第一章
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
9.六条線の宝石
この世界に降り立ってから約一週間が経過。今まで自分の世界の服装で居たけれど、ようやく身なりを整えられた。先日のスライムの酸に靴を溶かされる事が無ければ私としてはあの服のままでも良かったのだ。館の当主も別に変じゃないと言っていた。けど、その考えは服を着替えてから改めさせられた。本当に着替えて良かったと思う。
服を着替えた後、彼の弟子や町の人達が口を揃えて「こっちの服の方が似合ってるよ」と言うのだ。ということは、やっぱり私の世界の服装はこちらではヘンテコだったというワケで。
そもそもボルカノさんは服装にこだわりが無いのかもしれない。特に女性物は。私が服を選んでいる時、一応建前で「これどうですかね」と何着か尋ねてみても同じ答えしか返ってこなかった。それどころか事あるごとに真顔で「赤を取り入れた方がいいんじゃないか」と言ってくるのでノーを叩きつけた。それでも尚且つ勧めてくるので埒が明かない。小物ぐらいならいいかと赤い物を店内で探し、隅に小さな花が刺繍された薄手の赤い大判ストールを選んだ。
服自体はワンピースで繋がった物を着用し、踝丈の黒いレギンスで素足を隠した。走り回る事もあるだろうから、動きやすさも取り入れたのだ。足元は熱に強い素材で編み上げたショートブーツ。首元に飾った赤いストールをアクセントに。これで丁度よく整った。
此処の生活にも慣れてきた。そこで、一人で外出したいなあとさりげなくアピールをする。が、許可は頑なに下りなかった。町中はそこまで危険じゃないと分かったし。魔物が押し寄せてくるわけでもないし、町の人だっていい人ばかりだ。それでも何かあったら困ると言って首を横に振られる。
今日も研究に没頭している隙を見計らって「雑貨屋に頼んだ荷物取りに行ってきますよ」と提案しても、直ぐに手元の本を閉じて自分の支度を始めてしまう。結局今日も保護者付き添いで雑貨屋を訪れることになった。
「おや、いらっしゃい」
「頼んでいた物を取りに来た」
「ああ、あれだね。ちょいとお待ち」
店のカウンターに居たのは奥さん一人だった。この雑貨屋は夫婦で営んでいる。勝手なイメージでは結構な年齢の人達なんだろうなあと最初は思っていた。それが実際にはだいぶ年も若くて、二人とも四十代と言っていたけどもっと若く見える。栗色の長い髪を高い位置で一つに括ったポニーテールが似合う綺麗な女性だった。性格は気さくで豪快。この世界のエレンとノーラを足して二で割った感じな気もした。
この時間帯はいつも店主が店番をしているはずが、今日は店の中にもその姿はない。
奥さんはカウンター奥の棚にある紙袋に手を伸ばし、その中からカードを一枚取り出して中身と確認していた。確認作業は直ぐに終わり、それをボルカノさんに引き渡す。
「最近よく来るね」
「……そうでもないと思うが」
「そんなことないさ。アンタの所の弟子はよく来るけど、自分で店に足を運ぶのは滅多に無いだろ?」
ボルカノさんは研究に没頭すると出不精になりがちだ。そのことを指しているんだろう。私がやたらと外に出たがるから、渋々外に出ているという感じもする。奥さんの視線が眉間に皺を寄せていたボルカノさんから私の方へと向いた。助手だという話は店主から聞いているんだろうけど、何となく気まずくて別の話を振る。
「御主人の姿が見えないですけど…お昼休み中なんですか?」
「それがねえ、ぎっくり腰やっちまって。しばらく動けそうにないって言うんだよ」
品出し中、木箱を持ち上げようとした際にやってしまったらしい。今はベッドの上でうんうん唸りながら療養中だそうだ。「年には勝てないねえ」と奥さんはカウンターに肘をついてふうと溜息をついた。
「うわあ……それは大変ですね。力仕事もあるのに一人だと」
「そうなのよ。少しでもいいから手伝ってくれる人、どこかにいたらいいんだけど。生憎都合のつく人がいなくてね」
