第二章
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29.雪の町
太陽が頭上に昇っている。それに違和感を抱かざるを得ない。何故ならオーロラを眺めていたのは日がとっぷりと暮れた頃だ。夜が明けて間もないというのならまだ分かるが、太陽の位置からして真昼の様子と思われる。
オーロラに導かれ辿り着いた先には銀世界が広がっていた。
雪の煉瓦を積み上げドーム状にした家が点々と建っている。背の高い遮蔽物が無いせいで吹き抜ける風に凍えてしまいそうだ。だが、雪が降っていないだけましだと考えた方がいい。
町を見渡してはみるが、人の影は一つも見当たらなかった。いや、人は居ないが白い雪だるまが幾つか立っている。
「目視で生命体は確認できない」
「私も最初はそう思いました。……えっと、こっちだと思います」
ランスに比べても雪の量が目に見えて多い。雪に覆われた道を進む彼女の後を追い、町の中央にあるスノードームの中へ。戸口を潜り抜け、まず目に入ったのは雪だるま。己の背丈ほどあるそれが進行方向の目の前に佇んでいるので邪魔だ。彼女はその脇を擦り抜けて部屋の奥へと行ってしまう。
この雪だるまが本当に動き周り、言葉を口にするのか。二段重ねの上に付いている短い直線の眉、同じ炭の色をした丸い二つの目。暫く観察してみるも、微塵も動き出す様子は無い。だが気配は微かに感じ取れる。息を潜めているのか。
部屋の奥から彼女に声を掛けられ、狭い隙間を通り抜けた。
「雪だるまと見つめ合ってどうしたんですか。そんなに見つめてたら溶けちゃいますよ。ボルカノさん朱鳥術士なんだし」
「見つめ合ってない。…微かに気配は感じる。何故、彼等は存在を隠そうとしている?」
雪の世界は室内にも広がっていた。床一面に雪が積もり、カウンターやテーブル、窓も凍り付いている。外と室内の気温は殆ど変化が無い。吐息は相も変わらず白く曇る。
全てが凍り付いたこの町でひっそりと生きているのならば、外界の人間を忌み嫌うのではないか。
「なかなか人が来られない場所だから、来客を驚かせようっていう…魂胆だったはず」
しかし、己の考えとは裏腹に彼女はそう言った。そんな茶目っ気のある種族だというのか。
地下に続く階段の手摺と踏板も凍り付いている。地下一階の部屋も白い世界に覆われていた。そこには雪だるまが三体。顔が階段に向いている者、窓の外を見るようにしている者、そして部屋の隅に一体。
彼女は壁際の隅に居る雪だるまを示しながら「多分あの子だと思います」と自信が無さそうに話した。
「間違えても仕方あるまい。どれがどれやら見分けがつかないからな」
「見た目同じですからね。……話し方があの子な気がする」
「夢の中で会話をしたという雪だるまか。だが話しかけた所で応じてもらえるのか」
「きっと大丈夫。…雪だるまさん」
反応が無い。もう一度、彼女が雪だるまに呼び掛けた。
すると突然二つの黒い目が瞬く。そしてその場で雪だるまが軽く飛び跳ねた。
「君はこの間の女の子なのだ!」
「良かった。覚えててくれたんだ」
「また会えて嬉しいのだ」
彼、と呼んで正しいのかは分からない。その会話をきっかけに残りの雪だるま達の気配が顕わとなった。雪を踏みしめる音がこちらに近づいてくる。
「なんだ、知り合いか?」
背後から聞こえてきた声に振り向くと、一体の雪だるまが距離を詰めてきた。雪だるまが動き回り、喋るのをいざ目の当たりにすると動揺してしまう。
「最近はお客が多い。……む。君は朱鳥術士かね」
「ああ、そうだが」
「ではくれぐれも術の扱いには気を払ってくれ。我々は熱に弱い」
「承知した。この町に住人が居ると分かった以上、留意する」
「話の分かる人間で良かった。……では改めて」
「雪の町へようこそ!」
声を揃えた彼等は我々を歓迎してくれているようだ。思いの外、外界の生命体を受け入れる器量がある。何故、息を潜めていたのかと尋ねれば「町へ訪れた人間を驚かせたい」と確かにユニークな一面を持ち合わせていた。
「君は我々を見て驚かないのかね」
「これでも驚かされている。君達は友好的な種族のようだな」
「我々とて外の人間と争う理由など無い。三百年前も、そして先日訪れた旅の一行も氷の剣を取りに来ただけだ。彼等もアビスの者達と戦っていると話していた。君たちは?」
