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三百年後の朱鳥術士 前編
バンガードの市街地から北へ抜け、鬱蒼とした森まで足を向けていた。周囲が木々に覆われているせいで方向感覚を狂わせやすい。よって、流通に携わる者はこの森を通る事は避けているそうだ。『迷いの森』と称されている。
だが並大抵の冒険者ならば易々と出られなくなる事はあるまい。頭上も開けているので太陽の位置さえ分かれば迷い果てることも無い。細い獣道に踏み入らなければ術士単騎で進むことも可能だ。
三百年後の世界に自身が喚び出された時は半信半疑でしかなかった。しかし辛くも前例がある。それを受け入れること自体に問題は生じていない。
塔士団として集った者の中には見覚えのある顔が居た。かつて魔王の盾を巡った抗争に関わった者達もだ。顔を合わせた際に互いに気疎い感情で侵されるも今更過去を掘り返した所で仕方の無いこと。
己の力を認めてもらった以上、この世界での務めを果たすのみ。術の鍛錬を怠る事無かれ。かつて弟子に向けた言葉を今一度自身に。
火術要塞へ赴こうとも考えたが、手始めに周囲の状況を知っておくのも悪くない。それに、ただ時間を浪費するよりはこうして動いている方が気を紛らわせて良い。立ち止まれば不意に蘇る彼女の表情。あの時の選択は本当に正しかったのか。
霧華は無事に自分の世界へ還れたのだろうか。
送還術は不足の無い状態で執り行った。完全な術式を成り立たせ、術士の魔力も万全に整えた。成功しているはずだ。場所、時間共に寸分違わずに送り返せているはずだ。己自身の未練さえ影響していなければ。
最後に伝えたかった。それにしても語るには多すぎる言葉だ。ただ、一言だけ。どうしても伝えたかった。彼女には彼女の生きる世界がある。やがてこちらの世界で過ごした記憶も薄れていく。それが道理。だが、忘れて欲しくなかった。こちらの世界で共に過ごした日々を、オレのことを。
◇
歩いた距離、日の傾き加減から二時間は経過したと思われる。バンガードを出る際に声を掛けてはきたが、戻りの時間を考えてそろそろ引き返した方が良さそうだ。余計な心配を被らせるわけにもいかない。
前方に続く道の途中で立ち止まり、来た道へと踵を返す。その時、炎が嘶く声を聞いた。次いで魔獣と思わしき呻き声。
複数の気配が感じ取られた方へと向かえば、林道から外れた茂みで魔物を相手にしている若い男が一人。そこに転がっている魔獣の死骸はこの男が仕留めたのだろう。武器を持たずに応戦している所を見ると術士のようだ。
詠唱後に生成された火炎球がスケルトンの胴体に直撃。刹那バランスを崩したが、仕留められずにいる。朱鳥使いならば不利な戦いではない。だが、今の術を見た限りでは未熟さが窺える。三対一では分が悪い。
「……くそっ。キリがない!」
少年と呼ぶ方が似つかわしい容姿の彼は赤銅色の髪を持ち、深紅の衣服を身に纏っている。金縁の羽織を翻し、斬撃を身軽にかわしていた。
このまま傍観しているのも気分が悪い。加勢しようとした矢先、少年の背後にスケルトンが覚束ない足取りで迫っていた。先程の死に損ないだ。まだ彼はそれに気づいていない。前方二体を相手にすることで手一杯のようだ。
オレは即座に簡略な術を唱え、炎を頭上へと放つ。瞬時に火の鳥へと姿を変えたそれに亡者を包囲させた。業火に抱かれた亡者は瞬時のうちに灰となり朽ちていく。
一瞬、こちらに気を取られた少年へ余所見をするなと喝を飛ばした。
「前を向け!」
オレの声に間一髪の所で少年は飛び退き、吐き出された酸を避けた。土壌を溶かした強烈な臭いが鼻を衝く。彼はそれに怯むことなく詠唱を始めていた。聞き慣れたフレーズだ。間もなくしてアンデットを阻む炎の壁が立ちはだかる。この状況下でファイアウォールを利用するのならば、先を読んでの戦術か。
彼は術を唱え、交差させた両腕を前方に払う様に半円を描いた。空気を振動させた赤い刃がアンデットの胸部へ命中。それだけでは威力不足だが、炎の壁が追従するように差し迫った。猛火が一帯を焼き尽くしていく。骨が軋み合う音、吹き荒れた熱風が鎮まると亡者は冥府へと落ちていた。
