第一章
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2.モウゼス~南側~
モウゼス。ガーター半島の西太洋に位置する町。穏やかな気候で暮らしやすい土地だという。そこへ最近になって引っ越して来たと彼は話していた。
この町はちょうど真ん中にある井戸を境にして北と南で二分されている。南は自分が統治しているが、北は玄武術士が牛耳っている。玄武と朱鳥は元来相性が悪く、馬が合わないと苦虫を噛み潰すような顔をしていた。
ざっと話を聞く限り、此処は私の住んでいた世界とは全く異なるようだった。彼の言う通りだ。まるでファンタジーの世界に来てしまった。どうして私が選ばれたのかは分からない。その召喚石とやらを作り出した天才術士も偶然と言っていた。つまりそれって失敗したということでは。
ボルカノという男は朱鳥術に優れているだけでなく、傷薬から殺傷能力のある物まで幅広いアイテムを作りだせるという。
「……それだけを聞くと、錬金術師みたいですね。ええと、物質をあらゆるものに変化させることができる職業…というか」
「ああ、分かる。霧華の世界にも似たような職業があるようだ。例えば…あれとあれを掛け合わせて上手く分離させることができれば」
徐に本棚の書物に白い手を伸ばし、頁をぺらぺらと捲った。そしてブツブツと独り言を始める。科学者とか学者に近い性質の人かもしれない。
「あ、あの」
「……」
「ボルカノさんっ!」
「……ん、ああ。すまない。熱中すると周りの音が聞こえなくなるんだ」
書物から視線だけを上げた彼は悪びれた様子が全くなかった。
「私、外に出てみたいんですけど」
少しでも確かな情報が欲しかった。
土地の名前、町の名称、人名とその因果関係。薄っすらとだけど私の記憶の片隅にそれらが存在していた。もしかしたら此処は私が知っている世界ではないだろうか。これはあくまで私の推論。
この漠然とした記憶、不安をはっきりさせてしまいたい。その為には壁に囲まれた部屋に閉じこもっていては解決できないと思った。
無理を承知の上で彼に頼んだ。何の変哲もない一般人が外を歩くのはやはり危険なのかもしれない。ボルカノさんの反応がそれを物語っていた。彼は目を丸くして私を見ている。初めて見た時から目鼻立ちがすっとしていると思った。ただ、童顔なせいか年齢を不確かにさせる。二十代後半にも見えるけれど、実はもっと若いのかもしれない。かといって「お若く見えますがお幾つですか?」と聞くのも失礼なので口にしていない。
「だめ、ですか」
「いや、駄目というわけじゃない。昨日も言った通り、此処は君の居た世界と勝手が違う。君は特殊な能力も無いようだし……万が一、不測の事態に陥ることも在り得る。魔物以上に恐ろしいのは人間だからな。……もう少しだけ待ってくれないか」
「え?」
手にしていた分厚い本がぱたりと閉じられた。それを左手に持ったまま、棚から羊皮紙と羽ペン、インクを片腕に抱え込む。それを急遽こしらえた代用テーブルの上に置いた。テーブルの脚の代わりに本を積み上げているので左右の高さに違いが出ている。
それでもお構いなしに羊皮紙を広げ、インク瓶の蓋を開けた。羽ペンをくるりと手の中で一回転させる姿が実に様になる。
「今浮かんだアイディアを纏めておきたい。それが終わったら一緒に行こう」
「いいんですか?」
「ああ。オレが共に行動すれば君に危害が及ぶこともない。買い揃えたい物もあるし、ついでに町を案内しよう」
「ありがとうございます!」
ペンを走らせながら「町の南側だけになるがな」とボルカノさんは呟いた。そこから北の術士とは一触即発といった状態を匂わせた。
私は彼の筆が止まるまでの間、昨日の片付けの続きをすることにした。破損した大型の家具は昨日のうちに外へ運び出した。まだ飛び散った細かい破片や散乱した本や資料があるので、それを箒で掃き、拾い集めて所定の位置へ戻す作業を黙々とこなす。
