第二章
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24.契約の印
ヤーマスに来たからには怪傑ロビンに会いたい。そう熱弁する私を見る彼の目は「まるで観光に来た御上りさんだな」とでも言いたそうにしていた。観光目的の旅では無いと分かっていても、怪傑ロビンだけは外せない。
ロビン探しに夕焼けに染まる町に繰り出したはいいけど、そう都合よく事件は転がっていなかった。半ば諦めかけていた所で事態は急展開を迎える事となる。
町の広場に潜り込んだ魔獣の出現。昼間に遭遇した群れの一部だった。あの場で散開させたばかりに連れて来てしまったのだろうと彼は冷静に対処していた。
広場の中央でその後始末をしている最中に颯爽と現れた怪傑ロビン。その剣さばきは目にも止まらぬ速さ。ファイナルレターを繰り出した彼は一撃で魔獣を仕留めてしまった。もう凄いとしか言いようがない。お目にかかれただけでなく、言葉も交わすことができて本当に良かった。でも、あまりに私がはしゃいでいたせいか隣から冷ややかな視線が。時代や世界、年齢に限らず正義のヒーローはカッコイイのだから仕方ない。
欲を言えば登場時のお決まりの口上も聞きたかった。それを聞きたいが為にまた町へ繰り出すのは止しておいた方が良さそうだ。流石に怒られてしまう。
それにしてもボルカノさんの朱鳥術は相変わらずブレが無い。組み合わせ次第では術主体に戦う事も可能だと学ばせてくれる。だからといって私自身がその立場になる事はこの先も無いだろう。それ以外で彼の役に立てることを今も考え中だ。
◇
宿に戻って来た私達は部屋で夕食を済ませた。ヤーマス名物の魚料理は舌鼓を打つ程美味しくて、これは頑張っても真似が出来ない味だなあと一口を噛み締めていた。
その後、宿の男女別のシャワーを借りて私はさっぱりした状態で部屋へ戻ってきた。そこまではいい。脱衣所で部屋着に着替えるのをうっかり忘れて戻ってきてしまった。部屋には私より先に戻って来たボルカノさんが居る。ワイシャツ一枚のラフな姿で丸テーブルに向っていた。羊皮紙を広げてペンを走らせている。
「着替え忘れたのでもう一回行ってきます!」と踵を返した所でがたりと席を立つ音が聞こえた。「オレが外で待てばいい」と言ってボルカノさんが先に廊下へ出てしまう。
そういった理由でボルカノさんを廊下に待たせてしまっているので、私は急いで部屋着に着替えていた。シャワーを浴びながらロビンのテーマを口ずさむぐらい浮かれていたばかりに。今後は気を付けないと。ボルカノさんに気を使わせてばかりでは申し訳ない。
ふと着替えの途中に私は姿見に映った自分を見て手を止める。黒いキャミソール一枚、露出した左肩に違和感を覚えた。右の方へ身体を捻り、その部位を鏡へ映す。黒い文字の様な物が肌に浮かび上がっていた。直径三センチほど。文字というよりは記号に見えなくもない。指先で触れても痛みや痒みはない。完全に肌と同化している。全く身に覚えがない。何だろうこれは。鏡で反転したそれをじっと見つめる。漢字で例えるなら「延」に近い。どこかで見たような気もする。
数分悩んだ結果、一人で悩むよりはボルカノさんに聞いた方がいいと判断。多分この世界に来てから浮かび上がったものだと思うから。
私は部屋のドアの前で立ち止まり、廊下に居るボルカノさんへ声を掛けようとした。そこで誰かの声が聞こえてきたので慌ててその口を閉じる。彼に話しかけてきた人は声の高さからして女性のようだ。宿屋の人から。でも様子がおかしい。私はそっと聞き耳を立ててみる事にした。
「先程は有難うございました。……その、どうしてもお礼が言いたくて。迷惑、でしたか」
鈴を転がしたような人とはこういう声を指すんだろう。とても澄んだ綺麗な声だ。そこから育ちの良さ、或いはお淑やかな若い女性を想像させた。流石イケメン朱鳥術士。町中で術を放つだけで声を掛けてくる女性がいる。
