第一章
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11.時はシナリオ通りに
『腕の立つ冒険者が北のモウゼスに来ているようだ』
その噂を町の住人に聞いた時から妙な胸騒ぎを覚えた。その冒険者は大剣を軽々と振るう大男だとか、長い髪を風になびかせる身のこなしが軽い美女だとか。不確かな情報しか入ってこない。所詮、噂話なんてそんなものだった。
唯、確実な事が一つだけある。八人のうちの誰かがモウゼスに訪れている。遅かれ早かれ南のモウゼスにやって来る。
募る不安を抱える日々が続いていた。
「霧華さんってば」
「……あ。ごめん、なに?」
「いや、茶葉の缶持ったまま随分固まってたからさ」
いつの間にか考えに耽っていた。お茶の用意をロビーでしていたのに、四角い茶葉の缶を手に取ったまま自分の時を止めていたみたいだった。浮かない顔をしていると指摘され、はぐらかした所で通用せずに「なんかあったの?」とフェイル君は小首を傾げてきた。定位置であるカウンターの内側に背を預けて。フードから覗くライトゴールドの髪。母親譲りで自慢の髪だと前に話してくれた。洞察力が鋭いのは父親譲りだとも言う。
「なんでもないよ。ちょっと眠くてぼーっとしてたみたい」
「寝付けない人用の睡眠薬あるけど。いる?」
「えっ。あ、いや大丈夫!今ね、装飾品の作業がいい感じに進んでて…それでつい熱中しちゃっただけだから」
「そっか。まあ人の事言えないけどさ、眠れるときに寝といた方がいいと思う」
「う、うん」
質の良い睡眠を求めるはずが、それを遥かに通り越して永眠しそうだから要らない。なんて言えなかった。きっと彼らが自分で調合した薬なんだろう。
確かにここ数日は今までにないぐらい神経が張り詰めている。常に緊張状態で身体も疲れを訴えてはいるのだけど、寝付きも悪いし食欲も落ちている。このままじゃ不味い事は分かっているんだけど。
ロビー内でテーブルを囲む術士達の賑やかな話し声がふと耳についた。
「みんな何だか楽しそうに話してるね」
「ああ。実はボルカノ様から新しいアイテムが支給されたんだ。早く使ってみたくてさ。みんな浮足立ってんだ。何処で何に使うかその相談中ってわけ」
「ふーん。……新しいアイテム、か」
「町の外で前に蹴散らしたのとはまた別の魔物の群れが発見されてるらしくて。そこへ行こうかって話もしてるんだけど……」
ギィと重い音を立てた館の玄関扉が開いた。彼らの目が一斉にそちらへ向く。館に入ってきた一人の男。漆黒の衣服に鮮やかな赤いストール。この辺りでは見かけない風貌で、褐色の肌に真っ黒な長い髪を後ろに節を作るように束ねている。何よりも目を引くのは腰に下げられた湾曲した剣。彼が何者なのか特定するには充分すぎる特徴だった。北モウゼスに訪れていた冒険者はカムシーンの男、ハリードだ。
「何者だ!」
「ちょうどいい、新しいアイテムを試してみよう!」
彼の弟子一人が嬉々として前に歩み出る。次いで、我も我もと簡単な陣形を組んでハリードの前に立ちはだかった。館に入ってすぐに戦いを挑まれる理不尽。敵意を向けられた彼は仕方なく剣に手を掛けた。
前線に出た一人の術士がローブの裾を翻し、間合いを取る。巾着から取り出した橙色の小石を指の間に挟み込み、石つぶての様に侵入者に投げ放つ。風を切るように飛んだそれは標的に当たる手前で爆発を起こした。爆風と砂煙に周囲の視界が不鮮明になる。吸い込んだ煙を外へ追い出そうと咽ている中「おお、すげえ!」と外野の声が聞こえた。
刹那、砂煙が真っ二つに薙ぎ払われた。その中心から抜き身の曲刀を握る男が姿を現し、不意打ちで彼らに切りかかる。反射神経の良い一人がすぐさま反撃態勢を取り、術の詠唱を始めた。術士の体が赤く柔らかい光に包まれ、次第に光の強さを増した。右腕を頭上にかざした瞬間に赤い真空の刃が空間から現れ、物凄い速さでハリードに向かっていく。彼は身を低く屈め、朱鳥の刃を難なくと避ける。そして術士の懐へ一気に踏み込み、真っすぐに曲刀を振り下ろした後に素早く真上に振り上げた。真正面からその一撃を受けた術士の胸部から赤い血が溢れ出す。足元もおぼつかず、その場に倒れ伏した。それを皮切りに他の術士達がハリードを取り囲んで応戦しようとする。