何百年もの時を経て形成された氷の剣。それは灼熱の炎でも融かす事が敵わぬという。英雄達はそれを手にするべく此処へ訪れる。これもまた彼女の話した通りだった。
壁際の雪だるまと何の抵抗も無く語らう彼女。実際に見るのが初めてでも、物怖じせずに接する姿勢に感服してしまう。
「……我々は大それた事は考えていない。無論、世界の安寧は望んでいる。…彼女が彼に会いたいと。それで此処へ訪れた」
「それだけの理由で極寒の僻地に。君たちは物好きな人間のようだ」
「ああ、そうだな。……だが、物好きな人間が居ても悪くはないだろう」
指先の感覚が鈍くなってきた。このままじっとしていては体温が奪われていくだけだ。此処へ来る前に暖を取る場所があるとは聞いていたが、そろそろ移動した方が良い。
「ボルカノさん、お待たせしました」
「話は済んだのか」
「はい」
「近くに人が休めるような場所は」
「倉庫暖炉なら人間でも休めるのだ。これから雪も降るから止むまで外に出ない方がいいのだ」
彼が見上げた遠くの空に灰色の雲が見える。此処からランスまでの道程は計り知れない。何せ極光の道を辿ってきたのだから。ここは現地の住人に従っておくのが最良の判断と言える。
自ら案内役を申し出た彼の後を進み、町の北側へと向かった
◇
案内された倉庫暖炉とは名の通り、暖炉が一つあるだけの部屋だった。恐らくは此処に訪れた人間が休憩所として設けたのだろう。熱に弱い彼等がこのような場所を作る筈もない。
暖炉が赤々と燃える室内で他に目立つものといえば木箱が二つ。椅子やテーブル代わりに使用していたようで、染みやナイフでつけた様な傷跡が目立っていた。腐食しているようで椅子には利用できない。
温かい暖炉を前に彼女はしゃがみ込み、手をかざして両手を揉み合わせていた。
「手がじんじんする。流石に比べ物にならないくらい寒いですね」
「ブリザードが吹けばマイナス四十度にもなるそうだからな。天候が落ち着くまでは出歩かん方がいい」
「うわあ…一瞬で凍り漬けになりそう」
暖炉の前に腰を下ろせば床の冷たさが直に伝わってくる。敷物になりそうな物は無いかと改めて周囲を物色するが、それらしいものは見つからない。
脱いだコートを伏せ、そこへ座る様に声を掛けた。それから手荷物のブランケットを手の内に広げて暖炉の熱を集める。
「ボルカノさんのコート汚れちゃいますよ。それならそっち広げて敷いた方が」
「寝具に使っている物を汚すわけにもいかん。直に座るよりは幾分かマシな筈だ。コートは気にするな」
「……折角似合ってるコートなのに」
「体を冷やさない方が重要だ。ほら、被っていろ」
熱で温めたブランケットを彼女の肩に羽織らせる。余程体が冷えていたのだろう。包まったブランケットに顔を埋めていた。
暫くそれで暖を取っていた顔が不意にこちらを振り向く。暖炉の火力を少し強めようかと考えていた時だ。
「ボルカノさんは寒くないんですか」
「寒い」
「そりゃそうですよね。当たり前なこと聞いてすみません。……気のせいかもしれないですけど、ボルカノさんいつもよりヒンヤリしてませんか?なんていうか、纏う空気というか」
「それはそうだろうな。極力熱量の放出を抑えている。此処で普段通りに過ごしていては洪水になりかねん」
「雪だるまさん達、大変なことになりますもんね。…そっか。自分で体温調整できるんだ」
「今、変温動物みたいだとか考えなかったか」
周囲の温度に合わせて体温が調節可能だと聞けば、単純に思い付くのはそれだ。彼女の思考を容易く読み取るも、悪態もなく無邪気に笑いかけてくる。
「ブランケット半分使ってください。嫌じゃなきゃですけど」
「断り辛い聞き方だな。……君が嫌でなければ」
「いいですよ。どうぞ」
煙突から吹き込む風が暖炉を轟々と唸らせる。外は風が吹き荒れているようだ。彼女が外の様子を見てこようかと言うので、止めておいた方がいいと制した。この短距離で行き倒れになられては困る。
「雪だるまさん達は大丈夫かな」
「雪が止む頃にはひと回りでかくなっているかもしれない」
「あ、それ在り得そうですね。大きさ測っておけば良かったなあ」
並べた肩の距離は互いの息遣いが分かる程に近い。鼓動が聞かれてしまうのではと要らぬ心配をしていた。
彼女は何ら変わりなく、雪だるまとの会話を楽しそうに聞かせていた。
