番外編
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安心できる場所
「研究資料を纏めたい」
この世界にも論文や学会が存在している。数ヶ月かけて研究してきた内容と資料。それを学会へ提出する期限が迫っていると彼は話した。立ち寄ったツヴァイクの宿屋でチェックイン時に滞在期間は三日、それだけ時間があればお釣りがくると。締切という単語を聞くだけで私の胃がキリキリと悲鳴を上げるようだった。
現代社会とかけ離れた世界観だとずっと思っていたけど、実はそうでもない。思えば銀行制度や電話もあるのだ。後者は広く普及されておらず、その存在を知った時に正直驚いた。モウゼスにあった彼の部屋でも電話が置かれていた。実際に使っているのを見た覚えは無い。
資料を纏めたいから部屋に籠るとは言え、本当に缶詰め状態で彼は過ごしていた。単に移動を制限して落ち着いて取り組みたいという意味合いかと思いきや。ほぼ一日中腰を据えて羊皮紙の束と向かい合っていた。
生活リズムも不規則になるものかと心配もしたけど、自分が宣言した定時の食事時間は一応守られている。睡眠の方は疎かになっていて、殆ど寝ていないのではと思う。
ボルカノさんが根を詰めている間、私は町をふらりと散歩したり、お使いで足を運んだ道具屋の店主にツヴァイク自慢をされたりしていた。城壁を見上げている所を見張りの兵士に素性を怪しまれもした。外で得た町の情報を食事や休憩時間に話をすると、城の件で顔色を変えられてしまう。田舎から出てきてお城が珍しかったと誤魔化したから大丈夫だと言えば「二度と一人で近づくなよ」と釘を刺されてしまった。
缶詰三日目のアフタヌーンティーに声を掛けると、肩や首を左右に鳴らしながらローテーブルの方へやってきた。
それにしても流石世界一を自負するだけの町だ。宿屋もランクが高く、なんと部屋にソファが付いていた。部屋も広いし、テーブルも二つある。一つが羊皮紙の束で占領されていても、こうしてお茶の場所を確保できるのが有難い。
「あと一時間もあれば纏め終わる」
ダージリンティーの香りを楽しむ合間、ボルカノさんが最終進捗状況を口にした。どのぐらいの論文を書いているのかと興味本位で聞いてみると「この三日で八割方書き終わった」と宣った。集中力の高さに頭が上がらない。量が多ければいいという物でもないらしく、重要なのは中身の濃さだと。まったくもってその通りです。学生時代に兎に角最低枚数を突破すればいいと奮起していた私の胸には痛いお言葉でした。
「そうだ。今朝、宿屋の女将さんに郷土料理を教わったんです。今夜作りますね」
「……君は相変わらず他人と打ち解けるのが早いな」
「そうですか?」
「ああ。特技と言ってもいい。……お陰で助けられている面も多々ある」
「ボルカノさんの役に立てているのなら良かった」
宿屋の女将さんと話をするようになったのは理由がある。連泊中の部屋の掃除は私がやっていたからだ。初日にメイドさんが部屋の掃除に入ると彼の不機嫌オーラが全開。見知らぬ他人に背後をウロウロされるのがとてつもなく嫌だと。直接言葉にしなくてもそう言いたそうだったので、私が代わりにしているという訳。部屋を綺麗に使ってくれているという点で女将さんに気に入られたようだった。
ソファにゆったりと腰掛けながらのティータイム。今日は曇り空でパッとしない天気だ。日がな一日読書に耽るのもいい。私は会話が途切れた辺りでハードカバーの本を取り出す。ボルカノさんは紅茶を飲み終えた後もソファでのんびりと寛いでいた。
本の頁を捲ると星座の挿絵が左側に現れる。右側には元になった神話と星の説明が書かれていた。
私の世界とこの世界の星座は当然のように呼び名も形も異なる。魔王や聖王に関したものを語源とするものも多い。