もはや怪我人どころの騒ぎじゃない。まともに切り付けられた彼の手当ても早くしなければ多量出血で危険な状態に陥る。このままでは死者が出る。とてもじゃないけど見ていられない。
カウンターからロビーへ向かおうとしたのに、行く手を阻まれてしまう。肩を掴まれて、向こうには行かせないとブラウンの瞳がすっと細められた。普段見せない彼の表情に危機感が更に煽られる。
「駄目だ。霧華さんは危ないからここにいて。あいつ、結構やるみたいだし」
「でもっ!早く手当てしないと、傷が、血が……!」
直後、呼吸もままならない程の凄まじい風圧を肌に感じた。吹き飛ばされる。そう身構えた私を庇うように彼が風除けとなってくれた。バタバタと風にはためく布地、陶器の割れる音、飛ばされた何かが壁にぶつかる物音もした。
風は直ぐに収まったものの、ロビー側へ振り返った彼が小声で「やべ」と呟いたのが聞こえた。
ハリードの視線がこちらに向いている。取り囲んでいた術士は全て切り払われた後。床板を軋ませて近づく足音がやけに強調される。さっきの戦いで感情が昂ったのか、彼は戦場をくぐり抜けてきた戦士の眼差しを携えていた。
「おっと。……これ以上は近づかせない」と後ろ手に私を隠した彼が術の詠唱に入る。床板を蹴り上げたハリードの曲刀が振り上げられる。衝突はもう避けられない。どちらの攻撃が先手をとるのか、私は情けないことにそれをただ見ていることしかできなかった。
僅かな差で曲刀が振り下ろされようとした。その戦いを止めるようにと叫ぶ声が奥の階段から響いてきた。それを耳にした二人の動きがぴたりと静止する。
館の主はいつからこの惨事を見ていたのか。もしかしたらずっと傍観していたのかもしれない。ハリードの実力を知る為に。ふとそう思ってしまった私は考えを振り払った。
階段を下りてきた彼はロビーを見渡し、改めてハリードの方を凄むような眼で睨みつけた。愛刀をゆっくりと下ろしたハリードは刀身の血を振り払い、ふんと鼻を鳴らす。
「己の身に降りかかった火の粉を払ったまでだ」
「……どうやらそのようだ。手下達が失礼をしたようで。お許しください。……それにしても素晴らしい腕前をお持ちだ。半人前とは言え、これだけの術士を相手に立ち回れるとは。その腕を見込んでお願いがあります。北の術士ウンディーネを倒してほしい」
「オレは前金でなければ動かん主義でな」
「それでは、先程の御詫びと合わせて前金として二千払おう」
館の侵入者と師を静かに見ていた彼は何かを悟ったのか、カウンターの引き出しから白い麻袋を取り出した。金属の擦れる音が僅かに聞こえた。恐らくは金貨が詰まっている。それを無言でハリードに差し出す。袋の中から金貨を数枚掴み、それをまた袋の中へ戻す。確認が終わると曲刀を静かに鞘に収めた。
「いいだろう」
「頼んだぞ」
まるで嵐が過ぎ去ったような惨状。目の前で現実として起きている出来事に目を瞑りたくなる。二人の会話はあの通りだった。
床の上に転がっている弟子達を前に彼は溜息を軽くついていた。
「誰彼構わずに喧嘩を売るなと言っているだろう。……動ける者は重症な奴の手当てを。今薬を持ってくる」
そう言って彼はまた階段を上がっていった。
まだ呆然としている私の目の前に手がヒラヒラと振られる。「霧華さん、だいじょうぶ?」と声を掛けられ、顔を覗き込まれた。ごめん、と呟いた私の声は思った以上に掠れていた。
「怪我が軽いやつの手当てしてくれるかな。オレは先に傷口だけ塞いで回るから」
「…わかった」
「包帯とか救急用はそこの棚の左上。……動けそう?」
「大丈夫。ありがとう」
深く息を吸い込み、胸の動悸を鎮める。
