第二章
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
30.黄金の皇帝 後編
先頭を歩くその人の髪がきらきらと輝いていた。屋内ではシルバーグレイに見えたそれが陽光を受けると透き通る金や銀の色彩を奏でる。
立ち振舞いや言動からは育ちの良さが垣間見えたけど、名前は教えてもらえなかった。「名乗る程の者ではない。好きなように呼んでくれて構わない」と。敢えて素性を隠したいのかもしれないので、それ以上は訊けずにいた。それがボルカノさんにとって彼に対する不審を煽ることになったのだけど。
どこかで見た覚えがある。でもそれがどうしても思い出せない。
私はもやもやとした思いを抱きながら彼の後ろ姿を眺めていた。
ランスからファルスへ続く林道は整備が行き届いていて、とても歩きやすい。町を出て十五分は歩いたけど、今の所穏やかな様子が続いていた。そよ風が吹いて、小鳥の鳴き声も聞こえる。本当に野盗が活発な動きを見せているのか疑いたくなるほど。
一列で進んだ方が良いかと私は聞いた。そう尋ねてしまってから戦略の無さに改めて気づかされることに。確かに剣士を前列に配置するのは基本であるが、現時点の状況下で術士を殿に置くのは得策ではない。かといって戦力外の私では咄嗟の事態に対応ができないと説かれた。
自分が殿でも構わない。これでも体術、弓の心得があるとボルカノさんは主張。弓は聞いたけど、体術も扱えるというのは初耳だ。
その点を話し合った結果、剣士の彼を前に、私とボルカノさんが横に並ぶ三角形の陣形で進むことに。いわゆるクローズデルタだ。まさか自分が現実に陣形を組むなんて。この世界に来て数ヶ月経つけれど、まだまだ初めてなことばかり。
陣形を組み、歩き始めてから「側を離れるな」とボルカノさんに釘を刺される。いつにまして神経を張り詰めている様子が伺えた。無駄な会話を一切していない。まだ何も出てこないですね、と話しかけても短い返事しか返ってこなかった。
「君は朱鳥術を学ばないのか?」
それに比べ、この男性はこうして振り向いてはこんな風に声をかけてくれた。周囲に気を張り巡らせながらも、平常に会話を試みてくる。これはこれで私にとっては有難かった。変な緊張が少しは和らぐから。
「私の知る術士にも多くの女性がいた。素質があれば今からでも身に着けられるのではないか。腕の良い術士がいるのだし」
「うーん…少し前までは私も使えたらいいなって思ってました。でも、人にはそれぞれ役割があることを知ったので、私は自分にしか出来ないことで彼の役に立てればと」
「成程、とても理に適う考え方だ。私も術を少々扱うが、真の力を発揮するにはその道の専門家でなければなるまい。私が受け継いできたのは歴代の意志と剣技。術は補助程度のようなもの。前衛で剣を振るい、術の援護を受ける。自らの分野を活かし、互いを支え合うのは理想的な関係と言えるだろう」
適材適所。向こうの世界でもよく聞く言葉だった。自分が出来ることをやって暮らせればどんなにいいことか。現実では中々に難しい。
でも、今の状態で考えるならば剣士と術士がタッグを組むのは最高と言えるんじゃないかな。向かう所敵なし、荷運びの人が鬼に金棒と言っていた理由も分かる気がする。
この関係性が術士の彼と私でも成立するんだろうか。私は表立って戦える身じゃない。道中、何度かアイテムを駆使してサポートする機会もあった。ボルカノさんは強い。詠唱も速いし機転も利く。要らない心配かもしれないけど、術士が先頭に立つのは少しハラハラする。なんてことを話せばきっとヘソを曲げてしまう。
「……さて、街道も半ばといった所だが」
急に立ち止まるものだから、危うくその背に顔をぶつけそうになった。右隣を歩くボルカノさんに腕をぐいと引かれ、僅かに開いていた距離を縮められる。鋭い眼光が街道の両端へと向けられた。
いつの間にか小鳥の鳴き声は止み、木の葉が風に擦れる音しか聞こえなくなっている。
「やはり易々と通れるわけがない、か。気配の消し方は実に巧妙ではあるが……仔猫の方が上だ。五人、いや六人か」
「数だけは揃えてきたようだ。この荷にそれ程価値があるとは思わんがな。だが不本意ではあれ、引き受けた以上は掃討せねばなるまい」
恐らくは野盗が身を潜めている。姿が確認できないけど、二人の会話から察するに囲まれているようだ。こうして気配を消していたということは、奇襲をかけるつもりでいたんだろう。
がさりと音を立てた脇の茂みから姿を現した野盗達が前方と後方に三人ずつ。挟み撃ちにして退路を断つつもりだ。
彼等は抜き身のサーベルを両手にぎらつかせ、下劣な笑みを浮かべていた。
「命が惜しけりゃその荷物、置いてきな」
「断る。そこを通してもらおうか」
