番外編
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返ってくる言葉
Free scenario.~君とこの世界で暮らすひととき~
「ただいまあ」
固いスイッチを指で押し込むとパチンと玄関の電気が点いた。その白熱灯に照らされながらヒールを脱ぐ。私の肩から逃げるようにショルダーバッグの紐が滑り落ちた。
「ただいま」や「あー疲れたあ」とかの呟きは無音の室内に吸い込まれていく。そう、普段なら。
「お帰り」
いつもと違うのは出迎えてくれる人がいるということ。
奥の部屋から聞こえてきた彼の声。それを聞いただけで仕事の疲れが少し軽くなった気がした。しかも玄関口まで迎えてくれるんだから。
ボルカノさんは一張羅の赤いスラックスと長袖のワイシャツ姿で現れた。初夏の陽気に包まれたこの町では普段の格好では暑いんだろう。長袖のワイシャツも袖を二の腕辺りまで捲り上げている。
「お勤めご苦労だったな。……遅くまで仕事だったというのに、随分と嬉しそうな顔をしているようだが」
「そうですか?家に帰ってきたら出迎えてくれる人がいるのっていいなーって思ってただけですよ」
私の顔を見て、彼は眉を顰めた。自分でも口元辺りが緩んでいるのが分かる。それぐらい嬉しい。
私は肩から落ちたバッグを拾い上げて、玄関の電気を消した。奥の部屋に明かりが見える。ほんの些細なことだけどそれも嬉しい。
「夕飯は用意しておいた」
「えっ、ほんとですか!」
温め直してくるから部屋で寛いでいろと言われ、お言葉に甘えてそうすることにした。ボルカノさんの手料理は久しぶりだ。今夜のメニューは何かなあとウキウキしながら洗面所で手洗いとうがいを済ませた。
小さなテーブルに並んだ二人分の夕食。湾曲した白い食器にラタトゥイユの赤がとても映えていた。付け合わせのグリーンサラダにミニトマトが添えられている。赤に余念が無いのは流石と言うべきか。
「ボルカノさんの作るラタトゥイユ美味しいから好きです」
「……そうか。調味料が不足していたから味は少し異なる」
「調味料あまり揃えてませんからねー。それでも美味しいですよ。これはこれでハマりそう。……というか既にこの世界の調理器具に慣れてるのがスゴイですね」
ガスコンロや炊飯器を始め、彼にとって馴染みが無いこの世界の調理器具や電子機器類をもう使いこなしている。最初に使い方を教えた時に驚きはしたものの、リアクションが薄かったので私としては拍子抜けしてしまった。もっとこう、驚いて感激してくれても良かったのに。
「これだけ便利な機械が発達しているのなら人々の暮らしも安定しているんだろう」
「まあーそうですね。お風呂もすぐ沸かせるし」
「向こうの世界は不便だったんじゃないのか。朱鳥術を扱えない分、火を起こすのも火加減の調整も苦労する」
ガスコンロはスイッチを捻ればすぐに火が着く。スライドバーを動かせば火加減も自由自在。彼の世界で暮らしていたときは薪の量や位置を調整したり、強火になりすぎたりしないよう常に注意を払っていた。でもそれが苦だったとは思っていない。一度鍋を焦がしたことあるけど。
「最初は大変でしたけど、普段体験できない事だったからそうでもなかったですよ。意外に楽しかったです」
「君の適応力には頭が下がるな、まったく」
「ボルカノさんだってそうですよ。一回教えただけですぐ覚えちゃったし。あ、でも分からなくなったらいつでも聞いてくださいね」
「ああ」
日常的に使う物は大体教えたつもり。でもパソコンの使い方は教えていない。エゴサーチで自分のことや世界のことを調べられたら困るだろうから。私は困らないけど、自分が作られた世界の住人だと改めて知ったらどう思うのか。あまり刺激を与えない方が良さそうだし。
◇
夕食とお風呂を済ませ、ドイツの観光スポットを紹介するテレビ番組をぼんやりと二人で眺めていた。建物の造りや屋根の色、街並みに親近感を覚えたのは彼の世界とよく似ているからだと気づく。
アクアリウムの映像が流れ、大きなクジラがゆったりと泳いでいる映像が流れた。それを見ながら欠伸を一つ。流石に二時間の残業は疲れが出る。でもまだ十時を回ったばかりだ。
「眠いならもう寝た方がいい」
「……見られてた。でも明日はお休みだし。そうだ、ボルカノさんどこか行きたい所はありますか?折角ですから出かけましょうよ」
明日は彼がこの世界に来てから初めての休日だ。室内にずっと居てもつまらないだろう。それに、私の世界に興味も持っていたから外に出たくて仕方がないのではと思っている。
不用意な外出は控えた方がいい。とかなんとか普段なら言うくせに、やっぱり今回ばかりは外の世界が気になるみたいだった。
「いいのか」と控えめに聞いてきたボルカノさんに私は頷いてみせる。
「私の時だって行きたい所に連れていってくれたじゃないですか。だから私も。…あ、でもその前に私服買いに行きましょ」
「この恰好では不味いか」
「不味くはないですけど。注目の的になりますね、間違いなく」
真紅のベスト、ジャケット、スラックスにネクタイ。さらに金縁装飾。私服に取り入れている人も世の中には居るけど、あまり目立たない方がいいと思う。無難な色で纏めた方が人の目を気にせず移動もしやすいだろうし。
服を着替える事自体に不満はなさそうだけど、赤系統で纏められない様にしないと。着替える意味が無くなっちゃう。