部屋の中央部分にあたる床板が抉れている。昨日、私がこの世界に降り立った最初の地点だ。きっと召喚術の衝撃の力が強かったとか、そのせいだと思う。決して自分が重たいから、というわけじゃない。うん。
カリカリと羽ペン特有の綴る音を聞きながら私は凹んだ部分に蹴躓かないよう注意を払った。
◇◆◇
「あの、今更なんですけど。……この服装って変じゃないですか?」
「少々変わった形だが問題は無いだろう。気になるならコートを貸そうか」
「……だ、大丈夫です。寒くないですし、変じゃなければいいです」
元居た世界とこの世界で勝手が違うということは、社会の文明レベルの違いもあるのではないか。それに気が付いたのは館を出た直後だった。自分では奇抜な服を着ているつもりはないが、この世界の人達にとって奇抜と認識されて後ろ指さされるような事態は避けたい。かといって、彼の真っ赤に燃えるコートを借りるには抵抗があった。余計に目立ちそうだ。
広い敷地にある館は一際高い塔がそびえていた。あの一番上が自分の部屋だと彼は言っていたが、先程は長い階段を下りずに何の苦労も無く地上へ出た。不思議に思っていると「来客用とは別の出入口なんだ」と得意気に話していた。魔力の類いで何か施してあるんだろう。
館から数分足らずの場所に小さな雑貨屋が店を構えていた。石造りの壁に銅製の看板が打ち付けられている。
店内に入ったボルカノさんはカウンターでメモを読み上げながら、あれこれと店主に注文をしていた。
私はその間に店内をぐるりと見渡した。棚に陳列された商品は見慣れないものばかりだ。粉末や丸薬状のものが瓶に詰められたものが並んでいる。カウンターの頭上には乾燥させた植物がぶら下がっていた。他にはネックレスや腕に嵌める小手などが陳列している。
物珍しい目で品を物色していると紙袋を一つ抱えたボルカノさんに声をかけられた。
雑貨屋を出た後、ボルカノさんは石畳みで舗装された道をゆっくりと歩きながら各所を案内してくれた。モウゼスの南側にはさっき立ち寄った雑貨屋と酒場がある。酒場は昼夜問わず様々な人間が集まるそうなので、近づかない方がいいとも忠告された。
「町を二分する境目に運河が流れている。流通で使われている」
「へえ……じゃあ船が通れるだけの幅があるんですね」
「ああ。おかげで物資に困る事はないが」
別の問題がある、とでも言いたげにボルカノさんは口をつぐんだ。表情をちらと盗み見ると眉間に皺を寄せていた。何か思う節があるのかそこで会話が途切れてしまう。
そこへタイミングよく「ボルカノ様」と誰かに呼び止められた。
呼び止めてきた相手は職業が魔導士、此処では術士と呼んだか。一目で分かるローブを羽織っていた。この男性とボルカノさんは知り合いのようだった。
「どうした」
「新しい例の試作品に関する話なんですが……」
術士はそう言いながら横にいる私へ目をちらりと向けた。呼び止めてしまったこと、話には関係のない私がいること。どちらかに配慮した尋ね方だった。それを察した私はボルカノさんが返事をするより先に「お仕事の話ですよね。私、この辺りを少し見てきます」と早口で伝えた。
「別に構わないが……あまり遠くへは」
「大丈夫です!町の外には出ませんし、この辺にいます!さっきの雑貨屋の前で待ってますね」
そう言って私は来た道を小走りで引き返した。二人の姿が見えなくなる所まで行き、そこから歩幅を狭めて改めてゆっくりと歩き始める。この僅かな自由時間で私が抱く違和感を払拭できるかは分からない。かといって闇雲に歩き回るつもりは毛頭ない。迷子にでもなれば迷惑をかけてしまう。
モウゼスの街は聞いた話の通りに穏やかな気候で雰囲気も良い。南側を統治している術士によれば治安も良いらしい。そう自慢げに話していた姿を思い出した。