「まさかこのブレスレットが永久氷晶の欠片で作った物だなんて…びっくりしました」
「随分と大層なもので作られていたようだ。まあ、それならば納得もいく。それで、結局返さなかったのか」
「はい。この町に来た記念品として贈呈するのだ!って。お言葉に甘えて貰っちゃいました」
ブランケットから左腕を伸ばした。その細腕を飾る一連のチェーンブレスレット。炎に照らされた氷晶の欠片が濡れた硝子の様に艶めかせている。
常に身に着けていると身体が凍り付くと聞いていたそうだが、それはジョークだと笑い飛ばされたらしい。冷やし過ぎは人間にとって好ましくないと恐らく言いたかったのだろう。
「永久氷晶は凄い力なんですよ。どんな炎も物ともしないんだから。……雪だるまさん、生きてて本当に良かった。この世界、結構トラウマになる出来事が多くて。ボルカノさんのこと含めて」
「この世界に生きとし生ける者は全て何らかの運命を持つ。…抗える筈のない標だ。そこに介入し、別の道へと先導する。その役割を君が担っているのではないかと最近思うようになった。君がいなければ今頃オレは冥府を彷徨っているだろう」
「…そんなの、分かんないですよ?そもそも、私がこの世界に来なければ二人とも和解してたかもしれないし。…盾は彼らに持っていかれちゃいますけど」
モウゼスの術士が両者とも生存する道。彼女の居ない世界で果たして己はそれを望むのだろうか。今となっては最早、考えられそうにない。こうして隣に居るのが当たり前と感じてさえいる。
「オレは君の居ない世界など望まない。……君に、傍に居て欲しい」
沈黙が続いた。長いそれに不安を覚え、左を向けば彼女は膝を抱えて顔を伏せていた。静かな寝息を繰り返す様から既に夢の中へ入り込んでいることが窺える。
渇きを訴えていた喉の奥から溜息を漏らす。一体どこから夢現だったのか。今の言葉は聞こえていなかっただろう。会話の断片が残っていればいい方だ。
触れた白い頬は空気に触れているせいか、冷たい。
彼女の左手からブランケットの端が滑り落ちた。それを拾い上げ、ブランケットで華奢な身体を包み込むように抱き寄せる。彼女が目を覚ますまで。言い訳を一つ、二つ考えながら自分も軽く目を閉じた。
太陽が頭上に昇っている。それに違和感を抱かざるを得ない。何故ならオーロラを眺めていたのは日がとっぷりと暮れた頃だ。夜が明けて間もないというのならまだ分かるが、太陽の位置からして真昼の様子と思われる。
オーロラに導かれ辿り着いた先には銀世界が広がっていた。
雪の煉瓦を積み上げドーム状にした家が点々と建っている。背の高い遮蔽物が無いせいで吹き抜ける風に凍えてしまいそうだ。だが、雪が降っていないだけましだと考えた方がいい。
町を見渡してはみるが、人の影は一つも見当たらなかった。いや、人は居ないが白い雪だるまが幾つか立っている。
「目視で生命体は確認できない」
「私も最初はそう思いました。……えっと、こっちだと思います」
ランスに比べても雪の量が目に見えて多い。雪に覆われた道を進む彼女の後を追い、町の中央にあるスノードームの中へ。戸口を潜り抜け、まず目に入ったのは雪だるま。己の背丈ほどあるそれが進行方向の目の前に佇んでいるので邪魔だ。彼女はその脇を擦り抜けて部屋の奥へと行ってしまう。
この雪だるまが本当に動き周り、言葉を口にするのか。二段重ねの上に付いている短い直線の眉、同じ炭の色をした丸い二つの目。暫く観察してみるも、微塵も動き出す様子は無い。だが気配は微かに感じ取れる。息を潜めているのか。
部屋の奥から彼女に声を掛けられ、狭い隙間を通り抜けた。
「雪だるまと見つめ合ってどうしたんですか。そんなに見つめてたら溶けちゃいますよ。ボルカノさん朱鳥術士なんだし」
「見つめ合ってない。…微かに気配は感じる。何故、彼等は存在を隠そうとしている?」
雪の世界は室内にも広がっていた。床一面に雪が積もり、カウンターやテーブル、窓も凍り付いている。外と室内の気温は殆ど変化が無い。吐息は相も変わらず白く曇る。
全てが凍り付いたこの町でひっそりと生きているのならば、外界の人間を忌み嫌うのではないか。
「なかなか人が来られない場所だから、来客を驚かせようっていう…魂胆だったはず」
しかし、己の考えとは裏腹に彼女はそう言った。そんな茶目っ気のある種族だというのか。