「私の手柄では無い。その謝礼の言葉はロビンとやらに向けた方がいいのではないか」
「で、でも…ロビン様が駆け付けるより先に魔物の足止めをしてくださったのは貴方です」
「事実上はそうだが私は始末を付けただけだ。用を済ませたのなら帰ってくれ。私も暇じゃない……部屋に連れを待たせている」
二人の会話のやりとりがそこで途切れた。やがてパタパタと遠ざかっていく足音。もしやここから恋の展開が始まるのではとドキドキしながら聞いていたのに。ボルカノさんの塩対応に堪えかねて女性は帰ってしまった模様。彼の言い方は少しキツイ節がある。今までの助手の女性達と上手くいかなかったのはそれもあるんじゃないだろうか。財産目当ての人は別として。本気で好きになった相手に冷たくあしらわれたら悲しみの淵に沈んでしまう。
私は部屋着の上を胸に抱きしめたまま無言でその場に立ち尽くしていた。声を掛けるタイミングをすっかり見失ってしまったのだ。さっきの会話を聞いてしまったせいで何となく気まずい。どうしようか。何事も無かったように、聞いてなかったように振る舞えばいいかな。でもきっと直ぐ見破られる。
「霧華」
「は、はいっ!」
考えが纏まらないそこへ声を掛けられてしまい、肩が跳ね上がった。思わず裏返った声。立ち聞きしていた事を自分から申告してしまったようなもの。一先ずそのことは黙っていよう。でもどんな女性だったのかちょっと気になる。
「済んだのか?」
「あ、えっと……ボルカノさん、今大丈夫ですか?」
「いいもなにも君の着替えを待っているだけだ。何かあったのか」
「実は肩に変な模様というか記号みたいのがあって。どっかで見た様な気もするんですけど…いまいち思い出せないんです」
「模様?……入ってもいいか」
「大丈夫です」
そう答えた私はドアから一歩後ろへ下がる。ドアノブが押し下げられ、ドアが内側に開いた。部屋に入ろうとしたボルカノさんが私の姿を見るなりギョッとして顔を横へ逸らす。こんな姿だけど仕方がない。
「どこが大丈夫なんだ。そんな恰好で」
「だって肩の後ろにあるんですよその模様。服着たら見えないじゃないですか」
「……分かったから部屋の奥にいってくれ。人に見られる」
後ろ手でドアを静かに閉めた彼に部屋の中央へ追いやられる。私は首を捻って左肩を指で示した。
「これです」
「………いつからだ。この印があったのは」
「気づいたのはさっきです。…自分の世界に居た頃はこんなもの覚えないし、この世界に来てからだとは思うんですけど」
彼の落ち着いた声は普段よりも一つ低く、肺の底から吐き出された溜息から事態は深刻な事だと匂わせた。
「これは朱鳥の印だ」
「あ、通りで見覚えがあると思った。でもなんで私の肩に?」
「……恐らくは召喚の義で付いた印。これがあると言う事は、単純な話では無くなる」
「そんなに大変な物なんですか」
冷静に話していた彼は難しい顔色をしていた。目頭を押さえ「ひとまず服を着てくれ」と私に言う。風邪を引くからと付け加えて。
彼はトランクケースから手帖を取り出した。テーブルに転がっていたペンの先にインクを付けてメモを取る。それからまた別の頁を開き、内容に目を走らせてから片手で手帖を閉じた。その表情は険しいまま変わらない。
「それは召喚の契約印。召喚された者が誰の所有であるかを示す証、いわば目印の様な物だ」
「へーよくある設定ですね。でも、ただの目印なら問題ない……わけじゃあないんですね」
「本当に唯の印ならばな。……実際に見るのはオレも初めてなんだ。それが契約印となれば厄介な事になる」
「私にも分かる様に説明をしてもらえませんか」
彼の指がテーブルの縁をトントンと叩く。不規則にそれを繰り返し、また溜息を付いた。自分の中で考えが纏まらない時に見せる仕草の一つだ。