石造りの建物。屋根瓦の色が赤いのは朱鳥術を意識しているのだろうか。それならば北側の屋根瓦の色は青だ。実際に目にした訳ではない。ただ、私の知っている町だとしたら北を統治しているのはウンディーネという女性。朱鳥術と相反する玄武術の使い手だ。
どこか懐かしいと思えるこの世界。いっそ遠い昔の前世の記憶とかだといいのに。そんなファンタジー染みた考えを巡らせながら道を歩いていると、前方に目立つ色の髪をした人間を見つけてしまった。
緑色の髪、橙色の派手でラフなジャケットを羽織った青年。その隣にブロンドでロングストレートヘアの華奢な女性が居た。風になびいたその髪がさらさらと流れる。私は前世の記憶どころか、今世で見覚えのある二人につい目眩を覚えた。
「つかぬことを伺いますが」
「ふぇっ!?」
目頭を押さえている所へ不意に背後から声を掛けられた。思わず肩が跳ね上がる。素っ頓狂な声を出してしまったせいか、声をかけてきたプラチナブロンドの女性は「驚かせて申し訳ございません」と目を伏せた。元は長かったであろう髪を肩の上までざっくりと切り落とした髪型。貴族の装いから凛々しい旅人の姿に変貌した時の事は今でもはっきりと覚えている。
「え、えっと……あの、何か?」
「この町に聖王遺物について詳しい方をご存知ではないでしょうか」
「す、すみません。……私、此処に来たばかりで」
「……そうでしたか。ありがとう」
心臓はバクバクと脈を打っていた。自分が知っている顔ぶれをこうも立て続けに見かけ、さらに聖王遺物について尋ねられるなんて。半ば放心状態で答えたのだが、女性は私の答えに納得した後、マントを翻して去っていった。
緑髪の青年とお姫様も何処かへ行ってしまったようだ。
遠ざかる女性の背を見送りながら私はその場に立ち尽くしていた。この世界がどういう所なのか。ついに確信を得てしまった。俄かには信じがたいけれど。
失意にも似た感情に囚われていたのも束の間。私の頭が記憶の底からある事を引っ張り出してきた。その次の瞬間、走りだしていた。モウゼスを二分する場所にある『死者の井戸』を目指して。
モウゼス。ガーター半島の西太洋に位置する町。穏やかな気候で暮らしやすい土地だという。そこへ最近になって引っ越して来たと彼は話していた。
この町はちょうど真ん中にある井戸を境にして北と南で二分されている。南は自分が統治しているが、北は玄武術士が牛耳っている。玄武と朱鳥は元来相性が悪く、馬が合わないと苦虫を噛み潰すような顔をしていた。
ざっと話を聞く限り、此処は私の住んでいた世界とは全く異なるようだった。彼の言う通りだ。まるでファンタジーの世界に来てしまった。どうして私が選ばれたのかは分からない。その召喚石とやらを作り出した天才術士も偶然と言っていた。つまりそれって失敗したということでは。
ボルカノという男は朱鳥術に優れているだけでなく、傷薬から殺傷能力のある物まで幅広いアイテムを作りだせるという。
「……それだけを聞くと、錬金術師みたいですね。ええと、物質をあらゆるものに変化させることができる職業…というか」
「ああ、分かる。霧華の世界にも似たような職業があるようだ。例えば…あれとあれを掛け合わせて上手く分離させることができれば」
徐に本棚の書物に白い手を伸ばし、頁をぺらぺらと捲った。そしてブツブツと独り言を始める。科学者とか学者に近い性質の人かもしれない。
「あ、あの」
「……」
「ボルカノさんっ!」
「……ん、ああ。すまない。熱中すると周りの音が聞こえなくなるんだ」
書物から視線だけを上げた彼は悪びれた様子が全くなかった。
「私、外に出てみたいんですけど」
少しでも確かな情報が欲しかった。
土地の名前、町の名称、人名とその因果関係。薄っすらとだけど私の記憶の片隅にそれらが存在していた。もしかしたら此処は私が知っている世界ではないだろうか。これはあくまで私の推論。
この漠然とした記憶、不安をはっきりさせてしまいたい。その為には壁に囲まれた部屋に閉じこもっていては解決できないと思った。
