第一章
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8.火の鳥
「試し撃ちに行かないか」
そう言われたのは昼の二時過ぎだった。
私は朝からレシピ通りに数種類の試作品を作り続けている。素材の扱いや作業工程にもだいぶ慣れてきて、少し気を緩めるぐらいの余裕は出てきた。
その間、ボルカノさんは自室の文献を読み漁っていた。昼食直前までテーブルの脇に積み上げられていた書物は綺麗に片付けられていた。学者とか研究者肌の人は部屋が散らかりやすいと勝手に思っていたけど、案外綺麗好きのようだ。
ただし食事や睡眠は優先順位が低いようで。不規則な生活を送っている。今日もお昼ご飯の前にテーブル上を片付けて欲しいと声をかけたら渋々と協力してくれた。それから約二時間。不機嫌だろうなあと思って敢えて声をかけずにいたらさっきの台詞だ。一転して嬉々とした様子が表情から滲み出ている。
私はフラスコに伸ばしていた手を止めた。
「試し撃ちって、アイテムのですか」
「そうだ。折角出来の良い作りに仕上がったんだ、使ってみない手はない。それに威力を知っておかなければ今後の改善点も見つけられないだろ。丁度町の外で魔物の群れが目撃されている。小さな群れのようだが……片付けておいた方がいい」
「実験対象は魔物なんですね」
「当たり前だ。有事でも無いのに町中で火柱を上げる訳にはいかん」
その辺は町を統治している自覚があるのか常識的な考え方で安心。町中で騒動を起こさないのはいいけれど、私としては町の外に出るのが不安で仕方ない。
「それはそうでしょうけど。……私、町の外に出た事ないし。はっきり言って怖いからイヤです」
町の外へ出た瞬間に魔物に襲われ、致命傷どころかあの世行きになりかねない。死ぬなら自分の世界で家族や友人に見送られたい。
「存外怖がりだな」
「ボルカノさんと違って私はただの一般ピープルですもん」
「その為にこれがある」
私の言い分も何のその。ボルカノさんは手の中にある小石を私に見せてきた。真っ赤に燃えた炎が石の中に閉じ込められている。数日前に私が作った火星の砂だ。
「身を護る方法を少なからず覚えておくのも悪くないと思うがな。いざという時にはオレがついている。心配するな」
「……うう。分かりましたよ。行きます」
「よし。そうとなれば支度を」
私の言い分は鼻から受け入れて貰えなかったようだ。人の話を聞かない節がたまに傷だと思う。
ファンタジー物は好き。だけど、実際に目にしたら怖くて足が竦んでしまう。いつから保守的になったのだろうか。子ども時代は何だって挑戦していた。知らない道を歩いたり、探偵やスパイごっこをしてみたり、かくれんぼでちょっと危険な場所に隠れてみたりもした。あんなに活動的だった自分はどこへいってしまったのか。自分の背丈以上の雑草の中をかき分けて進んで、探検隊の一員になっていた幼い頃。今となってはとてもじゃないけど考えられない。まるで別人に生まれ変わったような気持ちさえする。
夢を見ていた子どもから大人へ成長する時に、冒険心をどこかへ置いてきた。荷物だからといって。
その冒険心を拾いに戻ろうとしている自分がいる。好奇心が少しずつ膨らんでいた。
◇◆◇
モウゼスの南側から町の外へ。十分ばかり街路を歩き、ちょっとした岩陰を見つけた。そこへ忍び寄り、大きな岩に身を隠した。そこから示された方向を覗き見ると、少し窪んだ場所に緑色の体液をジェル状に固めた生命体、所謂スライムがうじゃうじゃと集まっていた。奴らは獲物を体内に取り込んで養分として吸収する魔物だと特徴を説明してくれる。集まるスライムの中には成れの果てである人骨の一部や頭蓋骨が剥き出しになっていた。とてもじゃないが見目は良くない。
「うわ……グロテスク」
