第一章
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5.夢から現実へ
何か夢を見ていた気がする。でもそれがどんな内容だったのか。意識が浮上したと同時に忘れてしまった。
その後、まず目に映ったのは真っ赤な髪の男だった。すると、男の険しかった表情がふっと和らいだ。「気が付いたか」と溜息をついた。
今目に映っている物は現実なのか、それともさっきの夢の続きなのか。一晩で三本立ての夢を見たような気さえする。まだ夢現の状態で私はベッドから半身を起した。身体が風邪を引いた時のように重だるい。
私の額にぴたりと手を当てられた。
「……熱は完全に下がったようだな」
「熱……私、一体どうしたんですか。……なんだか記憶がごちゃごちゃしてる」
「覚えていない、か。町を案内している途中、雑貨屋の前で待ち合わせと言った君を迎えに行ったら、そこでうずくまっていた。高熱で意識を失っていたんだ」
町、雑貨屋、モウゼスの術士、井戸。記憶の糸を辿っていくと、雑貨屋の前であれこれ考え込んでいたのを思い出した。私が今見ている世界は夢ではなく現実なんだと思い知らされる。
「知恵熱、ですかね。……色々考え事してたので」
「馬鹿を言うな。知恵熱で出るようなものじゃなかったぞ。……此処の環境に適応できずに、身体の免疫細胞が異常な反応を起こしている可能性がある。君の居た世界とは空気中に含まれる酸素や窒素などの比率が異なるだろうからな」
また難しい話を始めた。私は化学の成績はお世辞にも良いレベルじゃなかった。彼の言っている内容の半分は分からないことばかりだ。とりあえず、環境に馴染むまでは体調を崩しやすいから気を付ければいいと噛み砕いて理解した。
「空気は私の居た所よりも断然キレイだと思います」
「そうなのか?それならいいが……他に具合の悪い所は」
「風邪引いた時の感覚だけですね。だいじょーぶです」
「異変を感じたら直ぐに言ってくれ。可能な限り対処しよう」
彼は肩に手を当ててパキパキと音を立てて鳴らした。
部屋の中央にある簡易テーブルの上がごちゃごちゃとしていた。天秤、薬瓶、フラスコに試験管と朝には無かったものが随分並んでいる。薬の調合でもしていたんだろうか。私の視線を追った彼は短く「ああ」と頷いた。
「解熱剤を調合していたんだ。ひとまずこちらの人間の薬が効く事は分かった」
「……ボルカノ、さんって見かけによらず意外と優しいんですね」
ただウンディーネと小競り合う炎使いというイメージを初期の頃に抱いていた。町の人を困らせる悪い術士達だと。それに当時のグラフィックからは想像できない容姿に正直驚いている。もっと年を重ねていると思ったし、気難しくて会話もまともにできないんじゃないかと思っていた。
「そう思うのは勝手だが、君を喚び出したのは紛れもなくオレだからな。君を還す責任がオレにはある」
「むしろ生真面目ですね。……だって普通、手違いで喚び出したんなら面倒になるじゃないですか。捨ておくとか、野垂れ死んでもいいとか」
「そう考える奴は能無しの術士だ。結論に至る過程を導き出せずに放棄するような真似は絶対にしない。オレに任せておけ」
責任能力の高い人だ。こんな人が上司だったらいいのに。部下になんでもかんでも押し付ける様な真似はしない人なんだろう。ここまで言ってくれるんだ、この人を信頼して任せてみたい。というか私にはその選択肢しか残されていない。
「よろしくお願いします。……あと、それまでお世話になります」
「ああ。今日はもう眠った方がいい。腹が空いているなら何か用意するが」
「お腹は空いてないです。とりあえず寝ます」
「そうか。ベッドは気にせず使ってくれ」
空腹と睡魔を天秤にかけるまでもなく、睡魔が勝っていた。再びベッドに潜り込んだ私は毛布を首元まで手繰り寄せた。そういえば御礼を言い忘れた。目が覚めて、まだこの世界に居たらその時に伝えよう。
◇◆◇
あれから彼女は泥のように眠っていた。薬の調合に使用した器具を片付けるような物音では起きる気配もない。昨日のごたごたで荒れた室内を全て片付け終えた頃には日が暮れてしまっていた。テーブルと椅子が無いのは流石に不便を感じる。明日には脚の折れた椅子とテーブルを直すことにしよう。
書棚の空いたスペースには行き場の無い物が仮置きされている。拳大の鉱石、精製された六角錘の結晶。そのうちの中から透明度の高い水晶を手にした。この水晶だけ昨日とは様子が明らかに違う。不純物を取り除き、五センチ程の大きさに形成。良い出来に仕上がった水晶石に魔力を充填。試験的に行うつもりでいたから、フルに充填はしなかった。下級精霊の類を喚び出せればまずは成功だ。そんな軽い気持ちで術を執り行ったのだ。それがまさか人間を一人喚び出してしまう結果になるとは。