やがてぴたりと指が止まり、ゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。
「つまり召喚者と召喚された者の間に契約が結ばれる。この場合はオレと君の間に。その契約印がある者は召喚者である主に逆らえない。逆らえばそれ相応の代償が与えられる。……例えば君がナイフでオレの心臓を一突きにして殺したとする。主を殺めた代償として君も命を落とす事になるというわけだ」
例え話があまりに物騒な物で思わず身構えた。つまるところ、召喚された者はその主の命に従わなければ罰が下ると。逆らったり反旗を翻したりすれば命は無い。この朱鳥の印がそんなに大変な物とは思いもよらなかった。
「……そ、そんなに大変な物なんですねこれ」
「あくまで理論上の話だ。契約が有効かどうか今の時点では分からん。現に君はオレの意に反して好き勝手に活動しているからな。その点においては留意する必要性はない。問題はもう一つの方だ。その契約印がある限り、送還の義を執り行っても成功しないという事。このままではオレの考えている術式が成り立たない。別の術式を考えるか……先に契約印を消す方法を」
ぶつぶつと独り言を繰り返し、考えに耽り始めた。顎下に手を当てて考える様はまるで推理小説に出てくる探偵。頭脳明晰の頭にひとしきり思案を巡らせた彼は眉間に刻んでいた皺を一層深くした。
私の呼び掛けにハッと我に返る。彼は何故か唖然としていた。
「どうかしたんですか?」
「い、や……何でもない。……兎に角、些細な変化でもいい。何かあれば直ぐに言ってくれ」
「はい。あの、私はボルカノさんに危害を加えるとか考えてないので安心してください…って自分で言うのも変ですけど」
彼を傷つけようなんてこれっぽっちも考えていない。というか歯が立たない。一瞬にして焼き殺されてしまう。
「……ああ。オレも霧華の事を信頼している。それ以上に……いや、気にしないでくれ」
その日はそれ以上話しかけてもボルカノさんは曖昧な返事しかしなかった。どこか上の空で、ずっと何か考えている様子だった。
ヤーマスに来たからには怪傑ロビンに会いたい。そう熱弁する私を見る彼の目は「まるで観光に来た御上りさんだな」とでも言いたそうにしていた。観光目的の旅では無いと分かっていても、怪傑ロビンだけは外せない。
ロビン探しに夕焼けに染まる町に繰り出したはいいけど、そう都合よく事件は転がっていなかった。半ば諦めかけていた所で事態は急展開を迎える事となる。
町の広場に潜り込んだ魔獣の出現。昼間に遭遇した群れの一部だった。あの場で散開させたばかりに連れて来てしまったのだろうと彼は冷静に対処していた。
広場の中央でその後始末をしている最中に颯爽と現れた怪傑ロビン。その剣さばきは目にも止まらぬ速さ。ファイナルレターを繰り出した彼は一撃で魔獣を仕留めてしまった。もう凄いとしか言いようがない。お目にかかれただけでなく、言葉も交わすことができて本当に良かった。でも、あまりに私がはしゃいでいたせいか隣から冷ややかな視線が。時代や世界、年齢に限らず正義のヒーローはカッコイイのだから仕方ない。
欲を言えば登場時のお決まりの口上も聞きたかった。それを聞きたいが為にまた町へ繰り出すのは止しておいた方が良さそうだ。流石に怒られてしまう。
それにしてもボルカノさんの朱鳥術は相変わらずブレが無い。組み合わせ次第では術主体に戦う事も可能だと学ばせてくれる。だからといって私自身がその立場になる事はこの先も無いだろう。それ以外で彼の役に立てることを今も考え中だ。
◇
宿に戻って来た私達は部屋で夕食を済ませた。ヤーマス名物の魚料理は舌鼓を打つ程美味しくて、これは頑張っても真似が出来ない味だなあと一口を噛み締めていた。
その後、宿の男女別のシャワーを借りて私はさっぱりした状態で部屋へ戻ってきた。そこまではいい。脱衣所で部屋着に着替えるのをうっかり忘れて戻ってきてしまった。部屋には私より先に戻って来たボルカノさんが居る。ワイシャツ一枚のラフな姿で丸テーブルに向っていた。羊皮紙を広げてペンを走らせている。
