第一章
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15.創造の世界
いい加減眠ることに飽きてきた。
横になってばかりでは体が鈍ると起き上がれば「まだ二日しか経ってないんですよ!?」とお咎めを喰らう。傷口からの出血はもう止まっているし、伴う発熱も治まったと全うな反論をした所で却下されてしまう。
館内の片付けは自分と弟子達に任せろと言い残し彼女は部屋を出た。その隙を見て乱雑な室内を片そうとすれば、どうしてか見計らったように彼女が戻ってくる。その度に「ちゃんと休んでてください!」と怒られる始末だ。
こうして怪我人とみなされた自分は仕方なくベッドの上に寝転んでいる。
手帖に記した理論式をぼんやりと眺めていた。机上の空論と化した術式。魔王の盾が手に入らない以上、別の魔力の源を見つけなければならない。かといっても当ては無い。一から情報を収集しなければならないし、それに沿った新たな術式も組み立てなければいけない。彼女から突き付けられた先の言葉が皮肉にもその通りとなってしまった。
天井をしばらく仰いだ後、手帖を閉じて枕元へ。代わりに召喚石を手にとる。鉱石独特の感触。灰褐色に染まっていた水晶石は従来の瑞々しい透明度を取り戻し、渦巻く核の炎は緑色を揺蕩わせていた。あの時に見た光は再生の前兆を示していたのかもしれない。温かい。あの時はこのまま凍てついてしまのではないかと不安に駆られた。彼女を傷つけてしまったことに深い後悔の念すら憶えていた。
創造された世界。この世界に生きる者は全て人の手によって造られたもの。そもそも世界は神によって創られた。だが、そうじゃないと彼女は話した。冷静になった頭で聞いていたはずが、結局は混乱を避けられなかった。
この世界が歩む歴史を知っているのかと問えば、「歴史だなんて大層な物じゃない。八人の英雄が各地に点在するアビスゲートを閉じ、破壊された世界が宿命の子二人によって再生されるまでは」と肩を竦めながら答えた。これでスケールが小さいとでも言いたいのか。此処に生きているオレ達にとっては重大な歴史の標だ。
全てを話し終えた彼女の表情は暗い影を落としていた。自分がその世界に居ると気づいたのは高熱を出した日だと言う。誰かにこの事を話しのたかと尋ねたのは愚問だった。首を静かに横へ振る彼女は「信じてもらえるはずないですもん」と零した。それが棘の様に刺さり今も抜けずにいる。
例え此処が物語の世界だとしても、己にとっては現実の世界。造り物だと言うのなら、この傷の痛みや感情は何なのか。偽りの世界とは思えない。確かに俄かには信じがたい話だ。だが、筋書き通りの展開を目の当たりにした。これで信じない方がどうかしている。唯、一つの気がかりがある。物語の展開が全て筋書き通りに進んでいるわけではないようだった。
あの男に殺されるはずだったオレの運命を彼女が変えた。自らの命を賭けて。それは世界にとっては微々たる変化でしかないだろう。それでも自身にとっては運命の分かれ道に等しい。
ふと脳裏に過った涙に濡れた顔。あんな表情を見るのはもう御免だ。
胸に抱いた鉱石は心地の良い温かさを宿していた。次第に瞼が重くなる。
嗚呼、そういえばちゃんと謝っていないな。機会を完全に失う前に、伝えなければ。
◇◆◇
ロビーの片付けがようやくひと段落した。
彼の弟子が手伝いを申し出てくれたおかげもある。負傷者なんだからと一度は断っても、自分達は傷が浅い方だからと言って箒とバケツを奪われてしまった。フェイル君の姿が無く、彼はどうしたのかと聞けば腕を吊ったまま重傷者の治療に専念しているようだった。
私一人では荒れた館内を綺麗にするのに何日もかかっただろう。彼らのお蔭で死者の弔いも全て終わらせることができた。
疲れた体で最上階の部屋に戻ってくると、意外な事に物音一つ聞こえてこなかった。何度かこの部屋に戻ってきた時は書棚の整理だ、割れた器具の片付けだとうろうろしていたのに。しかも何食わぬ顔で立って歩いていた。まだ二日しか経っていないのだからとベッドに再度押し込んで下へ降りる。それを何度か繰り返した。