魔力の調整が不味かったか、媒体が不適切だったのか。若しくは形成作業の際についた傷から滴り落ちた己の血が影響したか。それが代価となり、意図せぬ魔力を発揮した。十二分にあり得る話だ。
彼女を喚び出した後、水晶石に変化が現れた。無色透明だったそれの中心部に小さな赤い炎のようなものがゆっくりと渦を巻くように出現。それは渦というよりも、不規則に揺らめいているので靄と表した方が近い。
直に水晶石に触れると鉱石とは思えない温かさが感じられた。まるでそれ自体に生命が宿っているかのようだ。
この水晶石が引き金となり召喚に成功、いやこの場合は失敗というべきか。だとしたら、これを破壊すれば彼女を元の世界に還す事が出来るかもしれない。しかし、この水晶石内部の揺らめきを見た限りでは、破壊したと同時に彼女の生命も絶たれる可能性がある。どちらにせよ現段階では不確定要素しかない。
破壊措置以外の方法を探すしか他はない。ひとまずこれは人目に触れないようにしておくか。それか留め具を施して身に着けておいた方が安全か。どちらにせよ、傷がつかないよう念の為に強化しておいた方がいいだろう。
普通ならば捨ておく、か。魔物の類ならば迷わず葬っていた、跡形も無く。見た所ただの人間だ。アビスの影響で正気を失った妖精でもない。
十六年前の死食でアビスゲートが開いたという噂。各地で起きている異変はその影響だと言われている。それと無関係とも言い難い。確かめなければならない事は多々あるが、研究し甲斐もある。上手く事が進めば臨んだ精霊を自由に喚び出せるのも遠い話ではない。その為にも死者の井戸に眠るあれを手にいれなければ。
ちらりとベッドの方を窺うも、彼女は変わらずに眠り続けていた。
解熱剤を調合したはいいが、ほぼ意識が無い相手にどう飲ませるかまでは考えていなかった。それに気が付いたのは調合が終わってからという愚かさ。声を掛けてみても辛うじて応じるだけで、とても自力では飲めそうになかった。仕方なく体を支え、薬と水を含み、少しずつ口移しで飲ませたのだが。どうやって飲ませたのか聞かれなくて良かった。知らない場所で、よく知りもしない男にされたと聞けば怒るのは目に見える。余計ないざこざは排除するに限る。知らない方が良いこともある。それに言わなければバレないだろう。
何か夢を見ていた気がする。でもそれがどんな内容だったのか。意識が浮上したと同時に忘れてしまった。
その後、まず目に映ったのは真っ赤な髪の男だった。すると、男の険しかった表情がふっと和らいだ。「気が付いたか」と溜息をついた。
今目に映っている物は現実なのか、それともさっきの夢の続きなのか。一晩で三本立ての夢を見たような気さえする。まだ夢現の状態で私はベッドから半身を起した。身体が風邪を引いた時のように重だるい。
私の額にぴたりと手を当てられた。
「……熱は完全に下がったようだな」
「熱……私、一体どうしたんですか。……なんだか記憶がごちゃごちゃしてる」
「覚えていない、か。町を案内している途中、雑貨屋の前で待ち合わせと言った君を迎えに行ったら、そこでうずくまっていた。高熱で意識を失っていたんだ」
町、雑貨屋、モウゼスの術士、井戸。記憶の糸を辿っていくと、雑貨屋の前であれこれ考え込んでいたのを思い出した。私が今見ている世界は夢ではなく現実なんだと思い知らされる。
「知恵熱、ですかね。……色々考え事してたので」
「馬鹿を言うな。知恵熱で出るようなものじゃなかったぞ。……此処の環境に適応できずに、身体の免疫細胞が異常な反応を起こしている可能性がある。君の居た世界とは空気中に含まれる酸素や窒素などの比率が異なるだろうからな」
また難しい話を始めた。私は化学の成績はお世辞にも良いレベルじゃなかった。彼の言っている内容の半分は分からないことばかりだ。とりあえず、環境に馴染むまでは体調を崩しやすいから気を付ければいいと噛み砕いて理解した。
「空気は私の居た所よりも断然キレイだと思います」
「そうなのか?それならいいが……他に具合の悪い所は」
「風邪引いた時の感覚だけですね。だいじょーぶです」
「異変を感じたら直ぐに言ってくれ。可能な限り対処しよう」
彼は肩に手を当ててパキパキと音を立てて鳴らした。
部屋の中央にある簡易テーブルの上がごちゃごちゃとしていた。天秤、薬瓶、フラスコに試験管と朝には無かったものが随分並んでいる。薬の調合でもしていたんだろうか。私の視線を追った彼は短く「ああ」と頷いた。
「解熱剤を調合していたんだ。ひとまずこちらの人間の薬が効く事は分かった」
