第一章
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4.雪の結晶
外で弟子の話に付き合わされた後、雑貨屋へ赴いても彼女の姿はなかった。周囲を見渡してもその姿は確認できず、先に館へ戻ったのかと思いきやそこにも居ない。荷物を置いて町を一回りし、雑貨屋の前でうずくまっている彼女をようやく見つけた。
酷い熱を出していた。声を掛けても意識が朦朧としていたのか返事も曖昧だった。
急いで彼女を連れて帰ってきたはいいが、生憎医者が他の町へ往診で不在だ。
ベッドで眠りについている彼女は苦しそうに浅い呼吸を繰り返していた。冷水に濡らしたタオルを額に当ててもすぐに温くなってしまう。このまま熱が下がらなければ危険な状態になる。とにかく今はこの高熱をどうにか下げなければ。
書棚から人体に関して記録された医学書と薬瓶を幾つか簡易テーブルの上に揃え置いた。こちらの世界の人間と同様に解熱作用が効けばいいのだが。体組織に違いがあれば解熱剤も無用の長物となる。最悪、劇薬となる可能性もある。しかし、何もせずに見捨てるわけにはいかない。手違いとは言え、呼び出した手前術士として責任がある。
昨日の件で秤が壊れなかったのは幸いだ。医学書の頁を捲り、解熱剤の配合を確認。それから薬包紙を天秤皿に乗せ、薬瓶から粉末を匙で掬い取る。目盛りの振れる針の僅かなズレも見逃さず、調合を進めていった。
◇◆◇
真っ白な雪景色が視界に広がっていた。北風が唸りを上げて地吹雪を巻き上げていく。その真っただ中に私は防寒具を一つも身に着けずに立っていた。それなのにちっとも寒さを感じていない。
ふと、目と鼻の先に雪のかまくらが見えた。かまくらと言うよりは雪のブロックを積み上げたスノードームの様にも見える。その周囲に点々と雪だるまが立っていた。気のせいだろうか。少し動いているような。
「君はどこから来たのだ?」
声が聞こえた。辺りを見回しても人らしき影は全くない。あるとすればいつの間にか目の前に現れた真っ白な雪だるま。背丈が私と同じぐらいで、つぶらな黒い瞳がじっと私を見ているような気がした。もしかして、今の声はこの雪だるまだろうか。
「お客さんは久しぶりなのだ!」
「ゆ、雪だるまが……喋った、う、動いた」
雪だるまの体が重そうな音を立て、ぴょんと跳ねた。目はあるけど口が見当たらない。感情を表現する為の身振りなんだろう。口が無いのにどうして喋るのか、というのはもうこの際気にしないでおく。
突如激しい目眩に襲われた。気持ちが悪い。くらくらとする頭を押さえていると「大丈夫なのだ?」と心配そうな声が聞こえてきた。
「……わっ。すごい熱なのだ!大変なのだ!」
「熱……私、熱出てるの?自分じゃよく分からないんだけど……」
「それはマズイのだ。僕ら雪だるまは熱に弱いけど、人間も熱すぎると死んでしまうのだ。これを持つといいのだ」
目眩に続き、身体が鉛の様に重くなってくる。私は立っていられずに雪の上にぺたりとしゃがみ込んだ。おかしな事に、雪の冷たさは脚から全く感じることが無かった。
ぼやけた視界に真っ白な雪の塊が映る。雪だるまが私に体を寄せて「これを」とブレスレットの様な物を差し出した。雪の結晶がキラキラと輝く綺麗なものだった。それを手に取った途端、この雪の世界で初めてひんやりとした感触を覚えた。
「それを持っていれば熱が下がるのだ」
「あ、ありがとう」
「でも、ずっと持ち続けていたら体が氷漬けになるから気を付けるのだ」
何という紙一重なアクセサリー。熱が下がったら冷気が止まるとか、都合のいい作りにならないのかと胸の内で文句をぶつぶつと呟く。