ベッドに大人しく横になって彼は眠りについていた。足音を立てないようにそっと近づいてみる。起きる気配が全くない。すうすうと寝息を立てている。そういえば寝顔、初めて見るかも。なにせいつ寝ているか分からない生活をしているのだ。私が眠りについた時はまだ起きているし、私が目を覚ました時には既に活動を始めている。本人曰く、必要最低限の睡眠は怠っていないそうだけど。それも本当かどうか。
あまりに無防備な寝顔を晒しているので、ひらひらと顔の前で手を振ってみた。何も反応がない。以前、私からは殺気も何も感じられないと言っていたのを思い出した。危害を加えないという点では信用されているんだろう。
「どうやら私はこの世界を造った世界からやってきたようです」と何ともややこしい話をした。いずれ説明しなきゃいけないとは思っていた。それにしてもだ。容態が落ち着いてからと考えていたのに。昨夜になって突然、話を聞かせてくれとせがまれた。一度は拒絶された話だ。まだ上手く話が纏まらない中、私は拙い言葉で何とか伝えようとした。
ボルカノさんは私の話を静かに聞いてくれた。途中、こちらが何を言いたいのか混乱してしまう場面では「街一つを動かすとなれば、術法を増幅させる為の物が必要だ。それがオリハルコーン製の物というわけだな」と話を綺麗に纏めてくれた。
全て話し終えた後、彼は腑に落ちない表情をしていた。そりゃそうだ。私が逆の立場だったらと思えば納得できる。でも、あの時は本当に危機が目前まで迫っていたから。それを何とか回避させたくて、とにかく話してみようと思った。
その日は信じる、信じないとも答えを得ることは叶わなかった。彼はそれからずっと考え事をしているようだった。
胸に置かれた手が呼吸に合わせて上下する。その手が大事そうに握っている水晶のような鉱石。指の間から見えたその中心部に小さな炎が揺らめいている気がした。これを観察しては手帖に何かを書き留めているのを何度か見ている。こんな時まで手放さないなんて、余程大切な物なんだろう。御守りなのかもしれない。
私はそれを見つめながら、傷ついた人達が早く癒える様にと心の中で呟いた。
いい加減眠ることに飽きてきた。
横になってばかりでは体が鈍ると起き上がれば「まだ二日しか経ってないんですよ!?」とお咎めを喰らう。傷口からの出血はもう止まっているし、伴う発熱も治まったと全うな反論をした所で却下されてしまう。
館内の片付けは自分と弟子達に任せろと言い残し彼女は部屋を出た。その隙を見て乱雑な室内を片そうとすれば、どうしてか見計らったように彼女が戻ってくる。その度に「ちゃんと休んでてください!」と怒られる始末だ。
こうして怪我人とみなされた自分は仕方なくベッドの上に寝転んでいる。
手帖に記した理論式をぼんやりと眺めていた。机上の空論と化した術式。魔王の盾が手に入らない以上、別の魔力の源を見つけなければならない。かといっても当ては無い。一から情報を収集しなければならないし、それに沿った新たな術式も組み立てなければいけない。彼女から突き付けられた先の言葉が皮肉にもその通りとなってしまった。
天井をしばらく仰いだ後、手帖を閉じて枕元へ。代わりに召喚石を手にとる。鉱石独特の感触。灰褐色に染まっていた水晶石は従来の瑞々しい透明度を取り戻し、渦巻く核の炎は緑色を揺蕩わせていた。あの時に見た光は再生の前兆を示していたのかもしれない。温かい。あの時はこのまま凍てついてしまのではないかと不安に駆られた。彼女を傷つけてしまったことに深い後悔の念すら憶えていた。
創造された世界。この世界に生きる者は全て人の手によって造られたもの。そもそも世界は神によって創られた。だが、そうじゃないと彼女は話した。冷静になった頭で聞いていたはずが、結局は混乱を避けられなかった。
この世界が歩む歴史を知っているのかと問えば、「歴史だなんて大層な物じゃない。八人の英雄が各地に点在するアビスゲートを閉じ、破壊された世界が宿命の子二人によって再生されるまでは」と肩を竦めながら答えた。これでスケールが小さいとでも言いたいのか。此処に生きているオレ達にとっては重大な歴史の標だ。