こういった商売は一人でも欠けると負担が大きい。夫婦のみで従業員がいないなら尚更だ。ここの雑貨屋には何だかんだでお世話になっているし、私で力になれることがあればと考えるよりも先に口から出ていた。
「私でよければお手伝いしましょうか?力仕事はあまり役に立てませんけど…お店番とか掃除や陳列ならできますし」
「おい、何を勝手に」
「いいのかい?すごく助かるよ!じゃあ明日から早速お願いしようかね。仕事で使うものはこっちで用意しておくから。明日の朝にまた来ておくれ」
「はい!」
私達は女二人で話をトントン拍子に進め、手伝いをするという形で了承した。勝手に約束を取り付けてたのが大層気に入らないといった様子のボルカノさんをとりあえず店から引っ張り出す。帰り道はずっと難しい顔をしていた。
「勝手に話を進めるな。自分の立場が分かった上での発言なのか」
「いいじゃないですか。困ってる人放っておけないですよ。余計な事は喋りませんから!それに私が居ない方がボルカノさんの研究だって捗ると思いますよ」
調合等の作業中も声を掛ければ自分の手を止めて応じてくれる、こともある。でもその回数が増えれば増えるほど煩わしいと私は思うのだ。気にするなと本人は言うけど、進捗状況に響くのもよくないだろう。
理にかなった私の発言に顎へ手を当てて思案する彼。これはあと一押しでいける。
「それはそうだが」
「お願いします!」
絶対に自分が別世界から来たという話はしない。研究内容も喋らない。不利益になる事は口にしないと後押しをするうちに館へ帰ってきた。具体的な返事を貰えないまま部屋に戻ってきて、そこでようやく折れてくれた。
「いいだろう」
「やった!ありがとうございます!」
ボルカノさんはテーブルに持ち帰った紙袋を置いて、脱いだ手袋を書斎机に揃え置いた。仕方なく許可をしたという感じだけど、こちらは手放しで喜びたくなる。ご機嫌な私とは反対にあちらからは溜息が聞こえてきた。
彼の手が書斎机の引き出しを開けて中から何かを取り出した。それを私に差し出しながら「まだ試作段階だが」と話す。
手の平に乗せられた物は三センチ程の赤い宝石が付いた金のチェーンネックレス。深みのある紅の宝石は角度を変えた時に六条線が輝いて見えた。
「これって」
「土台はスタールビー。持ち主の身に災いが及んだ際に術が発動するよう護符を入れてある。…とは言え、試作品だ。昨日やっと安定した魔力を封入できたんだ。中々手こずらせてくれる」
アクセサリーの特徴を淡々と説明する。見た目はごく一般的な装飾品で私の世界にもありそうなものだ。これが御守り代わりになるのかあと感心していた。見る角度によって六条線が動いて見えた。確か、ルビーを加工する際に偶然できた内包物が光の屈折で六条の線を描きだす。綺麗な線が生まれる確率はかなり低いとも聞いた事があった。
「……って、スタールビーって希少価値の高い宝石ですよね」
「君の世界ではそうなのか。作業する上で容易に加工できる物を選んだだけだ。その程度の物なら抵抗なく身に着けられるだろう。雪だるまのブレスレットからヒントを得たつもりだ。……本当ならば魔力を都度充填できる物にしたかったんだが」
そう言いながら私の左腕へ目を向けた。高熱を出して寝込んだ日に雪だるまさんから預かった結晶のブレスレット。ボルカノさんに確認をしてもらった上で今も身に着けている。すっかり魔力を消費してしまい、冷気を放つようなことはない。今はただのアクセサリーとして気に入っていた。
「それがあれば一人でも出歩ける」
「……あ。もしかして、渋ってたのってまだ完成してなかったからですか」
「そうだ。完全に押し負けた。……くれぐれも無鉄砲な行動は控えるように」
「はーい。ありがとうございます、ボルカノさん」
早速チェーンの留め金を外して首から提げる。服装を選ばないシンプルなネックレスだ。窓ガラスに姿を映して、胸元に光る宝石を見ていると気分が良くなる。細工品で人を喜ばせるのはスゴイことですよと頬を緩ませながら言えば「そういうものなのか」と不思議そうに返された。