「着替え忘れたのでもう一回行ってきます!」と踵を返した所でがたりと席を立つ音が聞こえた。「オレが外で待てばいい」と言ってボルカノさんが先に廊下へ出てしまう。
そういった理由でボルカノさんを廊下に待たせてしまっているので、私は急いで部屋着に着替えていた。シャワーを浴びながらロビンのテーマを口ずさむぐらい浮かれていたばかりに。今後は気を付けないと。ボルカノさんに気を使わせてばかりでは申し訳ない。
ふと着替えの途中に私は姿見に映った自分を見て手を止める。黒いキャミソール一枚、露出した左肩に違和感を覚えた。右の方へ身体を捻り、その部位を鏡へ映す。黒い文字の様な物が肌に浮かび上がっていた。直径三センチほど。文字というよりは記号に見えなくもない。指先で触れても痛みや痒みはない。完全に肌と同化している。全く身に覚えがない。何だろうこれは。鏡で反転したそれをじっと見つめる。漢字で例えるなら「延」に近い。どこかで見たような気もする。
数分悩んだ結果、一人で悩むよりはボルカノさんに聞いた方がいいと判断。多分この世界に来てから浮かび上がったものだと思うから。
私は部屋のドアの前で立ち止まり、廊下に居るボルカノさんへ声を掛けようとした。そこで誰かの声が聞こえてきたので慌ててその口を閉じる。彼に話しかけてきた人は声の高さからして女性のようだ。宿屋の人から。でも様子がおかしい。私はそっと聞き耳を立ててみる事にした。
「先程は有難うございました。……その、どうしてもお礼が言いたくて。迷惑、でしたか」
鈴を転がしたような人とはこういう声を指すんだろう。とても澄んだ綺麗な声だ。そこから育ちの良さ、或いはお淑やかな若い女性を想像させた。流石イケメン朱鳥術士。町中で術を放つだけで声を掛けてくる女性がいる。
「私の手柄では無い。その謝礼の言葉はロビンとやらに向けた方がいいのではないか」
「で、でも…ロビン様が駆け付けるより先に魔物の足止めをしてくださったのは貴方です」
「事実上はそうだが私は始末を付けただけだ。用を済ませたのなら帰ってくれ。私も暇じゃない……部屋に連れを待たせている」
二人の会話のやりとりがそこで途切れた。やがてパタパタと遠ざかっていく足音。もしやここから恋の展開が始まるのではとドキドキしながら聞いていたのに。ボルカノさんの塩対応に堪えかねて女性は帰ってしまった模様。彼の言い方は少しキツイ節がある。今までの助手の女性達と上手くいかなかったのはそれもあるんじゃないだろうか。財産目当ての人は別として。本気で好きになった相手に冷たくあしらわれたら悲しみの淵に沈んでしまう。
私は部屋着の上を胸に抱きしめたまま無言でその場に立ち尽くしていた。声を掛けるタイミングをすっかり見失ってしまったのだ。さっきの会話を聞いてしまったせいで何となく気まずい。どうしようか。何事も無かったように、聞いてなかったように振る舞えばいいかな。でもきっと直ぐ見破られる。
「霧華」
「は、はいっ!」
考えが纏まらないそこへ声を掛けられてしまい、肩が跳ね上がった。思わず裏返った声。立ち聞きしていた事を自分から申告してしまったようなもの。一先ずそのことは黙っていよう。でもどんな女性だったのかちょっと気になる。
「済んだのか?」
「あ、えっと……ボルカノさん、今大丈夫ですか?」
「いいもなにも君の着替えを待っているだけだ。何かあったのか」
「実は肩に変な模様というか記号みたいのがあって。どっかで見た様な気もするんですけど…いまいち思い出せないんです」
「模様?……入ってもいいか」
「大丈夫です」
そう答えた私はドアから一歩後ろへ下がる。ドアノブが押し下げられ、ドアが内側に開いた。部屋に入ろうとしたボルカノさんが私の姿を見るなりギョッとして顔を横へ逸らす。こんな姿だけど仕方がない。