「そいつはできねえ相談だ。アンタらが腕利きの運び屋だとしても、これだけの人数を相手にできるっていうのかい」
口の端をにやりと持ち上げ、器用にサーベルの柄をくるりと回して弄ぶ。こちらに預かった荷物の麻袋を投げる様にと、人差し指をちょいちょいと動かしていた。
この挑発的な言動に全く二人は動じていない。相手の出方を見計らう様にそれぞれ前を見据えている。
「今なら荷物とその女を置いていきゃあ命だけは見逃してやるぜ」
何故か条件に私が加わってしまった。荷運びイベントが忠実に再現されている気がする。このイベントのクリア条件は無事に荷物を運び終えることだ。それに加えて野盗のアジトを潰すこともできる。方法は二つあって、わざとアジトに連れ込まれ、そこで頭領を叩く。もう一つはこの辺り一帯をうろつく野盗を片っ端からやっつけて、アジトの情報を聞き出し乗り込む方法。
どうやら前者の選択は切り捨てられたようだ。
何の前触れもなく、槍を象った炎が後方にいた一人の野盗に次々と突き刺さる様に墜ちた。瞬時に火が燃え盛り、悲鳴を上げながら地面を転げ回る。術の詠唱が全く聞こえなかった。若しや別の術士がとも思ったけれど、真っ赤な炎を宿らせた目を見てこの朱鳥術士以外にいないと確信した。
「無駄なお喋りはそこまでだ。この場が焼け野原となる前に退け。さもなくば塵一つ残さず全て焼き尽くす」
街道に地響きを伴った焔が走る。今までにも側でボルカノさんの朱鳥術を見てきたけど、こんな凄いのは見たことがない。桁違いの威力だ。寸でのところでそれをかわした一人が恐怖で青ざめた顔をしていた。
「…っくそ!てめえらやっちまえ!」
リーダー格と思わしき男の声を合図に、剣士の方へと斬りかかってきた。後方は士気が下がり怯みながらもボルカノさんに立ち向かうも、猛威を奮う炎の勢いに屈しているようだ。
そちらに気を取られている間、金属を強く弾いた音が響いた。慌てて振り向くと、地面に真っ二つになったサーベルの刀身が突き刺さっているのが目に入った。 そして目の前には幅の広い銀色の剣を携えた剣士の後姿。風に翻るマント、陽光を受けた長い髪。威厳に満ちた立ち振る舞い。ようやく彼が誰なのか思い出すことができた。
「どうやらそちらの形勢が悪くなったようだな。彼に火を点けてしまった以上、その身を持って責任を取らねばなるまい。……私は隠居した身ではあるが、かつてはバレンヌ帝国を統治していた者。賊をのさばらせておくほど慈悲深くは無い。命が惜しければ死に物狂いで逃げるがいい」
この人、最終皇帝だ。
先頭を歩くその人の髪がきらきらと輝いていた。屋内ではシルバーグレイに見えたそれが陽光を受けると透き通る金や銀の色彩を奏でる。
立ち振舞いや言動からは育ちの良さが垣間見えたけど、名前は教えてもらえなかった。「名乗る程の者ではない。好きなように呼んでくれて構わない」と。敢えて素性を隠したいのかもしれないので、それ以上は訊けずにいた。それがボルカノさんにとって彼に対する不審を煽ることになったのだけど。
どこかで見た覚えがある。でもそれがどうしても思い出せない。
私はもやもやとした思いを抱きながら彼の後ろ姿を眺めていた。
ランスからファルスへ続く林道は整備が行き届いていて、とても歩きやすい。町を出て十五分は歩いたけど、今の所穏やかな様子が続いていた。そよ風が吹いて、小鳥の鳴き声も聞こえる。本当に野盗が活発な動きを見せているのか疑いたくなるほど。
一列で進んだ方が良いかと私は聞いた。そう尋ねてしまってから戦略の無さに改めて気づかされることに。確かに剣士を前列に配置するのは基本であるが、現時点の状況下で術士を殿に置くのは得策ではない。かといって戦力外の私では咄嗟の事態に対応ができないと説かれた。
自分が殿でも構わない。これでも体術、弓の心得があるとボルカノさんは主張。弓は聞いたけど、体術も扱えるというのは初耳だ。
その点を話し合った結果、剣士の彼を前に、私とボルカノさんが横に並ぶ三角形の陣形で進むことに。いわゆるクローズデルタだ。まさか自分が現実に陣形を組むなんて。この世界に来て数ヶ月経つけれど、まだまだ初めてなことばかり。
陣形を組み、歩き始めてから「側を離れるな」とボルカノさんに釘を刺される。いつにまして神経を張り詰めている様子が伺えた。無駄な会話を一切していない。まだ何も出てこないですね、と話しかけても短い返事しか返ってこなかった。
「君は朱鳥術を学ばないのか?」
それに比べ、この男性はこうして振り向いてはこんな風に声をかけてくれた。周囲に気を張り巡らせながらも、平常に会話を試みてくる。これはこれで私にとっては有難かった。変な緊張が少しは和らぐから。
「私の知る術士にも多くの女性がいた。素質があれば今からでも身に着けられるのではないか。腕の良い術士がいるのだし」