無理を承知の上で彼に頼んだ。何の変哲もない一般人が外を歩くのはやはり危険なのかもしれない。ボルカノさんの反応がそれを物語っていた。彼は目を丸くして私を見ている。初めて見た時から目鼻立ちがすっとしていると思った。ただ、童顔なせいか年齢を不確かにさせる。二十代後半にも見えるけれど、実はもっと若いのかもしれない。かといって「お若く見えますがお幾つですか?」と聞くのも失礼なので口にしていない。
「だめ、ですか」
「いや、駄目というわけじゃない。昨日も言った通り、此処は君の居た世界と勝手が違う。君は特殊な能力も無いようだし……万が一、不測の事態に陥ることも在り得る。魔物以上に恐ろしいのは人間だからな。……もう少しだけ待ってくれないか」
「え?」
手にしていた分厚い本がぱたりと閉じられた。それを左手に持ったまま、棚から羊皮紙と羽ペン、インクを片腕に抱え込む。それを急遽こしらえた代用テーブルの上に置いた。テーブルの脚の代わりに本を積み上げているので左右の高さに違いが出ている。
それでもお構いなしに羊皮紙を広げ、インク瓶の蓋を開けた。羽ペンをくるりと手の中で一回転させる姿が実に様になる。
「今浮かんだアイディアを纏めておきたい。それが終わったら一緒に行こう」
「いいんですか?」
「ああ。オレが共に行動すれば君に危害が及ぶこともない。買い揃えたい物もあるし、ついでに町を案内しよう」
「ありがとうございます!」
ペンを走らせながら「町の南側だけになるがな」とボルカノさんは呟いた。そこから北の術士とは一触即発といった状態を匂わせた。
私は彼の筆が止まるまでの間、昨日の片付けの続きをすることにした。破損した大型の家具は昨日のうちに外へ運び出した。まだ飛び散った細かい破片や散乱した本や資料があるので、それを箒で掃き、拾い集めて所定の位置へ戻す作業を黙々とこなす。
部屋の中央部分にあたる床板が抉れている。昨日、私がこの世界に降り立った最初の地点だ。きっと召喚術の衝撃の力が強かったとか、そのせいだと思う。決して自分が重たいから、というわけじゃない。うん。
カリカリと羽ペン特有の綴る音を聞きながら私は凹んだ部分に蹴躓かないよう注意を払った。
◇◆◇
「あの、今更なんですけど。……この服装って変じゃないですか?」
「少々変わった形だが問題は無いだろう。気になるならコートを貸そうか」
「……だ、大丈夫です。寒くないですし、変じゃなければいいです」
元居た世界とこの世界で勝手が違うということは、社会の文明レベルの違いもあるのではないか。それに気が付いたのは館を出た直後だった。自分では奇抜な服を着ているつもりはないが、この世界の人達にとって奇抜と認識されて後ろ指さされるような事態は避けたい。かといって、彼の真っ赤に燃えるコートを借りるには抵抗があった。余計に目立ちそうだ。
広い敷地にある館は一際高い塔がそびえていた。あの一番上が自分の部屋だと彼は言っていたが、先程は長い階段を下りずに何の苦労も無く地上へ出た。不思議に思っていると「来客用とは別の出入口なんだ」と得意気に話していた。魔力の類いで何か施してあるんだろう。
館から数分足らずの場所に小さな雑貨屋が店を構えていた。石造りの壁に銅製の看板が打ち付けられている。
店内に入ったボルカノさんはカウンターでメモを読み上げながら、あれこれと店主に注文をしていた。
私はその間に店内をぐるりと見渡した。棚に陳列された商品は見慣れないものばかりだ。粉末や丸薬状のものが瓶に詰められたものが並んでいる。カウンターの頭上には乾燥させた植物がぶら下がっていた。他にはネックレスや腕に嵌める小手などが陳列している。
物珍しい目で品を物色していると紙袋を一つ抱えたボルカノさんに声をかけられた。