短い溜息が聞こえた。肩の力を抜いた少年から発せられたものだ。こちらにくるりと振り向いた彼の瞳は己と同じ様な、いや褐色に近い赤を宿していた。ポルカと歳が近いように見える。
「あの、加勢して頂いて有難うございました。囲まれてしまった時は流石にどうしようかと…」
「礼はいい。見た所朱鳥術士の様だが……術を前提に動くのであれば背後にも気を配らなければ命を取られる。知能指数の高い魔物や魔獣だけではなく、その隙を狙う者もいると考えた方がいい」
「はい。以後気をつけます。……それにしてもさっきの火の鳥カッコよかったです。貴方も朱鳥術をお使いになられ……」
少年が不意に押し黙る。そして瞬く間に表情が変化した。目を大きく見開き、頬が紅を差したように染まる。これに何となくではあるが、既視感を覚えた。
「あ、貴方様はもしや…!真紅の衣、焔を宿した瞳、何よりも高度な朱鳥術……貴方様は我等の御先祖様であられますね!」
「……は?」
あまりにも唐突な発言に思わず率直な言葉が漏れた。
目を輝かせている少年に嘘偽りを纏うような影は見えない。むしろ純粋過ぎるその眼差しが痛いぐらいに突き刺さってくる。
幾度と重なる予想外の出来事に動じなくなったとはいえ、先祖だと呼ばれた事は例に無い。だが、三百年後の世界であればその可能性もあるのか。一先ず、この少年から事情を聴く必要がありそうだ。
短い時間で己の考えを纏めたはいいが、こちらが黙っている間に矢継ぎ早に話し始めるのでそれを宥めることに時間を費やすこととなった。
◆◇◆
「塔の出現により、各地で魔物が頻出するようになったんです。私も近隣の魔物討伐に出向いていた所で……でも、まさかこんな所でボルカノ様にお逢いすることができるなんて!夢のようです。これも日頃の行いが良いせいですね。朱鳥術を扱う者で右に出る者がいないと謳われていた貴方様の術をこの目で拝見することが叶うとは…!先程の火の鳥、本当にカッコ良かったあ!」
少年はグレンと名乗った。自分はオレの子孫だと話し、興奮覚めやらずの状態で今も話し続けている。頬を上気させ、先程の火の鳥を褒めちぎった。
刹那、魔物が人を惑わす変化の術を用いているのかと怪しみもした。だがそうでもないようだ。彼は朱鳥術と火の鳥の原理を話し始めた。その理に適った考え方が己の推論の立て方とよく似ている。
自分の子孫が存在していてもおかしくない。それは理解できる。それでも受け入れ難い事実に胸の奥がきしりと軋む音を立てていた。
「……あ。申し訳ございません。お喋りはお嫌いでしたか?」
歩みを止めたグレンがこちらを窺うように見た。細い眉を額に寄せ、不安の色を浮かべている。彼の案内で森を進んでいたのだが、黙って後ろについていたことがそうさせてしまったようだ。首を短く左右に振り、そうではないと答える。
「私もまだこの世界に来て間もない。少し考えを纏めていただけだ。何せ次から次へと理解の範疇を超える事象が起きている」
「やはり私の話は信じられませんか。……貴方様が私達の御先祖様であるということを」
「…いや、君が嘘をついているようには思えん。その目、…私の知っているものとよく似ている。人を騙すようなものではないと」
「私の話、信じてくれるんですか。……ほんとに?」
もはや遠い昔の様に思えていた。あの一連の出来事からまだ一年も経っていないというのに。
「君のことを信じよう」
「有難うございます!…良かったあ。なにせこんな突拍子も無い話じゃないですか。嘘つきだとか、人を騙しているんじゃないかとか…思われるんじゃないかって」
「俄かに信じ難い話だが、現実に起きている以上認めざるを得ない。それにこれが初めてではない……もう慣れてしまったよ」
世界の行く末を知る異世界の人間。三百年後の世界。そこに集う異世界の戦士達。もう、今さら何が起きようと動じることはないだろう。
そして人間の意思とは脆く、儚く弱いものだと思い知らされた。己の子孫が存在しているということは、つまり伴侶を得たという事実に過ぎる。そのつもりなど更々無いというのに。
