第一章
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1.真紅の男
私の目の前に突如として現れた若い男。英国紳士の様なスーツを纏い、外套を羽織っている。ただそれだけの容姿なら特段驚く必要もない。しかしだ。
纏う物全てが赤。金で縁取った外套、スーツ、ベスト、白いワイシャツに合わせたネクタイ全てが真紅。その上男自身の髪色も燃えるような赤毛だ。手に嵌められた礼装用の手袋は白だったけど。
こんな男が文字通りいきなり現れた。何の前触れもなく、いや――急な目眩と吐き気に襲われた直後のことだった。数秒目を瞑っていた間に起きた出来事。ついさっきまでは自室でのんびりと紅茶を楽しんでいたというのに。しかも、先程までと風景ががらりと変わっていた。
私が趣味で集めたポストカードや飾っている縫いぐるみといった類のものが全くない。その代わりに室内に並んだ書棚。理科室にありそうな得体の知れない中身の瓶やドライフラワー、ボロボロの古い本が詰め込まれている。整理整頓はされていた。
そしてこの若い男。年は二十代前半ぐらいだろうか。はたと目が合ったので何か言おうにも、何を言えばいいのか。何せ奇抜な出来事だ。頭に浮かんでは消える言葉の数々。誰なのか、ここはどこなのか、一体何が起きたのか。まず何を口にすればいいのかわからない。その結果私はずっと黙っていた。
男は白手袋を嵌めた手で顎下をさすっていた。炎を宿したような色の目を訝しげに細める。
「……人間、だよな」
「ち、地球外生命体にでも見えますう!?」
あんまりな言い草だ。失礼極まりない。見た目は紳士なのに。
二十代半ばの人生。私は人の子に生まれてきたつもりだ。
私が一言発すると、ほっとしたように肩の力を抜いた男は表情を和らげた。
「ああ、言葉は通じるみたいで良かった。……何から説明しようか」
男が周囲を見渡したので私もつられて辺りを伺った。そして目を疑う。よくよく見れば足元の床板は凹んでいて、何かが落ちたな衝撃なのか、放射線状に亀裂が入っている。それに突風でも吹き荒れたかのように家具が無残な姿になって壊れていた。足の折れた椅子とテーブル、本や資料も散乱していた。薬品やガラス破片も落ちている。
「な、なにこれ……何があったの……」
「君のせいではないから安心してくれ。まさかこんなことになるとはな……とりあえず、立てるか」
床に座りこんでいた私に手を差し出す。恐る恐るその手を取り、ゆっくりと立ち上がった。途端に目眩に襲われ、頭を押さえる。さっきと同じ様な感覚だ。
「大丈夫か?椅子は……壊れてしまったから、ひとまずベッドに座るといい。こっちだ」
目の前が眩むのを気にかけてくれたのか、男はゆっくりと手を引いて私を誘導した。足元に気を付けた方がいい、ガラス破片も飛び散っている。と言われたので自分の足元へ目線を落とした。部屋履きにしている水色のスリッパを履いていたから足を切る心配はなさそうだった。
「……ありがとうございます」
ベッドに腰掛けた私は男の方を見上げた。彼は独り言をブツブツと呟いている。あの時に精製した手順が、呪文が等と聞いたことのない専門用語が出てくる。そしてひとしきり呟いた後、顎に手を当てたまま私の方に目を向けた。
「……まだ整理が出来ていないが、順に追って話そう。先ず自己紹介を済ませておこうか。オレはボルカノ。この町の南側を統治している。そしてここはオレの部屋だ。君の名前は?」
「…私は霧華です」
「よろしく。……さて、まずは君が何故ここに居るのかそれを話そう。君はオレに喚び出されてしまった。試作品のつもりで作った召喚石だったが……思いもよらない結果になってしまった。まさか人間を喚び出す事になるとはな。次に此処は何処なのか教えておく。恐らくは君が居た世界と異なる点が多い。まあ、掻い摘んで言えば君は異世界に召喚されたという事だ」
ボルカノという男の人の話に私は頭がついていかなかった。淡々と分かりやすく説明はされている。意味は分かる。分かるけど、頭の中が真っ白になって無数のクエスチョンマークがただ浮かんでは消えていった。
召喚石、試作品、異世界。まるでファンタジーだ。
これは夢に違いない。リアルな夢を見ているだけだ。そう言い聞かせてみるも、視界に映る世界はやけに現実味を帯びている。
次第に俯いてしまった私の頭上から声が降ってきた。
「そう気落ちする必要は無い。すぐに君を元の世界に還してみせる。大船に乗ったつもりで任せてくれ」
一見、愛想の無い人だと思っていた。表情がそんなに変わらないようだったから。ふっと口元を綻ばせた表情につい目が留まる。彼の耳元で金色のピアスが僅かに揺れた。