巻末には星座早見表もついている。これを使って星座を夜空に一つ見つけ出した時は嬉しさのあまりはしゃいでしまった。修羅場中の朱鳥術士に生暖かい目で見られたのは言うまでもない。
第三章を読み終えた所で私は左側にある違和感を覚えた。結わずに下ろしていた髪を掴まれている。というよりは手櫛で梳いたり、指先に毛先を巻き付けたりと弄られていた。それが暫く続くのでどうしたのかと軽く左を向く。彼は無に近い表情で私の髪を弄んでいる様子。
「ボルカノさん」
「ん」
「髪触ってて楽しいですか」
「…柔らかくて手触りが良い」
「そうですか」
髪の手入れに余念は無いので、手触りが良いと褒められるのは嬉しい。それはそうと、時々指先が首筋に触れてくすぐったい。
それにしても、こんな風に触れてくる事は滅多に無い。もしや疲れすぎて私を猫とかの動物だと思っているのでは。アニマルセラピー的なのを人間の私に求めてきても困るのですが。
「……ボルカノさん。私は猫でも犬でも無いんですが」
「…何を言ってるんだ。当たり前だろう。オレは犬猫と一緒にいるつもりはない」
「いや、分かってるんなら……私の髪で遊んでないで仮眠取ったらどうですか。その方が絶対効率良くなりますよ、ラストスパート」
髪を遊ばせていた手がぴたりと止まった。眠たそうな声で「それもそうだな」と返事をした。一先ず手が離れてホッとしたのも束の間。今度は私の左肩に彼の頭が乗っかってきた。本気で体重をかけている事から枕にする気満々である。それに驚きすぎた私の手から本が滑り落ちてしまった。危うく足の甲に角が突き刺さりそうになる。
「ちょっ、ここで仮眠取らないでくださいっ!寝るなら横になって!」
眠るならちゃんとベッドに横になった方がいい。それがあろうことかお疲れの朱鳥術士は私の膝の上に頭を乗せた。
確かに私は横になってと言った。だからって私の膝を枕にして寝る事はないのでは。しかも目を瞑っておやすみ三秒。既に静かな寝息を立てていた。三人掛けのソファとは言え、彼の背丈では狭いだろうに。身体を横向きにして背を丸めている。
本当に眠っているんだろうか。試しにほっぺを指でつついてみても起きる様子が無かった。閉じた双眼の目元に薄っすらとできた隈。やっぱり殆ど寝ていないようだった。
自身の研究だけじゃなく、送還術や契約印を消す方法を同時に探しているんだ。言わば卒論を二つ三つ掛け持ちで書いているようなもの。私には到底真似できない。いつも平然を装っているけど体力、気力共にそれだけ疲れも出る。
私は手近にあった膝掛けに手を伸ばして彼の体に覆いかぶせた。丈が足りなくて足が出てしまっているけどこの際仕方ない。無いよりマシだ。
瞼にかかる前髪をそっと除けた。触れた髪は意外と柔らかい。光の加減によっては燃える様に真っ赤な色をしているのに、手触りはひんやりとしている。どこか不思議な感覚だった。そして寝顔もやっぱりイケメンだ。
彼が僅かに身じろいだ。睡魔と葛藤しているのか眉間に皺が寄る。仰向けになると目を薄っすらと開けて、ぼんやりとした瞳が私を捉えていた。
「……霧華」
「寝てていーですよ。一時間くらいしたら起こしますから」
「……ん。……そうしてくれ」
短いやり取りを終えたすぐ後、すっと眠りに落ちた。子どもをあやす様に優しく胸元を叩くと、また薄っすらと目を開ける。視線は私の左手に向けられていて、徐に手を伸ばして来た。長い指で絡めとられた後、ぎゅっと握られる。そうやって手を繋ぎ合わせてから目を閉じた。
温かい。繋がれた手も、膝の上も。私よりもだいぶ高い彼の体温は心地が良い。暖を求めて近寄ると渋い顔をしつつも温もりを分けてくれる。この心地良さがいつの間にか私にとって安心できる場所になっていた。
彼の側に居るとすぐ眠くなってしまう。無防備に晒された寝顔を見ていると余計に。うとうとし始めた私はソファに背を沈めて目を瞑った。お互いにいい夢が見れますように。