彼女へのこの想いも次第に薄れ、何れは限りなく透明になってしまうのか。月日の流れは人の感情までも風化させる。残酷なものだ。
バンガードの市街地から北へ抜け、鬱蒼とした森まで足を向けていた。周囲が木々に覆われているせいで方向感覚を狂わせやすい。よって、流通に携わる者はこの森を通る事は避けているそうだ。『迷いの森』と称されている。
だが並大抵の冒険者ならば易々と出られなくなる事はあるまい。頭上も開けているので太陽の位置さえ分かれば迷い果てることも無い。細い獣道に踏み入らなければ術士単騎で進むことも可能だ。
三百年後の世界に自身が喚び出された時は半信半疑でしかなかった。しかし辛くも前例がある。それを受け入れること自体に問題は生じていない。
塔士団として集った者の中には見覚えのある顔が居た。かつて魔王の盾を巡った抗争に関わった者達もだ。顔を合わせた際に互いに気疎い感情で侵されるも今更過去を掘り返した所で仕方の無いこと。
己の力を認めてもらった以上、この世界での務めを果たすのみ。術の鍛錬を怠る事無かれ。かつて弟子に向けた言葉を今一度自身に。
火術要塞へ赴こうとも考えたが、手始めに周囲の状況を知っておくのも悪くない。それに、ただ時間を浪費するよりはこうして動いている方が気を紛らわせて良い。立ち止まれば不意に蘇る彼女の表情。あの時の選択は本当に正しかったのか。
霧華は無事に自分の世界へ還れたのだろうか。
送還術は不足の無い状態で執り行った。完全な術式を成り立たせ、術士の魔力も万全に整えた。成功しているはずだ。場所、時間共に寸分違わずに送り返せているはずだ。己自身の未練さえ影響していなければ。
最後に伝えたかった。それにしても語るには多すぎる言葉だ。ただ、一言だけ。どうしても伝えたかった。彼女には彼女の生きる世界がある。やがてこちらの世界で過ごした記憶も薄れていく。それが道理。だが、忘れて欲しくなかった。こちらの世界で共に過ごした日々を、オレのことを。
◇
歩いた距離、日の傾き加減から二時間は経過したと思われる。バンガードを出る際に声を掛けてはきたが、戻りの時間を考えてそろそろ引き返した方が良さそうだ。余計な心配を被らせるわけにもいかない。
前方に続く道の途中で立ち止まり、来た道へと踵を返す。その時、炎が嘶く声を聞いた。次いで魔獣と思わしき呻き声。
複数の気配が感じ取られた方へと向かえば、林道から外れた茂みで魔物を相手にしている若い男が一人。そこに転がっている魔獣の死骸はこの男が仕留めたのだろう。武器を持たずに応戦している所を見ると術士のようだ。
詠唱後に生成された火炎球がスケルトンの胴体に直撃。刹那バランスを崩したが、仕留められずにいる。朱鳥使いならば不利な戦いではない。だが、今の術を見た限りでは未熟さが窺える。三対一では分が悪い。
「……くそっ。キリがない!」
少年と呼ぶ方が似つかわしい容姿の彼は赤銅色の髪を持ち、深紅の衣服を身に纏っている。金縁の羽織を翻し、斬撃を身軽にかわしていた。
このまま傍観しているのも気分が悪い。加勢しようとした矢先、少年の背後にスケルトンが覚束ない足取りで迫っていた。先程の死に損ないだ。まだ彼はそれに気づいていない。前方二体を相手にすることで手一杯のようだ。
オレは即座に簡略な術を唱え、炎を頭上へと放つ。瞬時に火の鳥へと姿を変えたそれに亡者を包囲させた。業火に抱かれた亡者は瞬時のうちに灰となり朽ちていく。
一瞬、こちらに気を取られた少年へ余所見をするなと喝を飛ばした。
「前を向け!」
オレの声に間一髪の所で少年は飛び退き、吐き出された酸を避けた。土壌を溶かした強烈な臭いが鼻を衝く。彼はそれに怯むことなく詠唱を始めていた。聞き慣れたフレーズだ。間もなくしてアンデットを阻む炎の壁が立ちはだかる。この状況下でファイアウォールを利用するのならば、先を読んでの戦術か。
彼は術を唱え、交差させた両腕を前方に払う様に半円を描いた。空気を振動させた赤い刃がアンデットの胸部へ命中。それだけでは威力不足だが、炎の壁が追従するように差し迫った。猛火が一帯を焼き尽くしていく。骨が軋み合う音、吹き荒れた熱風が鎮まると亡者は冥府へと落ちていた。