私の目の前に突如として現れた若い男。英国紳士の様なスーツを纏い、外套を羽織っている。ただそれだけの容姿なら特段驚く必要もない。しかしだ。
纏う物全てが赤。金で縁取った外套、スーツ、ベスト、白いワイシャツに合わせたネクタイ全てが真紅。その上男自身の髪色も燃えるような赤毛だ。手に嵌められた礼装用の手袋は白だったけど。
こんな男が文字通りいきなり現れた。何の前触れもなく、いや――急な目眩と吐き気に襲われた直後のことだった。数秒目を瞑っていた間に起きた出来事。ついさっきまでは自室でのんびりと紅茶を楽しんでいたというのに。しかも、先程までと風景ががらりと変わっていた。
私が趣味で集めたポストカードや飾っている縫いぐるみといった類のものが全くない。その代わりに室内に並んだ書棚。理科室にありそうな得体の知れない中身の瓶やドライフラワー、ボロボロの古い本が詰め込まれている。整理整頓はされていた。
そしてこの若い男。年は二十代前半ぐらいだろうか。はたと目が合ったので何か言おうにも、何を言えばいいのか。何せ奇抜な出来事だ。頭に浮かんでは消える言葉の数々。誰なのか、ここはどこなのか、一体何が起きたのか。まず何を口にすればいいのかわからない。その結果私はずっと黙っていた。
男は白手袋を嵌めた手で顎下をさすっていた。炎を宿したような色の目を訝しげに細める。
「……人間、だよな」
「ち、地球外生命体にでも見えますう!?」
あんまりな言い草だ。失礼極まりない。見た目は紳士なのに。
二十代半ばの人生。私は人の子に生まれてきたつもりだ。
私が一言発すると、ほっとしたように肩の力を抜いた男は表情を和らげた。
「ああ、言葉は通じるみたいで良かった。……何から説明しようか」
男が周囲を見渡したので私もつられて辺りを伺った。そして目を疑う。よくよく見れば足元の床板は凹んでいて、何かが落ちたな衝撃なのか、放射線状に亀裂が入っている。それに突風でも吹き荒れたかのように家具が無残な姿になって壊れていた。足の折れた椅子とテーブル、本や資料も散乱していた。薬品やガラス破片も落ちている。
「な、なにこれ……何があったの……」
「君のせいではないから安心してくれ。まさかこんなことになるとはな……とりあえず、立てるか」
床に座りこんでいた私に手を差し出す。恐る恐るその手を取り、ゆっくりと立ち上がった。途端に目眩に襲われ、頭を押さえる。さっきと同じ様な感覚だ。
「大丈夫か?椅子は……壊れてしまったから、ひとまずベッドに座るといい。こっちだ」
目の前が眩むのを気にかけてくれたのか、男はゆっくりと手を引いて私を誘導した。足元に気を付けた方がいい、ガラス破片も飛び散っている。と言われたので自分の足元へ目線を落とした。部屋履きにしている水色のスリッパを履いていたから足を切る心配はなさそうだった。
「……ありがとうございます」
ベッドに腰掛けた私は男の方を見上げた。彼は独り言をブツブツと呟いている。あの時に精製した手順が、呪文が等と聞いたことのない専門用語が出てくる。そしてひとしきり呟いた後、顎に手を当てたまま私の方に目を向けた。
「……まだ整理が出来ていないが、順に追って話そう。先ず自己紹介を済ませておこうか。オレはボルカノ。この町の南側を統治している。そしてここはオレの部屋だ。君の名前は?」
「…私は霧華です」
「よろしく。……さて、まずは君が何故ここに居るのかそれを話そう。君はオレに喚び出されてしまった。試作品のつもりで作った召喚石だったが……思いもよらない結果になってしまった。まさか人間を喚び出す事になるとはな。次に此処は何処なのか教えておく。恐らくは君が居た世界と異なる点が多い。まあ、掻い摘んで言えば君は異世界に召喚されたという事だ」
ボルカノという男の人の話に私は頭がついていかなかった。淡々と分かりやすく説明はされている。意味は分かる。分かるけど、頭の中が真っ白になって無数のクエスチョンマークがただ浮かんでは消えていった。
召喚石、試作品、異世界。まるでファンタジーだ。
これは夢に違いない。リアルな夢を見ているだけだ。そう言い聞かせてみるも、視界に映る世界はやけに現実味を帯びている。
次第に俯いてしまった私の頭上から声が降ってきた。
「そう気落ちする必要は無い。すぐに君を元の世界に還してみせる。大船に乗ったつもりで任せてくれ」
一見、愛想の無い人だと思っていた。表情がそんなに変わらないようだったから。ふっと口元を綻ばせた表情につい目が留まる。彼の耳元で金色のピアスが僅かに揺れた。
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