棚の左上から包帯とガーゼ、清潔な布を抱えて先にカウンターを出た彼の後に続いた。
『腕の立つ冒険者が北のモウゼスに来ているようだ』
その噂を町の住人に聞いた時から妙な胸騒ぎを覚えた。その冒険者は大剣を軽々と振るう大男だとか、長い髪を風になびかせる身のこなしが軽い美女だとか。不確かな情報しか入ってこない。所詮、噂話なんてそんなものだった。
唯、確実な事が一つだけある。八人のうちの誰かがモウゼスに訪れている。遅かれ早かれ南のモウゼスにやって来る。
募る不安を抱える日々が続いていた。
「霧華さんってば」
「……あ。ごめん、なに?」
「いや、茶葉の缶持ったまま随分固まってたからさ」
いつの間にか考えに耽っていた。お茶の用意をロビーでしていたのに、四角い茶葉の缶を手に取ったまま自分の時を止めていたみたいだった。浮かない顔をしていると指摘され、はぐらかした所で通用せずに「なんかあったの?」とフェイル君は小首を傾げてきた。定位置であるカウンターの内側に背を預けて。フードから覗くライトゴールドの髪。母親譲りで自慢の髪だと前に話してくれた。洞察力が鋭いのは父親譲りだとも言う。
「なんでもないよ。ちょっと眠くてぼーっとしてたみたい」
「寝付けない人用の睡眠薬あるけど。いる?」
「えっ。あ、いや大丈夫!今ね、装飾品の作業がいい感じに進んでて…それでつい熱中しちゃっただけだから」
「そっか。まあ人の事言えないけどさ、眠れるときに寝といた方がいいと思う」
「う、うん」
質の良い睡眠を求めるはずが、それを遥かに通り越して永眠しそうだから要らない。なんて言えなかった。きっと彼らが自分で調合した薬なんだろう。
確かにここ数日は今までにないぐらい神経が張り詰めている。常に緊張状態で身体も疲れを訴えてはいるのだけど、寝付きも悪いし食欲も落ちている。このままじゃ不味い事は分かっているんだけど。
ロビー内でテーブルを囲む術士達の賑やかな話し声がふと耳についた。
「みんな何だか楽しそうに話してるね」
「ああ。実はボルカノ様から新しいアイテムが支給されたんだ。早く使ってみたくてさ。みんな浮足立ってんだ。何処で何に使うかその相談中ってわけ」
「ふーん。……新しいアイテム、か」
「町の外で前に蹴散らしたのとはまた別の魔物の群れが発見されてるらしくて。そこへ行こうかって話もしてるんだけど……」
ギィと重い音を立てた館の玄関扉が開いた。彼らの目が一斉にそちらへ向く。館に入ってきた一人の男。漆黒の衣服に鮮やかな赤いストール。この辺りでは見かけない風貌で、褐色の肌に真っ黒な長い髪を後ろに節を作るように束ねている。何よりも目を引くのは腰に下げられた湾曲した剣。彼が何者なのか特定するには充分すぎる特徴だった。北モウゼスに訪れていた冒険者はカムシーンの男、ハリードだ。
「何者だ!」
「ちょうどいい、新しいアイテムを試してみよう!」
彼の弟子一人が嬉々として前に歩み出る。次いで、我も我もと簡単な陣形を組んでハリードの前に立ちはだかった。館に入ってすぐに戦いを挑まれる理不尽。敵意を向けられた彼は仕方なく剣に手を掛けた。
前線に出た一人の術士がローブの裾を翻し、間合いを取る。巾着から取り出した橙色の小石を指の間に挟み込み、石つぶての様に侵入者に投げ放つ。風を切るように飛んだそれは標的に当たる手前で爆発を起こした。爆風と砂煙に周囲の視界が不鮮明になる。吸い込んだ煙を外へ追い出そうと咽ている中「おお、すげえ!」と外野の声が聞こえた。
刹那、砂煙が真っ二つに薙ぎ払われた。その中心から抜き身の曲刀を握る男が姿を現し、不意打ちで彼らに切りかかる。反射神経の良い一人がすぐさま反撃態勢を取り、術の詠唱を始めた。術士の体が赤く柔らかい光に包まれ、次第に光の強さを増した。右腕を頭上にかざした瞬間に赤い真空の刃が空間から現れ、物凄い速さでハリードに向かっていく。彼は身を低く屈め、朱鳥の刃を難なくと避ける。そして術士の懐へ一気に踏み込み、真っすぐに曲刀を振り下ろした後に素早く真上に振り上げた。真正面からその一撃を受けた術士の胸部から赤い血が溢れ出す。足元もおぼつかず、その場に倒れ伏した。それを皮切りに他の術士達がハリードを取り囲んで応戦しようとする。