短い溜息が聞こえた。肩の力を抜いた少年から発せられたものだ。こちらにくるりと振り向いた彼の瞳は己と同じ様な、いや褐色に近い赤を宿していた。ポルカと歳が近いように見える。
「あの、加勢して頂いて有難うございました。囲まれてしまった時は流石にどうしようかと…」
「礼はいい。見た所朱鳥術士の様だが……術を前提に動くのであれば背後にも気を配らなければ命を取られる。知能指数の高い魔物や魔獣だけではなく、その隙を狙う者もいると考えた方がいい」
「はい。以後気をつけます。……それにしてもさっきの火の鳥カッコよかったです。貴方も朱鳥術をお使いになられ……」
少年が不意に押し黙る。そして瞬く間に表情が変化した。目を大きく見開き、頬が紅を差したように染まる。これに何となくではあるが、既視感を覚えた。
「あ、貴方様はもしや…!真紅の衣、焔を宿した瞳、何よりも高度な朱鳥術……貴方様は我等の御先祖様であられますね!」
「……は?」
あまりにも唐突な発言に思わず率直な言葉が漏れた。
目を輝かせている少年に嘘偽りを纏うような影は見えない。むしろ純粋過ぎるその眼差しが痛いぐらいに突き刺さってくる。
幾度と重なる予想外の出来事に動じなくなったとはいえ、先祖だと呼ばれた事は例に無い。だが、三百年後の世界であればその可能性もあるのか。一先ず、この少年から事情を聴く必要がありそうだ。
短い時間で己の考えを纏めたはいいが、こちらが黙っている間に矢継ぎ早に話し始めるのでそれを宥めることに時間を費やすこととなった。
◆◇◆
「塔の出現により、各地で魔物が頻出するようになったんです。私も近隣の魔物討伐に出向いていた所で……でも、まさかこんな所でボルカノ様にお逢いすることができるなんて!夢のようです。これも日頃の行いが良いせいですね。朱鳥術を扱う者で右に出る者がいないと謳われていた貴方様の術をこの目で拝見することが叶うとは…!先程の火の鳥、本当にカッコ良かったあ!」
少年はグレンと名乗った。自分はオレの子孫だと話し、興奮覚めやらずの状態で今も話し続けている。頬を上気させ、先程の火の鳥を褒めちぎった。
刹那、魔物が人を惑わす変化の術を用いているのかと怪しみもした。だがそうでもないようだ。彼は朱鳥術と火の鳥の原理を話し始めた。その理に適った考え方が己の推論の立て方とよく似ている。
自分の子孫が存在していてもおかしくない。それは理解できる。それでも受け入れ難い事実に胸の奥がきしりと軋む音を立てていた。
「……あ。申し訳ございません。お喋りはお嫌いでしたか?」
歩みを止めたグレンがこちらを窺うように見た。細い眉を額に寄せ、不安の色を浮かべている。彼の案内で森を進んでいたのだが、黙って後ろについていたことがそうさせてしまったようだ。首を短く左右に振り、そうではないと答える。
「私もまだこの世界に来て間もない。少し考えを纏めていただけだ。何せ次から次へと理解の範疇を超える事象が起きている」
「やはり私の話は信じられませんか。……貴方様が私達の御先祖様であるということを」
「…いや、君が嘘をついているようには思えん。その目、…私の知っているものとよく似ている。人を騙すようなものではないと」
「私の話、信じてくれるんですか。……ほんとに?」
もはや遠い昔の様に思えていた。あの一連の出来事からまだ一年も経っていないというのに。
「君のことを信じよう」
「有難うございます!…良かったあ。なにせこんな突拍子も無い話じゃないですか。嘘つきだとか、人を騙しているんじゃないかとか…思われるんじゃないかって」
「俄かに信じ難い話だが、現実に起きている以上認めざるを得ない。それにこれが初めてではない……もう慣れてしまったよ」
世界の行く末を知る異世界の人間。三百年後の世界。そこに集う異世界の戦士達。もう、今さら何が起きようと動じることはないだろう。
そして人間の意思とは脆く、儚く弱いものだと思い知らされた。己の子孫が存在しているということは、つまり伴侶を得たという事実に過ぎる。そのつもりなど更々無いというのに。
彼女へのこの想いも次第に薄れ、何れは限りなく透明になってしまうのか。月日の流れは人の感情までも風化させる。残酷なものだ。