地下に続く階段の手摺と踏板も凍り付いている。地下一階の部屋も白い世界に覆われていた。そこには雪だるまが三体。顔が階段に向いている者、窓の外を見るようにしている者、そして部屋の隅に一体。
彼女は壁際の隅に居る雪だるまを示しながら「多分あの子だと思います」と自信が無さそうに話した。
「間違えても仕方あるまい。どれがどれやら見分けがつかないからな」
「見た目同じですからね。……話し方があの子な気がする」
「夢の中で会話をしたという雪だるまか。だが話しかけた所で応じてもらえるのか」
「きっと大丈夫。…雪だるまさん」
反応が無い。もう一度、彼女が雪だるまに呼び掛けた。
すると突然二つの黒い目が瞬く。そしてその場で雪だるまが軽く飛び跳ねた。
「君はこの間の女の子なのだ!」
「良かった。覚えててくれたんだ」
「また会えて嬉しいのだ」
彼、と呼んで正しいのかは分からない。その会話をきっかけに残りの雪だるま達の気配が顕わとなった。雪を踏みしめる音がこちらに近づいてくる。
「なんだ、知り合いか?」
背後から聞こえてきた声に振り向くと、一体の雪だるまが距離を詰めてきた。雪だるまが動き回り、喋るのをいざ目の当たりにすると動揺してしまう。
「最近はお客が多い。……む。君は朱鳥術士かね」
「ああ、そうだが」
「ではくれぐれも術の扱いには気を払ってくれ。我々は熱に弱い」
「承知した。この町に住人が居ると分かった以上、留意する」
「話の分かる人間で良かった。……では改めて」
「雪の町へようこそ!」
声を揃えた彼等は我々を歓迎してくれているようだ。思いの外、外界の生命体を受け入れる器量がある。何故、息を潜めていたのかと尋ねれば「町へ訪れた人間を驚かせたい」と確かにユニークな一面を持ち合わせていた。
「君は我々を見て驚かないのかね」
「これでも驚かされている。君達は友好的な種族のようだな」
「我々とて外の人間と争う理由など無い。三百年前も、そして先日訪れた旅の一行も氷の剣を取りに来ただけだ。彼等もアビスの者達と戦っていると話していた。君たちは?」
何百年もの時を経て形成された氷の剣。それは灼熱の炎でも融かす事が敵わぬという。英雄達はそれを手にするべく此処へ訪れる。これもまた彼女の話した通りだった。
壁際の雪だるまと何の抵抗も無く語らう彼女。実際に見るのが初めてでも、物怖じせずに接する姿勢に感服してしまう。
「……我々は大それた事は考えていない。無論、世界の安寧は望んでいる。…彼女が彼に会いたいと。それで此処へ訪れた」
「それだけの理由で極寒の僻地に。君たちは物好きな人間のようだ」
「ああ、そうだな。……だが、物好きな人間が居ても悪くはないだろう」
指先の感覚が鈍くなってきた。このままじっとしていては体温が奪われていくだけだ。此処へ来る前に暖を取る場所があるとは聞いていたが、そろそろ移動した方が良い。
「ボルカノさん、お待たせしました」
「話は済んだのか」
「はい」
「近くに人が休めるような場所は」
「倉庫暖炉なら人間でも休めるのだ。これから雪も降るから止むまで外に出ない方がいいのだ」
彼が見上げた遠くの空に灰色の雲が見える。此処からランスまでの道程は計り知れない。何せ極光の道を辿ってきたのだから。ここは現地の住人に従っておくのが最良の判断と言える。
自ら案内役を申し出た彼の後を進み、町の北側へと向かった
◇
案内された倉庫暖炉とは名の通り、暖炉が一つあるだけの部屋だった。恐らくは此処に訪れた人間が休憩所として設けたのだろう。熱に弱い彼等がこのような場所を作る筈もない。
暖炉が赤々と燃える室内で他に目立つものといえば木箱が二つ。椅子やテーブル代わりに使用していたようで、染みやナイフでつけた様な傷跡が目立っていた。腐食しているようで椅子には利用できない。
温かい暖炉を前に彼女はしゃがみ込み、手をかざして両手を揉み合わせていた。
「手がじんじんする。流石に比べ物にならないくらい寒いですね」
「ブリザードが吹けばマイナス四十度にもなるそうだからな。天候が落ち着くまでは出歩かん方がいい」
「うわあ…一瞬で凍り漬けになりそう」
暖炉の前に腰を下ろせば床の冷たさが直に伝わってくる。敷物になりそうな物は無いかと改めて周囲を物色するが、それらしいものは見つからない。