「うーん…少し前までは私も使えたらいいなって思ってました。でも、人にはそれぞれ役割があることを知ったので、私は自分にしか出来ないことで彼の役に立てればと」
「成程、とても理に適う考え方だ。私も術を少々扱うが、真の力を発揮するにはその道の専門家でなければなるまい。私が受け継いできたのは歴代の意志と剣技。術は補助程度のようなもの。前衛で剣を振るい、術の援護を受ける。自らの分野を活かし、互いを支え合うのは理想的な関係と言えるだろう」
適材適所。向こうの世界でもよく聞く言葉だった。自分が出来ることをやって暮らせればどんなにいいことか。現実では中々に難しい。
でも、今の状態で考えるならば剣士と術士がタッグを組むのは最高と言えるんじゃないかな。向かう所敵なし、荷運びの人が鬼に金棒と言っていた理由も分かる気がする。
この関係性が術士の彼と私でも成立するんだろうか。私は表立って戦える身じゃない。道中、何度かアイテムを駆使してサポートする機会もあった。ボルカノさんは強い。詠唱も速いし機転も利く。要らない心配かもしれないけど、術士が先頭に立つのは少しハラハラする。なんてことを話せばきっとヘソを曲げてしまう。
「……さて、街道も半ばといった所だが」
急に立ち止まるものだから、危うくその背に顔をぶつけそうになった。右隣を歩くボルカノさんに腕をぐいと引かれ、僅かに開いていた距離を縮められる。鋭い眼光が街道の両端へと向けられた。
いつの間にか小鳥の鳴き声は止み、木の葉が風に擦れる音しか聞こえなくなっている。
「やはり易々と通れるわけがない、か。気配の消し方は実に巧妙ではあるが……仔猫の方が上だ。五人、いや六人か」
「数だけは揃えてきたようだ。この荷にそれ程価値があるとは思わんがな。だが不本意ではあれ、引き受けた以上は掃討せねばなるまい」
恐らくは野盗が身を潜めている。姿が確認できないけど、二人の会話から察するに囲まれているようだ。こうして気配を消していたということは、奇襲をかけるつもりでいたんだろう。
がさりと音を立てた脇の茂みから姿を現した野盗達が前方と後方に三人ずつ。挟み撃ちにして退路を断つつもりだ。
彼等は抜き身のサーベルを両手にぎらつかせ、下劣な笑みを浮かべていた。
「命が惜しけりゃその荷物、置いてきな」
「断る。そこを通してもらおうか」
「そいつはできねえ相談だ。アンタらが腕利きの運び屋だとしても、これだけの人数を相手にできるっていうのかい」
口の端をにやりと持ち上げ、器用にサーベルの柄をくるりと回して弄ぶ。こちらに預かった荷物の麻袋を投げる様にと、人差し指をちょいちょいと動かしていた。
この挑発的な言動に全く二人は動じていない。相手の出方を見計らう様にそれぞれ前を見据えている。
「今なら荷物とその女を置いていきゃあ命だけは見逃してやるぜ」
何故か条件に私が加わってしまった。荷運びイベントが忠実に再現されている気がする。このイベントのクリア条件は無事に荷物を運び終えることだ。それに加えて野盗のアジトを潰すこともできる。方法は二つあって、わざとアジトに連れ込まれ、そこで頭領を叩く。もう一つはこの辺り一帯をうろつく野盗を片っ端からやっつけて、アジトの情報を聞き出し乗り込む方法。
どうやら前者の選択は切り捨てられたようだ。
何の前触れもなく、槍を象った炎が後方にいた一人の野盗に次々と突き刺さる様に墜ちた。瞬時に火が燃え盛り、悲鳴を上げながら地面を転げ回る。術の詠唱が全く聞こえなかった。若しや別の術士がとも思ったけれど、真っ赤な炎を宿らせた目を見てこの朱鳥術士以外にいないと確信した。
「無駄なお喋りはそこまでだ。この場が焼け野原となる前に退け。さもなくば塵一つ残さず全て焼き尽くす」
街道に地響きを伴った焔が走る。今までにも側でボルカノさんの朱鳥術を見てきたけど、こんな凄いのは見たことがない。桁違いの威力だ。寸でのところでそれをかわした一人が恐怖で青ざめた顔をしていた。
「…っくそ!てめえらやっちまえ!」
リーダー格と思わしき男の声を合図に、剣士の方へと斬りかかってきた。後方は士気が下がり怯みながらもボルカノさんに立ち向かうも、猛威を奮う炎の勢いに屈しているようだ。
そちらに気を取られている間、金属を強く弾いた音が響いた。慌てて振り向くと、地面に真っ二つになったサーベルの刀身が突き刺さっているのが目に入った。 そして目の前には幅の広い銀色の剣を携えた剣士の後姿。風に翻るマント、陽光を受けた長い髪。威厳に満ちた立ち振る舞い。ようやく彼が誰なのか思い出すことができた。
「どうやらそちらの形勢が悪くなったようだな。彼に火を点けてしまった以上、その身を持って責任を取らねばなるまい。……私は隠居した身ではあるが、かつてはバレンヌ帝国を統治していた者。賊をのさばらせておくほど慈悲深くは無い。命が惜しければ死に物狂いで逃げるがいい」
この人、最終皇帝だ。