「どこが大丈夫なんだ。そんな恰好で」
「だって肩の後ろにあるんですよその模様。服着たら見えないじゃないですか」
「……分かったから部屋の奥にいってくれ。人に見られる」
後ろ手でドアを静かに閉めた彼に部屋の中央へ追いやられる。私は首を捻って左肩を指で示した。
「これです」
「………いつからだ。この印があったのは」
「気づいたのはさっきです。…自分の世界に居た頃はこんなもの覚えないし、この世界に来てからだとは思うんですけど」
彼の落ち着いた声は普段よりも一つ低く、肺の底から吐き出された溜息から事態は深刻な事だと匂わせた。
「これは朱鳥の印だ」
「あ、通りで見覚えがあると思った。でもなんで私の肩に?」
「……恐らくは召喚の義で付いた印。これがあると言う事は、単純な話では無くなる」
「そんなに大変な物なんですか」
冷静に話していた彼は難しい顔色をしていた。目頭を押さえ「ひとまず服を着てくれ」と私に言う。風邪を引くからと付け加えて。
彼はトランクケースから手帖を取り出した。テーブルに転がっていたペンの先にインクを付けてメモを取る。それからまた別の頁を開き、内容に目を走らせてから片手で手帖を閉じた。その表情は険しいまま変わらない。
「それは召喚の契約印。召喚された者が誰の所有であるかを示す証、いわば目印の様な物だ」
「へーよくある設定ですね。でも、ただの目印なら問題ない……わけじゃあないんですね」
「本当に唯の印ならばな。……実際に見るのはオレも初めてなんだ。それが契約印となれば厄介な事になる」
「私にも分かる様に説明をしてもらえませんか」
彼の指がテーブルの縁をトントンと叩く。不規則にそれを繰り返し、また溜息を付いた。自分の中で考えが纏まらない時に見せる仕草の一つだ。
やがてぴたりと指が止まり、ゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。
「つまり召喚者と召喚された者の間に契約が結ばれる。この場合はオレと君の間に。その契約印がある者は召喚者である主に逆らえない。逆らえばそれ相応の代償が与えられる。……例えば君がナイフでオレの心臓を一突きにして殺したとする。主を殺めた代償として君も命を落とす事になるというわけだ」
例え話があまりに物騒な物で思わず身構えた。つまるところ、召喚された者はその主の命に従わなければ罰が下ると。逆らったり反旗を翻したりすれば命は無い。この朱鳥の印がそんなに大変な物とは思いもよらなかった。
「……そ、そんなに大変な物なんですねこれ」
「あくまで理論上の話だ。契約が有効かどうか今の時点では分からん。現に君はオレの意に反して好き勝手に活動しているからな。その点においては留意する必要性はない。問題はもう一つの方だ。その契約印がある限り、送還の義を執り行っても成功しないという事。このままではオレの考えている術式が成り立たない。別の術式を考えるか……先に契約印を消す方法を」
ぶつぶつと独り言を繰り返し、考えに耽り始めた。顎下に手を当てて考える様はまるで推理小説に出てくる探偵。頭脳明晰の頭にひとしきり思案を巡らせた彼は眉間に刻んでいた皺を一層深くした。
私の呼び掛けにハッと我に返る。彼は何故か唖然としていた。
「どうかしたんですか?」
「い、や……何でもない。……兎に角、些細な変化でもいい。何かあれば直ぐに言ってくれ」
「はい。あの、私はボルカノさんに危害を加えるとか考えてないので安心してください…って自分で言うのも変ですけど」
彼を傷つけようなんてこれっぽっちも考えていない。というか歯が立たない。一瞬にして焼き殺されてしまう。
「……ああ。オレも霧華の事を信頼している。それ以上に……いや、気にしないでくれ」
その日はそれ以上話しかけてもボルカノさんは曖昧な返事しかしなかった。どこか上の空で、ずっと何か考えている様子だった。