雑貨屋を出た後、ボルカノさんは石畳みで舗装された道をゆっくりと歩きながら各所を案内してくれた。モウゼスの南側にはさっき立ち寄った雑貨屋と酒場がある。酒場は昼夜問わず様々な人間が集まるそうなので、近づかない方がいいとも忠告された。
「町を二分する境目に運河が流れている。流通で使われている」
「へえ……じゃあ船が通れるだけの幅があるんですね」
「ああ。おかげで物資に困る事はないが」
別の問題がある、とでも言いたげにボルカノさんは口をつぐんだ。表情をちらと盗み見ると眉間に皺を寄せていた。何か思う節があるのかそこで会話が途切れてしまう。
そこへタイミングよく「ボルカノ様」と誰かに呼び止められた。
呼び止めてきた相手は職業が魔導士、此処では術士と呼んだか。一目で分かるローブを羽織っていた。この男性とボルカノさんは知り合いのようだった。
「どうした」
「新しい例の試作品に関する話なんですが……」
術士はそう言いながら横にいる私へ目をちらりと向けた。呼び止めてしまったこと、話には関係のない私がいること。どちらかに配慮した尋ね方だった。それを察した私はボルカノさんが返事をするより先に「お仕事の話ですよね。私、この辺りを少し見てきます」と早口で伝えた。
「別に構わないが……あまり遠くへは」
「大丈夫です!町の外には出ませんし、この辺にいます!さっきの雑貨屋の前で待ってますね」
そう言って私は来た道を小走りで引き返した。二人の姿が見えなくなる所まで行き、そこから歩幅を狭めて改めてゆっくりと歩き始める。この僅かな自由時間で私が抱く違和感を払拭できるかは分からない。かといって闇雲に歩き回るつもりは毛頭ない。迷子にでもなれば迷惑をかけてしまう。
モウゼスの街は聞いた話の通りに穏やかな気候で雰囲気も良い。南側を統治している術士によれば治安も良いらしい。そう自慢げに話していた姿を思い出した。
石造りの建物。屋根瓦の色が赤いのは朱鳥術を意識しているのだろうか。それならば北側の屋根瓦の色は青だ。実際に目にした訳ではない。ただ、私の知っている町だとしたら北を統治しているのはウンディーネという女性。朱鳥術と相反する玄武術の使い手だ。
どこか懐かしいと思えるこの世界。いっそ遠い昔の前世の記憶とかだといいのに。そんなファンタジー染みた考えを巡らせながら道を歩いていると、前方に目立つ色の髪をした人間を見つけてしまった。
緑色の髪、橙色の派手でラフなジャケットを羽織った青年。その隣にブロンドでロングストレートヘアの華奢な女性が居た。風になびいたその髪がさらさらと流れる。私は前世の記憶どころか、今世で見覚えのある二人につい目眩を覚えた。
「つかぬことを伺いますが」
「ふぇっ!?」
目頭を押さえている所へ不意に背後から声を掛けられた。思わず肩が跳ね上がる。素っ頓狂な声を出してしまったせいか、声をかけてきたプラチナブロンドの女性は「驚かせて申し訳ございません」と目を伏せた。元は長かったであろう髪を肩の上までざっくりと切り落とした髪型。貴族の装いから凛々しい旅人の姿に変貌した時の事は今でもはっきりと覚えている。
「え、えっと……あの、何か?」
「この町に聖王遺物について詳しい方をご存知ではないでしょうか」
「す、すみません。……私、此処に来たばかりで」
「……そうでしたか。ありがとう」
心臓はバクバクと脈を打っていた。自分が知っている顔ぶれをこうも立て続けに見かけ、さらに聖王遺物について尋ねられるなんて。半ば放心状態で答えたのだが、女性は私の答えに納得した後、マントを翻して去っていった。
緑髪の青年とお姫様も何処かへ行ってしまったようだ。
遠ざかる女性の背を見送りながら私はその場に立ち尽くしていた。この世界がどういう所なのか。ついに確信を得てしまった。俄かには信じがたいけれど。
失意にも似た感情に囚われていたのも束の間。私の頭が記憶の底からある事を引っ張り出してきた。その次の瞬間、走りだしていた。モウゼスを二分する場所にある『死者の井戸』を目指して。