「まだ数は少ないな。こちらにも気づいていないし……先制で叩くなら今のうちだ」
ゼリーを見ると勝手にこれらが連想されてしまいそうで、暫くの間は胃が受け付けそうにない。
そんなことを考えているうちに革袋が手渡された。袋の中には火星の砂が幾つか入っている。それを一つ取り出し、ボルカノさんが親指で群れの方をくいっと示した。
「群れの中心に投げ込んでやれ」
「……届くかな」
「半径十メートル以内に爆風が行き届く設計だ。多少狙いが外れてもいい。思い切り投げろ」
それはつまり、手前に落下したら自分達も危ないと言う示唆。爆風に巻き込まれたらどうしようかと悩み出してしまう始末。でも、これ以上悩んでいる暇はない。あちらに気付かれてしまう。
私は思い切ってソラマメ大の小石をスライムの群れ目掛けて投げ込んだ。
大きな弧を描いて飛んでいったそれは群れの中心部にことりと落ちる。二秒も経たないうちに珪砂が渦を巻き始め、激しい火柱がスライムの群れ一帯を包み込んだ。轟々と音を立て、熱された空気が岩陰に流れ込んでくる。
一分ほど燃えただろうか。鎮火した後には僅かなスライムの残骸のみ。現場を知らない人間から見ればただの水たまりと信じてしまうだろう。あまりの威力に言葉を失いかけていた。
「う、わ……すごい」
「ふむ。予想を上回る威力だな。標的に命中していればもっと威力は増した」
「……自分で作った物がこんだけ威力あるのもびっくりしましたけど、冷静に分析できているボルカノさんも凄いです」
「何を言ってる。本来ならば君がやるべき事だぞ。第一段階はクリア。やはり実際に確かめなければ見えてくる課題点も出てくる。課題は石の形状と含有量だな」
初戦闘、初アイテム使用、初魔物撃退という初だらけな私の代わりに分析をあーだこーだと述べてくれる。
ボルカノさんの独り言を一先ず聞き流していた。どうせ聞いても私にはわからないことだらけだ。とりあえずこの辺はまた作る時に聞けばいいだろう。
いつ終わるかなと彼を見上げていた。その時、左足にひやりとした感触が。直後に熱湯を浴びたような熱さと痛みが走った。
声にならない悲鳴が喉の奥から漏れた。
足元にはいつの間にか這い寄っていたスライムが一匹。触れた左靴の爪先が焼け溶けていく。
マズイ。本能が警鐘を鳴らしているも、身体が動かない。咄嗟の出来事に神経系統が全て麻痺していた。スライムが左足を伝ってよじ登ろうとする。あ、もう駄目だ。短い人生だったな。走馬灯がよぎるよりも先にぐいと肩を引き寄せられた。
耳元で聞こえた短い呪文の詠唱。直後に熱風が巻き起こる。足元にいたスライムは炎の風に包まれた後に跡形もなく消失した。
それで終わりかと胸を撫で下ろすのも束の間。まだ群れの残党がいたようだ。周囲を這うゲル状の生物にボルカノさんは掌を突き出し、先ほどよりも長い詠唱を始めた。緑色の炎が掌から揺らめき、渦巻いた炎が大きな鳥の姿に形を変えた。真っ赤に燃え盛る羽、孔雀の様に長い尾羽から火の粉が降り注いでいた。火の鳥は咆哮を上げ、物凄いスピードで周囲のスライムを焼き尽くしていく。
やがて、役目を終えた火の鳥は空高く舞い上がって消えた。私はただそれを口を半開きにして見上げていた。初めて見た火の鳥に「かっこいい」と感嘆の声を漏らす。
「大丈夫か」
夢中で見惚れていたせいか、足先の痛みも忘れていた。ボルカノさんに声を掛けられて我に返ったと同時に足が痛み出した。しゃがみ込んだ私の足元に彼も膝を屈めて、左足の靴に手を掛ける。革靴に空いた見事な穴。甲の部分も溶け崩れていて、靴下を脱いで現れた皮膚は足先から甲にかけて真っ赤になっていた。ほんの数秒触れただけだというのに、なんて恐ろしいんだ。
「だ、…大丈夫じゃなかった。これはヒドイ」
「酸にやられたな。……この程度なら火傷の薬で間に合う。すまない。オレの過失だ」