「研究資料を纏めたい」
この世界にも論文や学会が存在している。数ヶ月かけて研究してきた内容と資料。それを学会へ提出する期限が迫っていると彼は話した。立ち寄ったツヴァイクの宿屋でチェックイン時に滞在期間は三日、それだけ時間があればお釣りがくると。締切という単語を聞くだけで私の胃がキリキリと悲鳴を上げるようだった。
現代社会とかけ離れた世界観だとずっと思っていたけど、実はそうでもない。思えば銀行制度や電話もあるのだ。後者は広く普及されておらず、その存在を知った時に正直驚いた。モウゼスにあった彼の部屋でも電話が置かれていた。実際に使っているのを見た覚えは無い。
資料を纏めたいから部屋に籠るとは言え、本当に缶詰め状態で彼は過ごしていた。単に移動を制限して落ち着いて取り組みたいという意味合いかと思いきや。ほぼ一日中腰を据えて羊皮紙の束と向かい合っていた。
生活リズムも不規則になるものかと心配もしたけど、自分が宣言した定時の食事時間は一応守られている。睡眠の方は疎かになっていて、殆ど寝ていないのではと思う。
ボルカノさんが根を詰めている間、私は町をふらりと散歩したり、お使いで足を運んだ道具屋の店主にツヴァイク自慢をされたりしていた。城壁を見上げている所を見張りの兵士に素性を怪しまれもした。外で得た町の情報を食事や休憩時間に話をすると、城の件で顔色を変えられてしまう。田舎から出てきてお城が珍しかったと誤魔化したから大丈夫だと言えば「二度と一人で近づくなよ」と釘を刺されてしまった。
缶詰三日目のアフタヌーンティーに声を掛けると、肩や首を左右に鳴らしながらローテーブルの方へやってきた。
それにしても流石世界一を自負するだけの町だ。宿屋もランクが高く、なんと部屋にソファが付いていた。部屋も広いし、テーブルも二つある。一つが羊皮紙の束で占領されていても、こうしてお茶の場所を確保できるのが有難い。
「あと一時間もあれば纏め終わる」
ダージリンティーの香りを楽しむ合間、ボルカノさんが最終進捗状況を口にした。どのぐらいの論文を書いているのかと興味本位で聞いてみると「この三日で八割方書き終わった」と宣った。集中力の高さに頭が上がらない。量が多ければいいという物でもないらしく、重要なのは中身の濃さだと。まったくもってその通りです。学生時代に兎に角最低枚数を突破すればいいと奮起していた私の胸には痛いお言葉でした。
「そうだ。今朝、宿屋の女将さんに郷土料理を教わったんです。今夜作りますね」
「……君は相変わらず他人と打ち解けるのが早いな」
「そうですか?」
「ああ。特技と言ってもいい。……お陰で助けられている面も多々ある」
「ボルカノさんの役に立てているのなら良かった」
宿屋の女将さんと話をするようになったのは理由がある。連泊中の部屋の掃除は私がやっていたからだ。初日にメイドさんが部屋の掃除に入ると彼の不機嫌オーラが全開。見知らぬ他人に背後をウロウロされるのがとてつもなく嫌だと。直接言葉にしなくてもそう言いたそうだったので、私が代わりにしているという訳。部屋を綺麗に使ってくれているという点で女将さんに気に入られたようだった。
ソファにゆったりと腰掛けながらのティータイム。今日は曇り空でパッとしない天気だ。日がな一日読書に耽るのもいい。私は会話が途切れた辺りでハードカバーの本を取り出す。ボルカノさんは紅茶を飲み終えた後もソファでのんびりと寛いでいた。
本の頁を捲ると星座の挿絵が左側に現れる。右側には元になった神話と星の説明が書かれていた。
私の世界とこの世界の星座は当然のように呼び名も形も異なる。魔王や聖王に関したものを語源とするものも多い。
