい。レシピは伝授してもらったやつですけどね。すっごく美味しいんですよ。こちらのボルカノさんも舌鼓を打つ程のレシピです」
「だから言い過ぎだ」
私はホールのアップルパイを手で示す。甘い香りが風にのってふわりと鼻をくすぐった。
フィリアさんの視線がじっとそこに釘付けになっている。もしかしてアップルパイ好きなのかな。
「ご一緒してもいいですか」
「勿論です!」
彼女の返事に私はパッと笑顔で答えた。双方共にボルカノさんの返事を待つことなく決定。フィリアさんは既にいそいそと靴を脱いで敷物へ上がっていた。彼女の隣から「意志が弱い」とぼやく声が聞こえる。
「焼きたてのアップルパイは格別なんですよ。サクサクで香ばしくて!」
それに対して力説する彼女。今度は大きな溜息が彼の口から漏れた。
私達は少し詰めて二人分のスペースを空け、そこに二人を招く。意図せずボルカノさんが並んで座る形になり、何とも奇妙な光景が出来上がった。服装が少し違うだけで、ブルーとルージュの様に双子と考えても過言じゃない。だからといってお互い息の根を止めようとするのは止めてもらいたいんだけど。
私は切り分けたアップルパイを真っ白なお皿に乗せて、フォークを添えてフィリアさんに渡す。もう一人のボルカノさんの分も用意しようとしたら「私は結構」と制されてしまった。
「ボルカノさんは食べないんですか?」
「勿体ない。こんなに美味しそうなのに」
「……大方、他人が作った物は口にしないといった所だろう」
「え、そうなんですか。流石、自分の事良くわかってますね」
「じゃあボルカノさんの分も私がいただきます」
「好きにしろ」
私達のやり取りを軽く聞き流し、彼は枝から散る桜の花びらへ目を向ける。それにしても、花を眺める様はとても絵になる。イケメンは桜と合わせてもカッコイイ。
アップルパイを乗せた二つの皿を前に、フィリアさんはホクホクと嬉しそうに笑っていた。作った側としてはここまで楽しみにされると嬉しい。
こっちのボルカノさんからは「コンポートを作るのが上手くなったな」とお褒めの言葉を頂いた。
「美味しい!このサクサク感、しっとり甘いリンゴのコンポート……そしてシナモンの苦味がそれを引き立てて最高です!」
「喜んでもらえて良かった。フィリアさん、アップルパイお好きなんですか?」
「はい。……というか甘い物に目がなくて」
「甘い物が好きなんですね!広場にある喫茶店の季節限定ミルフィーユはもう食べました?」
フォークで一口サイズに切り分けたアップルパイ。それをしっかりと味わう様に食べてくれる。「美味しい」の一言が何よりも嬉しい。作ってきて本当に良かった。
「今月から期間限定で販売されている……あのミルフィーユのことですか。あれはもう最高の味わいでしたね。イチゴのクリームがもう絶妙な甘さで、生地もふわっと溶ける様にほどけて」
「ああーいいなあ!私も食べに行きたいなあ……次のお休みに行って来ようかな」
「まさか一人で行くつもりじゃないだろうな」
ガールズトークを広げていた所に割って入ったのはこちらのボルカノさん。こちらとかあちらとか、そろそろややこしくなってきた。でもそれ以外に呼び方が思いつかない。
「だって都合よく誰かと休みが重なるとは限らないですもん。それを待ってたら次のケーキに変わっちゃうし。ミルフィーユは絶対逃せません」
「うんうん。ミルフィーユだけは外せませんよね」
私達は顔を見合わせて頷き合った。
「店が定時に終わる日であればオレが付き合う。店まで迎えに行こう」
「いいんですか?じゃあ、お願いします!」
ケーキを一緒に食べに行ってくれるなら正直誰でも良かったのだけど、ボルカノさんが付き合ってくれるなら手放しで喜べる。