「ボルカノさんのせいじゃないですよ。気づかなかったの私の方だし……一人だったら今頃スライムの養分にされてました」
申し訳ないと目を伏せられたので、私は首を横へ振った。一人では何も行動できなかったと思う。スライムに取り込まれた人骨の一部になっていたかと思うと、今頃になってゾッとしてきた。
幸いにも足先の火傷だけで済んだし、この程度なら歩くこともできる。と、立ち上がろうとするより先に膝裏と背を支えられて、抱え上げられてしまった。
「えっ!?ちょ、ボルカノさん!?」
「暴れるなよ」
「あ、歩けます!一人で!」
「下手に動かさない方がいい。それに此処から早く移動しなければ他の魔物達が嗅ぎつけてくる」
足を引きずりながら亀並みに歩かれても困る。暴れたらそのまま落とすぞという意図に捉えた私は黙って抱えられることにした。人間を一人抱えているにも関わらず、歩くスピードが全く落ちない。
「……重くないですか」
「軽いが?もう少し体力をつけた方が良いんじゃないか」
「…ボルカノさんに言われたくないです」
「オレは術士だからいいんだ。それに弓を引く力くらいはある」
「弓?」
意外な事実に驚きを隠せなかった。いや、そうでもなかった。あれはそう、井戸の前でウンディーネ&ボルカノ戦の時だ。水と炎対策をして高を括っていたらいきなり死ね矢を打ち込まれて主戦力のエレンが倒れた苦い思い出がある。
「へ、へえー……弓って、力要りますよね」
「狩猟用の弓は力の無い者でも弓を引けるがな。オレが扱う弓は特殊な物だ。並大抵の力では引けん」
「へーすごいですねー」
弓道部の友人が前に話していた。弓を引く際は集中力を高めなければ命中率が下がると。大会の応援に行った時に見た凛々しい顔つきを今でも覚えている。弓は集中力を必要とする術士にもお誂え向きの武器なのかもしれない。
「新しい靴が必要だな」とボルカノさんがぽつりと呟いた。私がこの世界に来た時、部屋履きのスリッパでいた為に外履きの靴を急遽用意してくれたのだ。ぺたんこの革靴は軽くて足に馴染んでいたから気に入っていたのだけど、こうも早く駄目にしてしまったのが申し訳ない。
「すみません折角用意してもらったのに」
「熱に強い素材もある。今度はその方がいいだろうな。……ついでに服も買うか」
「え、いいですよ。無駄な出費しなくても」
「……それならば勝手に見繕ってくるが。文句は一切受け付けんぞ」
「ぜひ自分に選ばせてください」
この人に任せたら真っ赤な衣装に靴を持ってきそうでならない。赤は嫌いじゃないけど、限度ってものがある。しかも返品不可というなら自分で選ぶしかない。
「女物は良く分からんからな。そうしてくれ。……せめてもの詫びだ」
「試し撃ちに行かないか」
そう言われたのは昼の二時過ぎだった。
私は朝からレシピ通りに数種類の試作品を作り続けている。素材の扱いや作業工程にもだいぶ慣れてきて、少し気を緩めるぐらいの余裕は出てきた。
その間、ボルカノさんは自室の文献を読み漁っていた。昼食直前までテーブルの脇に積み上げられていた書物は綺麗に片付けられていた。学者とか研究者肌の人は部屋が散らかりやすいと勝手に思っていたけど、案外綺麗好きのようだ。
ただし食事や睡眠は優先順位が低いようで。不規則な生活を送っている。今日もお昼ご飯の前にテーブル上を片付けて欲しいと声をかけたら渋々と協力してくれた。それから約二時間。不機嫌だろうなあと思って敢えて声をかけずにいたらさっきの台詞だ。一転して嬉々とした様子が表情から滲み出ている。
私はフラスコに伸ばしていた手を止めた。
「試し撃ちって、アイテムのですか」
「そうだ。折角出来の良い作りに仕上がったんだ、使ってみない手はない。それに威力を知っておかなければ今後の改善点も見つけられないだろ。丁度町の外で魔物の群れが目撃されている。小さな群れのようだが……片付けておいた方がいい」