「……ボルカノ、さんって見かけによらず意外と優しいんですね」
ただウンディーネと小競り合う炎使いというイメージを初期の頃に抱いていた。町の人を困らせる悪い術士達だと。それに当時のグラフィックからは想像できない容姿に正直驚いている。もっと年を重ねていると思ったし、気難しくて会話もまともにできないんじゃないかと思っていた。
「そう思うのは勝手だが、君を喚び出したのは紛れもなくオレだからな。君を還す責任がオレにはある」
「むしろ生真面目ですね。……だって普通、手違いで喚び出したんなら面倒になるじゃないですか。捨ておくとか、野垂れ死んでもいいとか」
「そう考える奴は能無しの術士だ。結論に至る過程を導き出せずに放棄するような真似は絶対にしない。オレに任せておけ」
責任能力の高い人だ。こんな人が上司だったらいいのに。部下になんでもかんでも押し付ける様な真似はしない人なんだろう。ここまで言ってくれるんだ、この人を信頼して任せてみたい。というか私にはその選択肢しか残されていない。
「よろしくお願いします。……あと、それまでお世話になります」
「ああ。今日はもう眠った方がいい。腹が空いているなら何か用意するが」
「お腹は空いてないです。とりあえず寝ます」
「そうか。ベッドは気にせず使ってくれ」
空腹と睡魔を天秤にかけるまでもなく、睡魔が勝っていた。再びベッドに潜り込んだ私は毛布を首元まで手繰り寄せた。そういえば御礼を言い忘れた。目が覚めて、まだこの世界に居たらその時に伝えよう。
◇◆◇
あれから彼女は泥のように眠っていた。薬の調合に使用した器具を片付けるような物音では起きる気配もない。昨日のごたごたで荒れた室内を全て片付け終えた頃には日が暮れてしまっていた。テーブルと椅子が無いのは流石に不便を感じる。明日には脚の折れた椅子とテーブルを直すことにしよう。
書棚の空いたスペースには行き場の無い物が仮置きされている。拳大の鉱石、精製された六角錘の結晶。そのうちの中から透明度の高い水晶を手にした。この水晶だけ昨日とは様子が明らかに違う。不純物を取り除き、五センチ程の大きさに形成。良い出来に仕上がった水晶石に魔力を充填。試験的に行うつもりでいたから、フルに充填はしなかった。下級精霊の類を喚び出せればまずは成功だ。そんな軽い気持ちで術を執り行ったのだ。それがまさか人間を一人喚び出してしまう結果になるとは。
魔力の調整が不味かったか、媒体が不適切だったのか。若しくは形成作業の際についた傷から滴り落ちた己の血が影響したか。それが代価となり、意図せぬ魔力を発揮した。十二分にあり得る話だ。
彼女を喚び出した後、水晶石に変化が現れた。無色透明だったそれの中心部に小さな赤い炎のようなものがゆっくりと渦を巻くように出現。それは渦というよりも、不規則に揺らめいているので靄と表した方が近い。
直に水晶石に触れると鉱石とは思えない温かさが感じられた。まるでそれ自体に生命が宿っているかのようだ。
この水晶石が引き金となり召喚に成功、いやこの場合は失敗というべきか。だとしたら、これを破壊すれば彼女を元の世界に還す事が出来るかもしれない。しかし、この水晶石内部の揺らめきを見た限りでは、破壊したと同時に彼女の生命も絶たれる可能性がある。どちらにせよ現段階では不確定要素しかない。
破壊措置以外の方法を探すしか他はない。ひとまずこれは人目に触れないようにしておくか。それか留め具を施して身に着けておいた方が安全か。どちらにせよ、傷がつかないよう念の為に強化しておいた方がいいだろう。
普通ならば捨ておく、か。魔物の類ならば迷わず葬っていた、跡形も無く。見た所ただの人間だ。アビスの影響で正気を失った妖精でもない。
十六年前の死食でアビスゲートが開いたという噂。各地で起きている異変はその影響だと言われている。それと無関係とも言い難い。確かめなければならない事は多々あるが、研究し甲斐もある。上手く事が進めば臨んだ精霊を自由に喚び出せるのも遠い話ではない。その為にも死者の井戸に眠るあれを手にいれなければ。
ちらりとベッドの方を窺うも、彼女は変わらずに眠り続けていた。
解熱剤を調合したはいいが、ほぼ意識が無い相手にどう飲ませるかまでは考えていなかった。それに気が付いたのは調合が終わってからという愚かさ。声を掛けてみても辛うじて応じるだけで、とても自力では飲めそうになかった。仕方なく体を支え、薬と水を含み、少しずつ口移しで飲ませたのだが。どうやって飲ませたのか聞かれなくて良かった。知らない場所で、よく知りもしない男にされたと聞けば怒るのは目に見える。余計ないざこざは排除するに限る。知らない方が良いこともある。それに言わなければバレないだろう。