手の中できらきらと輝きを放つ雪の結晶に見惚れている内に、次第に意識が遠退いていった。
外で弟子の話に付き合わされた後、雑貨屋へ赴いても彼女の姿はなかった。周囲を見渡してもその姿は確認できず、先に館へ戻ったのかと思いきやそこにも居ない。荷物を置いて町を一回りし、雑貨屋の前でうずくまっている彼女をようやく見つけた。
酷い熱を出していた。声を掛けても意識が朦朧としていたのか返事も曖昧だった。
急いで彼女を連れて帰ってきたはいいが、生憎医者が他の町へ往診で不在だ。
ベッドで眠りについている彼女は苦しそうに浅い呼吸を繰り返していた。冷水に濡らしたタオルを額に当ててもすぐに温くなってしまう。このまま熱が下がらなければ危険な状態になる。とにかく今はこの高熱をどうにか下げなければ。
書棚から人体に関して記録された医学書と薬瓶を幾つか簡易テーブルの上に揃え置いた。こちらの世界の人間と同様に解熱作用が効けばいいのだが。体組織に違いがあれば解熱剤も無用の長物となる。最悪、劇薬となる可能性もある。しかし、何もせずに見捨てるわけにはいかない。手違いとは言え、呼び出した手前術士として責任がある。
昨日の件で秤が壊れなかったのは幸いだ。医学書の頁を捲り、解熱剤の配合を確認。それから薬包紙を天秤皿に乗せ、薬瓶から粉末を匙で掬い取る。目盛りの振れる針の僅かなズレも見逃さず、調合を進めていった。
◇◆◇
真っ白な雪景色が視界に広がっていた。北風が唸りを上げて地吹雪を巻き上げていく。その真っただ中に私は防寒具を一つも身に着けずに立っていた。それなのにちっとも寒さを感じていない。
ふと、目と鼻の先に雪のかまくらが見えた。かまくらと言うよりは雪のブロックを積み上げたスノードームの様にも見える。その周囲に点々と雪だるまが立っていた。気のせいだろうか。少し動いているような。
「君はどこから来たのだ?」
声が聞こえた。辺りを見回しても人らしき影は全くない。あるとすればいつの間にか目の前に現れた真っ白な雪だるま。背丈が私と同じぐらいで、つぶらな黒い瞳がじっと私を見ているような気がした。もしかして、今の声はこの雪だるまだろうか。
「お客さんは久しぶりなのだ!」
「ゆ、雪だるまが……喋った、う、動いた」
雪だるまの体が重そうな音を立て、ぴょんと跳ねた。目はあるけど口が見当たらない。感情を表現する為の身振りなんだろう。口が無いのにどうして喋るのか、というのはもうこの際気にしないでおく。
突如激しい目眩に襲われた。気持ちが悪い。くらくらとする頭を押さえていると「大丈夫なのだ?」と心配そうな声が聞こえてきた。
「……わっ。すごい熱なのだ!大変なのだ!」
「熱……私、熱出てるの?自分じゃよく分からないんだけど……」
「それはマズイのだ。僕ら雪だるまは熱に弱いけど、人間も熱すぎると死んでしまうのだ。これを持つといいのだ」
目眩に続き、身体が鉛の様に重くなってくる。私は立っていられずに雪の上にぺたりとしゃがみ込んだ。おかしな事に、雪の冷たさは脚から全く感じることが無かった。
ぼやけた視界に真っ白な雪の塊が映る。雪だるまが私に体を寄せて「これを」とブレスレットの様な物を差し出した。雪の結晶がキラキラと輝く綺麗なものだった。それを手に取った途端、この雪の世界で初めてひんやりとした感触を覚えた。
「それを持っていれば熱が下がるのだ」
「あ、ありがとう」
「でも、ずっと持ち続けていたら体が氷漬けになるから気を付けるのだ」
何という紙一重なアクセサリー。熱が下がったら冷気が止まるとか、都合のいい作りにならないのかと胸の内で文句をぶつぶつと呟く。
手の中できらきらと輝きを放つ雪の結晶に見惚れている内に、次第に意識が遠退いていった。