この世界に降り立ってから約一週間が経過。今まで自分の世界の服装で居たけれど、ようやく身なりを整えられた。先日のスライムの酸に靴を溶かされる事が無ければ私としてはあの服のままでも良かったのだ。館の当主も別に変じゃないと言っていた。けど、その考えは服を着替えてから改めさせられた。本当に着替えて良かったと思う。
服を着替えた後、彼の弟子や町の人達が口を揃えて「こっちの服の方が似合ってるよ」と言うのだ。ということは、やっぱり私の世界の服装はこちらではヘンテコだったというワケで。
そもそもボルカノさんは服装にこだわりが無いのかもしれない。特に女性物は。私が服を選んでいる時、一応建前で「これどうですかね」と何着か尋ねてみても同じ答えしか返ってこなかった。それどころか事あるごとに真顔で「赤を取り入れた方がいいんじゃないか」と言ってくるのでノーを叩きつけた。それでも尚且つ勧めてくるので埒が明かない。小物ぐらいならいいかと赤い物を店内で探し、隅に小さな花が刺繍された薄手の赤い大判ストールを選んだ。
服自体はワンピースで繋がった物を着用し、踝丈の黒いレギンスで素足を隠した。走り回る事もあるだろうから、動きやすさも取り入れたのだ。足元は熱に強い素材で編み上げたショートブーツ。首元に飾った赤いストールをアクセントに。これで丁度よく整った。
此処の生活にも慣れてきた。そこで、一人で外出したいなあとさりげなくアピールをする。が、許可は頑なに下りなかった。町中はそこまで危険じゃないと分かったし。魔物が押し寄せてくるわけでもないし、町の人だっていい人ばかりだ。それでも何かあったら困ると言って首を横に振られる。
今日も研究に没頭している隙を見計らって「雑貨屋に頼んだ荷物取りに行ってきますよ」と提案しても、直ぐに手元の本を閉じて自分の支度を始めてしまう。結局今日も保護者付き添いで雑貨屋を訪れることになった。
「おや、いらっしゃい」
「頼んでいた物を取りに来た」
「ああ、あれだね。ちょいとお待ち」
店のカウンターに居たのは奥さん一人だった。この雑貨屋は夫婦で営んでいる。勝手なイメージでは結構な年齢の人達なんだろうなあと最初は思っていた。それが実際にはだいぶ年も若くて、二人とも四十代と言っていたけどもっと若く見える。栗色の長い髪を高い位置で一つに括ったポニーテールが似合う綺麗な女性だった。性格は気さくで豪快。この世界のエレンとノーラを足して二で割った感じな気もした。
この時間帯はいつも店主が店番をしているはずが、今日は店の中にもその姿はない。
奥さんはカウンター奥の棚にある紙袋に手を伸ばし、その中からカードを一枚取り出して中身と確認していた。確認作業は直ぐに終わり、それをボルカノさんに引き渡す。
「最近よく来るね」
「……そうでもないと思うが」
「そんなことないさ。アンタの所の弟子はよく来るけど、自分で店に足を運ぶのは滅多に無いだろ?」
ボルカノさんは研究に没頭すると出不精になりがちだ。そのことを指しているんだろう。私がやたらと外に出たがるから、渋々外に出ているという感じもする。奥さんの視線が眉間に皺を寄せていたボルカノさんから私の方へと向いた。助手だという話は店主から聞いているんだろうけど、何となく気まずくて別の話を振る。
「御主人の姿が見えないですけど…お昼休み中なんですか?」
「それがねえ、ぎっくり腰やっちまって。しばらく動けそうにないって言うんだよ」
品出し中、木箱を持ち上げようとした際にやってしまったらしい。今はベッドの上でうんうん唸りながら療養中だそうだ。「年には勝てないねえ」と奥さんはカウンターに肘をついてふうと溜息をついた。
「うわあ……それは大変ですね。力仕事もあるのに一人だと」
「そうなのよ。少しでもいいから手伝ってくれる人、どこかにいたらいいんだけど。生憎都合のつく人がいなくてね」