「お前は彼女に対して過保護だ。ケーキぐらい一人で食べに行かせればいい」
黙っていたもう一人のボルカノさんが片膝を立てながらそう言った。彼が指摘した過保護という点は否定できない。何かにつけて一人で勝手に行動するなと言われ続けてきた。保護者意識が前から強い。
彼は目を細めてふっと笑った。
「折角の花見に水を差されてしまったからな。仕切り直しを設けただけだ。そういう貴殿は彼女に対して強く当たりすぎではないだろうか。愛想を尽かされても知らんぞ」
二人のボルカノさんが静かに睨み合う。その傍ら、フィリアさんは自分の事が引き合いに出ているとは気づいていないのか、二切れ目のアップルパイにフォークを入れた。側には空になった白い皿が一枚。彼女は実に幸せそうな微笑みを浮かべている。この空気の差が笑える。
下手に口出しをしても更に揉めそうなので、私も彼らを放っておくことにした。紅茶の入った水筒に手を伸ばし、カップを二つ手繰り寄せる。
「フィリアさん、紅茶飲みますか?」
「ありがとうございます。いただき……ボルカノさん達はなんでお互いに牽制してるんですか」
「……さあ。自分同士、何か思う事があるんじゃないですかね」
水筒から注いだ紅茶の香りにフィリアさんが良い香りだと頬を緩めた。
「どうぞ。熱いから気をつけてくださいね」
「ありがとうございます。……紅茶も美味しい」
「実はこれボルカノさんがブレンドした紅茶なんですよ」
「そうなんですか?!あ……じゃあこれならボルカノさんも飲めるんじゃ。自分が淹れたようなものだし」
「はっ……ナルホド!赤の他人じゃないですね。ボルカノ違いとはいえ、自分ですから」
私達は同時にボルカノさんの方へ振り向く。期待を込めたこの視線に居心地が悪くなってしまったようで、ふいと顔を背けていた。
「別に喉は渇いていない」
「そんなこと言わずに。味見と思って」
「美味しいですよ。流石ボルカノさん!」
「今度この味をブレンドしてほしいです」
フィリアさんがカップの中身とボルカノさんの顔を交互に見る。やがて彼は私達に根負けしたのか「カップを寄越せ」と自分に頼んだ。
透明度の高い飴色の紅茶を顔に近づけ、香りを確かめている。
「ダージリンと何をブレンドした」
「飲めば分かる」
「……これは。……ニルギリは丁度良いが、ディンブラをあと小さじ一少なめにすれば味のバランスが整う」
「ああ、何か余計だと思っていたのはそれか。…次はそうしてみよう。その点に気づくとは流石だな」
「だがいいブレンドだ。ストレートティー向きの良い味をしている」
さっきまでお互いに牽制していたはずが、態度をコロッと変えて褒め合っている。と思えば紅茶談義が始まっていた。それを聞いていたフィリアさんは目をパチパチと瞬かせる。
「……ボルカノさんって紅茶も詳しいんだ。意外」
「あれ、そっちのボルカノさんは紅茶あまり飲まないんですか?」
「普段は珈琲飲んでる事が多いみたいだし。私が知らないだけかもしれないけど」
「そうなんですか。……まあ、どっちも様になりますよね。紅茶も珈琲も」
こくりと頷いたフィリアさんは空になったカップに視線を落とす。私が紅茶のお代わりを注ごうと水筒に手を伸ばした時、霧華さんと声を掛けられた。
「その、お花見にお邪魔してすみませんでした」
「別に気にしないでいいですよ。ボルカノさんはああ言ってたけど、私はフィリアさん達とこうしてお花見が出来て嬉しかったし。また行楽日和の時があったら声掛けますね」
水筒の蓋を開けて彼女のカップに紅茶を注ぐ。またふわりと良い香りが漂う。
彼女は何かに気を取られていたのか、呆然としていた。そこへ舞うような春風が吹き抜ける。風に揺れる前髪を抑え、舞う桜の花びらを背景に彼女は「ありがとうございます」とはにかんでいた。