巻末には星座早見表もついている。これを使って星座を夜空に一つ見つけ出した時は嬉しさのあまりはしゃいでしまった。修羅場中の朱鳥術士に生暖かい目で見られたのは言うまでもない。
第三章を読み終えた所で私は左側にある違和感を覚えた。結わずに下ろしていた髪を掴まれている。というよりは手櫛で梳いたり、指先に毛先を巻き付けたりと弄られていた。それが暫く続くのでどうしたのかと軽く左を向く。彼は無に近い表情で私の髪を弄んでいる様子。
「ボルカノさん」
「ん」
「髪触ってて楽しいですか」
「…柔らかくて手触りが良い」
「そうですか」
髪の手入れに余念は無いので、手触りが良いと褒められるのは嬉しい。それはそうと、時々指先が首筋に触れてくすぐったい。
それにしても、こんな風に触れてくる事は滅多に無い。もしや疲れすぎて私を猫とかの動物だと思っているのでは。アニマルセラピー的なのを人間の私に求めてきても困るのですが。
「……ボルカノさん。私は猫でも犬でも無いんですが」
「…何を言ってるんだ。当たり前だろう。オレは犬猫と一緒にいるつもりはない」
「いや、分かってるんなら……私の髪で遊んでないで仮眠取ったらどうですか。その方が絶対効率良くなりますよ、ラストスパート」
髪を遊ばせていた手がぴたりと止まった。眠たそうな声で「それもそうだな」と返事をした。一先ず手が離れてホッとしたのも束の間。今度は私の左肩に彼の頭が乗っかってきた。本気で体重をかけている事から枕にする気満々である。それに驚きすぎた私の手から本が滑り落ちてしまった。危うく足の甲に角が突き刺さりそうになる。
「ちょっ、ここで仮眠取らないでくださいっ!寝るなら横になって!」
眠るならちゃんとベッドに横になった方がいい。それがあろうことかお疲れの朱鳥術士は私の膝の上に頭を乗せた。
確かに私は横になってと言った。だからって私の膝を枕にして寝る事はないのでは。しかも目を瞑っておやすみ三秒。既に静かな寝息を立てていた。三人掛けのソファとは言え、彼の背丈では狭いだろうに。身体を横向きにして背を丸めている。
本当に眠っているんだろうか。試しにほっぺを指でつついてみても起きる様子が無かった。閉じた双眼の目元に薄っすらとできた隈。やっぱり殆ど寝ていないようだった。
自身の研究だけじゃなく、送還術や契約印を消す方法を同時に探しているんだ。言わば卒論を二つ三つ掛け持ちで書いているようなもの。私には到底真似できない。いつも平然を装っているけど体力、気力共にそれだけ疲れも出る。
私は手近にあった膝掛けに手を伸ばして彼の体に覆いかぶせた。丈が足りなくて足が出てしまっているけどこの際仕方ない。無いよりマシだ。
瞼にかかる前髪をそっと除けた。触れた髪は意外と柔らかい。光の加減によっては燃える様に真っ赤な色をしているのに、手触りはひんやりとしている。どこか不思議な感覚だった。そして寝顔もやっぱりイケメンだ。
彼が僅かに身じろいだ。睡魔と葛藤しているのか眉間に皺が寄る。仰向けになると目を薄っすらと開けて、ぼんやりとした瞳が私を捉えていた。
「……霧華」
「寝てていーですよ。一時間くらいしたら起こしますから」
「……ん。……そうしてくれ」
短いやり取りを終えたすぐ後、すっと眠りに落ちた。子どもをあやす様に優しく胸元を叩くと、また薄っすらと目を開ける。視線は私の左手に向けられていて、徐に手を伸ばして来た。長い指で絡めとられた後、ぎゅっと握られる。そうやって手を繋ぎ合わせてから目を閉じた。
温かい。繋がれた手も、膝の上も。私よりもだいぶ高い彼の体温は心地が良い。暖を求めて近寄ると渋い顔をしつつも温もりを分けてくれる。この心地良さがいつの間にか私にとって安心できる場所になっていた。
彼の側に居るとすぐ眠くなってしまう。無防備に晒された寝顔を見ていると余計に。うとうとし始めた私はソファに背を沈めて目を瞑った。お互いにいい夢が見れますように。