こういった商売は一人でも欠けると負担が大きい。夫婦のみで従業員がいないなら尚更だ。ここの雑貨屋には何だかんだでお世話になっているし、私で力になれることがあればと考えるよりも先に口から出ていた。
「私でよければお手伝いしましょうか?力仕事はあまり役に立てませんけど…お店番とか掃除や陳列ならできますし」
「おい、何を勝手に」
「いいのかい?すごく助かるよ!じゃあ明日から早速お願いしようかね。仕事で使うものはこっちで用意しておくから。明日の朝にまた来ておくれ」
「はい!」
私達は女二人で話をトントン拍子に進め、手伝いをするという形で了承した。勝手に約束を取り付けてたのが大層気に入らないといった様子のボルカノさんをとりあえず店から引っ張り出す。帰り道はずっと難しい顔をしていた。
「勝手に話を進めるな。自分の立場が分かった上での発言なのか」
「いいじゃないですか。困ってる人放っておけないですよ。余計な事は喋りませんから!それに私が居ない方がボルカノさんの研究だって捗ると思いますよ」
調合等の作業中も声を掛ければ自分の手を止めて応じてくれる、こともある。でもその回数が増えれば増えるほど煩わしいと私は思うのだ。気にするなと本人は言うけど、進捗状況に響くのもよくないだろう。
理にかなった私の発言に顎へ手を当てて思案する彼。これはあと一押しでいける。
「それはそうだが」
「お願いします!」
絶対に自分が別世界から来たという話はしない。研究内容も喋らない。不利益になる事は口にしないと後押しをするうちに館へ帰ってきた。具体的な返事を貰えないまま部屋に戻ってきて、そこでようやく折れてくれた。
「いいだろう」
「やった!ありがとうございます!」
ボルカノさんはテーブルに持ち帰った紙袋を置いて、脱いだ手袋を書斎机に揃え置いた。仕方なく許可をしたという感じだけど、こちらは手放しで喜びたくなる。ご機嫌な私とは反対にあちらからは溜息が聞こえてきた。
彼の手が書斎机の引き出しを開けて中から何かを取り出した。それを私に差し出しながら「まだ試作段階だが」と話す。
手の平に乗せられた物は三センチ程の赤い宝石が付いた金のチェーンネックレス。深みのある紅の宝石は角度を変えた時に六条線が輝いて見えた。
「これって」
「土台はスタールビー。持ち主の身に災いが及んだ際に術が発動するよう護符を入れてある。…とは言え、試作品だ。昨日やっと安定した魔力を封入できたんだ。中々手こずらせてくれる」
アクセサリーの特徴を淡々と説明する。見た目はごく一般的な装飾品で私の世界にもありそうなものだ。これが御守り代わりになるのかあと感心していた。見る角度によって六条線が動いて見えた。確か、ルビーを加工する際に偶然できた内包物が光の屈折で六条の線を描きだす。綺麗な線が生まれる確率はかなり低いとも聞いた事があった。
「……って、スタールビーって希少価値の高い宝石ですよね」
「君の世界ではそうなのか。作業する上で容易に加工できる物を選んだだけだ。その程度の物なら抵抗なく身に着けられるだろう。雪だるまのブレスレットからヒントを得たつもりだ。……本当ならば魔力を都度充填できる物にしたかったんだが」
そう言いながら私の左腕へ目を向けた。高熱を出して寝込んだ日に雪だるまさんから預かった結晶のブレスレット。ボルカノさんに確認をしてもらった上で今も身に着けている。すっかり魔力を消費してしまい、冷気を放つようなことはない。今はただのアクセサリーとして気に入っていた。
「それがあれば一人でも出歩ける」
「……あ。もしかして、渋ってたのってまだ完成してなかったからですか」
「そうだ。完全に押し負けた。……くれぐれも無鉄砲な行動は控えるように」
「はーい。ありがとうございます、ボルカノさん」
早速チェーンの留め金を外して首から提げる。服装を選ばないシンプルなネックレスだ。窓ガラスに姿を映して、胸元に光る宝石を見ていると気分が良くなる。細工品で人を喜ばせるのはスゴイことですよと頬を緩ませながら言えば「そういうものなのか」と不思議そうに返された。