脱いだコートを伏せ、そこへ座る様に声を掛けた。それから手荷物のブランケットを手の内に広げて暖炉の熱を集める。
「ボルカノさんのコート汚れちゃいますよ。それならそっち広げて敷いた方が」
「寝具に使っている物を汚すわけにもいかん。直に座るよりは幾分かマシな筈だ。コートは気にするな」
「……折角似合ってるコートなのに」
「体を冷やさない方が重要だ。ほら、被っていろ」
熱で温めたブランケットを彼女の肩に羽織らせる。余程体が冷えていたのだろう。包まったブランケットに顔を埋めていた。
暫くそれで暖を取っていた顔が不意にこちらを振り向く。暖炉の火力を少し強めようかと考えていた時だ。
「ボルカノさんは寒くないんですか」
「寒い」
「そりゃそうですよね。当たり前なこと聞いてすみません。……気のせいかもしれないですけど、ボルカノさんいつもよりヒンヤリしてませんか?なんていうか、纏う空気というか」
「それはそうだろうな。極力熱量の放出を抑えている。此処で普段通りに過ごしていては洪水になりかねん」
「雪だるまさん達、大変なことになりますもんね。…そっか。自分で体温調整できるんだ」
「今、変温動物みたいだとか考えなかったか」
周囲の温度に合わせて体温が調節可能だと聞けば、単純に思い付くのはそれだ。彼女の思考を容易く読み取るも、悪態もなく無邪気に笑いかけてくる。
「ブランケット半分使ってください。嫌じゃなきゃですけど」
「断り辛い聞き方だな。……君が嫌でなければ」
「いいですよ。どうぞ」
煙突から吹き込む風が暖炉を轟々と唸らせる。外は風が吹き荒れているようだ。彼女が外の様子を見てこようかと言うので、止めておいた方がいいと制した。この短距離で行き倒れになられては困る。
「雪だるまさん達は大丈夫かな」
「雪が止む頃にはひと回りでかくなっているかもしれない」
「あ、それ在り得そうですね。大きさ測っておけば良かったなあ」
並べた肩の距離は互いの息遣いが分かる程に近い。鼓動が聞かれてしまうのではと要らぬ心配をしていた。
彼女は何ら変わりなく、雪だるまとの会話を楽しそうに聞かせていた。
「まさかこのブレスレットが永久氷晶の欠片で作った物だなんて…びっくりしました」
「随分と大層なもので作られていたようだ。まあ、それならば納得もいく。それで、結局返さなかったのか」
「はい。この町に来た記念品として贈呈するのだ!って。お言葉に甘えて貰っちゃいました」
ブランケットから左腕を伸ばした。その細腕を飾る一連のチェーンブレスレット。炎に照らされた氷晶の欠片が濡れた硝子の様に艶めかせている。
常に身に着けていると身体が凍り付くと聞いていたそうだが、それはジョークだと笑い飛ばされたらしい。冷やし過ぎは人間にとって好ましくないと恐らく言いたかったのだろう。
「永久氷晶は凄い力なんですよ。どんな炎も物ともしないんだから。……雪だるまさん、生きてて本当に良かった。この世界、結構トラウマになる出来事が多くて。ボルカノさんのこと含めて」
「この世界に生きとし生ける者は全て何らかの運命を持つ。…抗える筈のない標だ。そこに介入し、別の道へと先導する。その役割を君が担っているのではないかと最近思うようになった。君がいなければ今頃オレは冥府を彷徨っているだろう」
「…そんなの、分かんないですよ?そもそも、私がこの世界に来なければ二人とも和解してたかもしれないし。…盾は彼らに持っていかれちゃいますけど」
モウゼスの術士が両者とも生存する道。彼女の居ない世界で果たして己はそれを望むのだろうか。今となっては最早、考えられそうにない。こうして隣に居るのが当たり前と感じてさえいる。
「オレは君の居ない世界など望まない。……君に、傍に居て欲しい」
沈黙が続いた。長いそれに不安を覚え、左を向けば彼女は膝を抱えて顔を伏せていた。静かな寝息を繰り返す様から既に夢の中へ入り込んでいることが窺える。
渇きを訴えていた喉の奥から溜息を漏らす。一体どこから夢現だったのか。今の言葉は聞こえていなかっただろう。会話の断片が残っていればいい方だ。
触れた白い頬は空気に触れているせいか、冷たい。
彼女の左手からブランケットの端が滑り落ちた。それを拾い上げ、ブランケットで華奢な身体を包み込むように抱き寄せる。彼女が目を覚ますまで。言い訳を一つ、二つ考えながら自分も軽く目を閉じた。