何処か行きたい所はと再度聞いてみると、間もなくして「先ずは図書館だな」と言った。
Free scenario.~君とこの世界で暮らすひととき~
「ただいまあ」
固いスイッチを指で押し込むとパチンと玄関の電気が点いた。その白熱灯に照らされながらヒールを脱ぐ。私の肩から逃げるようにショルダーバッグの紐が滑り落ちた。
「ただいま」や「あー疲れたあ」とかの呟きは無音の室内に吸い込まれていく。そう、普段なら。
「お帰り」
いつもと違うのは出迎えてくれる人がいるということ。
奥の部屋から聞こえてきた彼の声。それを聞いただけで仕事の疲れが少し軽くなった気がした。しかも玄関口まで迎えてくれるんだから。
ボルカノさんは一張羅の赤いスラックスと長袖のワイシャツ姿で現れた。初夏の陽気に包まれたこの町では普段の格好では暑いんだろう。長袖のワイシャツも袖を二の腕辺りまで捲り上げている。
「お勤めご苦労だったな。……遅くまで仕事だったというのに、随分と嬉しそうな顔をしているようだが」
「そうですか?家に帰ってきたら出迎えてくれる人がいるのっていいなーって思ってただけですよ」
私の顔を見て、彼は眉を顰めた。自分でも口元辺りが緩んでいるのが分かる。それぐらい嬉しい。
私は肩から落ちたバッグを拾い上げて、玄関の電気を消した。奥の部屋に明かりが見える。ほんの些細なことだけどそれも嬉しい。
「夕飯は用意しておいた」
「えっ、ほんとですか!」
温め直してくるから部屋で寛いでいろと言われ、お言葉に甘えてそうすることにした。ボルカノさんの手料理は久しぶりだ。今夜のメニューは何かなあとウキウキしながら洗面所で手洗いとうがいを済ませた。
小さなテーブルに並んだ二人分の夕食。湾曲した白い食器にラタトゥイユの赤がとても映えていた。付け合わせのグリーンサラダにミニトマトが添えられている。赤に余念が無いのは流石と言うべきか。
「ボルカノさんの作るラタトゥイユ美味しいから好きです」
「……そうか。調味料が不足していたから味は少し異なる」
「調味料あまり揃えてませんからねー。それでも美味しいですよ。これはこれでハマりそう。……というか既にこの世界の調理器具に慣れてるのがスゴイですね」
ガスコンロや炊飯器を始め、彼にとって馴染みが無いこの世界の調理器具や電子機器類をもう使いこなしている。最初に使い方を教えた時に驚きはしたものの、リアクションが薄かったので私としては拍子抜けしてしまった。もっとこう、驚いて感激してくれても良かったのに。
「これだけ便利な機械が発達しているのなら人々の暮らしも安定しているんだろう」
「まあーそうですね。お風呂もすぐ沸かせるし」
「向こうの世界は不便だったんじゃないのか。朱鳥術を扱えない分、火を起こすのも火加減の調整も苦労する」
ガスコンロはスイッチを捻ればすぐに火が着く。スライドバーを動かせば火加減も自由自在。彼の世界で暮らしていたときは薪の量や位置を調整したり、強火になりすぎたりしないよう常に注意を払っていた。でもそれが苦だったとは思っていない。一度鍋を焦がしたことあるけど。
「最初は大変でしたけど、普段体験できない事だったからそうでもなかったですよ。意外に楽しかったです」
「君の適応力には頭が下がるな、まったく」
「ボルカノさんだってそうですよ。一回教えただけですぐ覚えちゃったし。あ、でも分からなくなったらいつでも聞いてくださいね」
「ああ」
日常的に使う物は大体教えたつもり。でもパソコンの使い方は教えていない。エゴサーチで自分のことや世界のことを調べられたら困るだろうから。私は困らないけど、自分が作られた世界の住人だと改めて知ったらどう思うのか。あまり刺激を与えない方が良さそうだし。
◇
夕食とお風呂を済ませ、ドイツの観光スポットを紹介するテレビ番組をぼんやりと二人で眺めていた。建物の造りや屋根の色、街並みに親近感を覚えたのは彼の世界とよく似ているからだと気づく。
アクアリウムの映像が流れ、大きなクジラがゆったりと泳いでいる映像が流れた。それを見ながら欠伸を一つ。流石に二時間の残業は疲れが出る。でもまだ十時を回ったばかりだ。
「眠いならもう寝た方がいい」
「……見られてた。でも明日はお休みだし。そうだ、ボルカノさんどこか行きたい所はありますか?折角ですから出かけましょうよ」
明日は彼がこの世界に来てから初めての休日だ。室内にずっと居てもつまらないだろう。それに、私の世界に興味も持っていたから外に出たくて仕方がないのではと思っている。
不用意な外出は控えた方がいい。とかなんとか普段なら言うくせに、やっぱり今回ばかりは外の世界が気になるみたいだった。
「いいのか」と控えめに聞いてきたボルカノさんに私は頷いてみせる。
「私の時だって行きたい所に連れていってくれたじゃないですか。だから私も。…あ、でもその前に私服買いに行きましょ」
「この恰好では不味いか」
「不味くはないですけど。注目の的になりますね、間違いなく」
真紅のベスト、ジャケット、スラックスにネクタイ。さらに金縁装飾。私服に取り入れている人も世の中には居るけど、あまり目立たない方がいいと思う。無難な色で纏めた方が人の目を気にせず移動もしやすいだろうし。
服を着替える事自体に不満はなさそうだけど、赤系統で纏められない様にしないと。着替える意味が無くなっちゃう。
何処か行きたい所はと再度聞いてみると、間もなくして「先ずは図書館だな」と言った。