もはや怪我人どころの騒ぎじゃない。まともに切り付けられた彼の手当ても早くしなければ多量出血で危険な状態に陥る。このままでは死者が出る。とてもじゃないけど見ていられない。
カウンターからロビーへ向かおうとしたのに、行く手を阻まれてしまう。肩を掴まれて、向こうには行かせないとブラウンの瞳がすっと細められた。普段見せない彼の表情に危機感が更に煽られる。
「駄目だ。霧華さんは危ないからここにいて。あいつ、結構やるみたいだし」
「でもっ!早く手当てしないと、傷が、血が……!」
直後、呼吸もままならない程の凄まじい風圧を肌に感じた。吹き飛ばされる。そう身構えた私を庇うように彼が風除けとなってくれた。バタバタと風にはためく布地、陶器の割れる音、飛ばされた何かが壁にぶつかる物音もした。
風は直ぐに収まったものの、ロビー側へ振り返った彼が小声で「やべ」と呟いたのが聞こえた。
ハリードの視線がこちらに向いている。取り囲んでいた術士は全て切り払われた後。床板を軋ませて近づく足音がやけに強調される。さっきの戦いで感情が昂ったのか、彼は戦場をくぐり抜けてきた戦士の眼差しを携えていた。
「おっと。……これ以上は近づかせない」と後ろ手に私を隠した彼が術の詠唱に入る。床板を蹴り上げたハリードの曲刀が振り上げられる。衝突はもう避けられない。どちらの攻撃が先手をとるのか、私は情けないことにそれをただ見ていることしかできなかった。
僅かな差で曲刀が振り下ろされようとした。その戦いを止めるようにと叫ぶ声が奥の階段から響いてきた。それを耳にした二人の動きがぴたりと静止する。
館の主はいつからこの惨事を見ていたのか。もしかしたらずっと傍観していたのかもしれない。ハリードの実力を知る為に。ふとそう思ってしまった私は考えを振り払った。
階段を下りてきた彼はロビーを見渡し、改めてハリードの方を凄むような眼で睨みつけた。愛刀をゆっくりと下ろしたハリードは刀身の血を振り払い、ふんと鼻を鳴らす。
「己の身に降りかかった火の粉を払ったまでだ」
「……どうやらそのようだ。手下達が失礼をしたようで。お許しください。……それにしても素晴らしい腕前をお持ちだ。半人前とは言え、これだけの術士を相手に立ち回れるとは。その腕を見込んでお願いがあります。北の術士ウンディーネを倒してほしい」
「オレは前金でなければ動かん主義でな」
「それでは、先程の御詫びと合わせて前金として二千払おう」
館の侵入者と師を静かに見ていた彼は何かを悟ったのか、カウンターの引き出しから白い麻袋を取り出した。金属の擦れる音が僅かに聞こえた。恐らくは金貨が詰まっている。それを無言でハリードに差し出す。袋の中から金貨を数枚掴み、それをまた袋の中へ戻す。確認が終わると曲刀を静かに鞘に収めた。
「いいだろう」
「頼んだぞ」
まるで嵐が過ぎ去ったような惨状。目の前で現実として起きている出来事に目を瞑りたくなる。二人の会話はあの通りだった。
床の上に転がっている弟子達を前に彼は溜息を軽くついていた。
「誰彼構わずに喧嘩を売るなと言っているだろう。……動ける者は重症な奴の手当てを。今薬を持ってくる」
そう言って彼はまた階段を上がっていった。
まだ呆然としている私の目の前に手がヒラヒラと振られる。「霧華さん、だいじょうぶ?」と声を掛けられ、顔を覗き込まれた。ごめん、と呟いた私の声は思った以上に掠れていた。
「怪我が軽いやつの手当てしてくれるかな。オレは先に傷口だけ塞いで回るから」
「…わかった」
「包帯とか救急用はそこの棚の左上。……動けそう?」
「大丈夫。ありがとう」
深く息を吸い込み、胸の動悸を鎮める。
棚の左上から包帯とガーゼ、清潔な布を抱えて先にカウンターを出た彼の後に続いた。