全てを話し終えた彼女の表情は暗い影を落としていた。自分がその世界に居ると気づいたのは高熱を出した日だと言う。誰かにこの事を話しのたかと尋ねたのは愚問だった。首を静かに横へ振る彼女は「信じてもらえるはずないですもん」と零した。それが棘の様に刺さり今も抜けずにいる。
例え此処が物語の世界だとしても、己にとっては現実の世界。造り物だと言うのなら、この傷の痛みや感情は何なのか。偽りの世界とは思えない。確かに俄かには信じがたい話だ。だが、筋書き通りの展開を目の当たりにした。これで信じない方がどうかしている。唯、一つの気がかりがある。物語の展開が全て筋書き通りに進んでいるわけではないようだった。
あの男に殺されるはずだったオレの運命を彼女が変えた。自らの命を賭けて。それは世界にとっては微々たる変化でしかないだろう。それでも自身にとっては運命の分かれ道に等しい。
ふと脳裏に過った涙に濡れた顔。あんな表情を見るのはもう御免だ。
胸に抱いた鉱石は心地の良い温かさを宿していた。次第に瞼が重くなる。
嗚呼、そういえばちゃんと謝っていないな。機会を完全に失う前に、伝えなければ。
◇◆◇
ロビーの片付けがようやくひと段落した。
彼の弟子が手伝いを申し出てくれたおかげもある。負傷者なんだからと一度は断っても、自分達は傷が浅い方だからと言って箒とバケツを奪われてしまった。フェイル君の姿が無く、彼はどうしたのかと聞けば腕を吊ったまま重傷者の治療に専念しているようだった。
私一人では荒れた館内を綺麗にするのに何日もかかっただろう。彼らのお蔭で死者の弔いも全て終わらせることができた。
疲れた体で最上階の部屋に戻ってくると、意外な事に物音一つ聞こえてこなかった。何度かこの部屋に戻ってきた時は書棚の整理だ、割れた器具の片付けだとうろうろしていたのに。しかも何食わぬ顔で立って歩いていた。まだ二日しか経っていないのだからとベッドに再度押し込んで下へ降りる。それを何度か繰り返した。
ベッドに大人しく横になって彼は眠りについていた。足音を立てないようにそっと近づいてみる。起きる気配が全くない。すうすうと寝息を立てている。そういえば寝顔、初めて見るかも。なにせいつ寝ているか分からない生活をしているのだ。私が眠りについた時はまだ起きているし、私が目を覚ました時には既に活動を始めている。本人曰く、必要最低限の睡眠は怠っていないそうだけど。それも本当かどうか。
あまりに無防備な寝顔を晒しているので、ひらひらと顔の前で手を振ってみた。何も反応がない。以前、私からは殺気も何も感じられないと言っていたのを思い出した。危害を加えないという点では信用されているんだろう。
「どうやら私はこの世界を造った世界からやってきたようです」と何ともややこしい話をした。いずれ説明しなきゃいけないとは思っていた。それにしてもだ。容態が落ち着いてからと考えていたのに。昨夜になって突然、話を聞かせてくれとせがまれた。一度は拒絶された話だ。まだ上手く話が纏まらない中、私は拙い言葉で何とか伝えようとした。
ボルカノさんは私の話を静かに聞いてくれた。途中、こちらが何を言いたいのか混乱してしまう場面では「街一つを動かすとなれば、術法を増幅させる為の物が必要だ。それがオリハルコーン製の物というわけだな」と話を綺麗に纏めてくれた。
全て話し終えた後、彼は腑に落ちない表情をしていた。そりゃそうだ。私が逆の立場だったらと思えば納得できる。でも、あの時は本当に危機が目前まで迫っていたから。それを何とか回避させたくて、とにかく話してみようと思った。
その日は信じる、信じないとも答えを得ることは叶わなかった。彼はそれからずっと考え事をしているようだった。
胸に置かれた手が呼吸に合わせて上下する。その手が大事そうに握っている水晶のような鉱石。指の間から見えたその中心部に小さな炎が揺らめいている気がした。これを観察しては手帖に何かを書き留めているのを何度か見ている。こんな時まで手放さないなんて、余程大切な物なんだろう。御守りなのかもしれない。
私はそれを見つめながら、傷ついた人達が早く癒える様にと心の中で呟いた。