「実験対象は魔物なんですね」
「当たり前だ。有事でも無いのに町中で火柱を上げる訳にはいかん」
その辺は町を統治している自覚があるのか常識的な考え方で安心。町中で騒動を起こさないのはいいけれど、私としては町の外に出るのが不安で仕方ない。
「それはそうでしょうけど。……私、町の外に出た事ないし。はっきり言って怖いからイヤです」
町の外へ出た瞬間に魔物に襲われ、致命傷どころかあの世行きになりかねない。死ぬなら自分の世界で家族や友人に見送られたい。
「存外怖がりだな」
「ボルカノさんと違って私はただの一般ピープルですもん」
「その為にこれがある」
私の言い分も何のその。ボルカノさんは手の中にある小石を私に見せてきた。真っ赤に燃えた炎が石の中に閉じ込められている。数日前に私が作った火星の砂だ。
「身を護る方法を少なからず覚えておくのも悪くないと思うがな。いざという時にはオレがついている。心配するな」
「……うう。分かりましたよ。行きます」
「よし。そうとなれば支度を」
私の言い分は鼻から受け入れて貰えなかったようだ。人の話を聞かない節がたまに傷だと思う。
ファンタジー物は好き。だけど、実際に目にしたら怖くて足が竦んでしまう。いつから保守的になったのだろうか。子ども時代は何だって挑戦していた。知らない道を歩いたり、探偵やスパイごっこをしてみたり、かくれんぼでちょっと危険な場所に隠れてみたりもした。あんなに活動的だった自分はどこへいってしまったのか。自分の背丈以上の雑草の中をかき分けて進んで、探検隊の一員になっていた幼い頃。今となってはとてもじゃないけど考えられない。まるで別人に生まれ変わったような気持ちさえする。
夢を見ていた子どもから大人へ成長する時に、冒険心をどこかへ置いてきた。荷物だからといって。
その冒険心を拾いに戻ろうとしている自分がいる。好奇心が少しずつ膨らんでいた。
◇◆◇
モウゼスの南側から町の外へ。十分ばかり街路を歩き、ちょっとした岩陰を見つけた。そこへ忍び寄り、大きな岩に身を隠した。そこから示された方向を覗き見ると、少し窪んだ場所に緑色の体液をジェル状に固めた生命体、所謂スライムがうじゃうじゃと集まっていた。奴らは獲物を体内に取り込んで養分として吸収する魔物だと特徴を説明してくれる。集まるスライムの中には成れの果てである人骨の一部や頭蓋骨が剥き出しになっていた。とてもじゃないが見目は良くない。
「うわ……グロテスク」
「まだ数は少ないな。こちらにも気づいていないし……先制で叩くなら今のうちだ」
ゼリーを見ると勝手にこれらが連想されてしまいそうで、暫くの間は胃が受け付けそうにない。
そんなことを考えているうちに革袋が手渡された。袋の中には火星の砂が幾つか入っている。それを一つ取り出し、ボルカノさんが親指で群れの方をくいっと示した。
「群れの中心に投げ込んでやれ」
「……届くかな」
「半径十メートル以内に爆風が行き届く設計だ。多少狙いが外れてもいい。思い切り投げろ」
それはつまり、手前に落下したら自分達も危ないと言う示唆。爆風に巻き込まれたらどうしようかと悩み出してしまう始末。でも、これ以上悩んでいる暇はない。あちらに気付かれてしまう。
私は思い切ってソラマメ大の小石をスライムの群れ目掛けて投げ込んだ。
大きな弧を描いて飛んでいったそれは群れの中心部にことりと落ちる。二秒も経たないうちに珪砂が渦を巻き始め、激しい火柱がスライムの群れ一帯を包み込んだ。轟々と音を立て、熱された空気が岩陰に流れ込んでくる。
一分ほど燃えただろうか。鎮火した後には僅かなスライムの残骸のみ。現場を知らない人間から見ればただの水たまりと信じてしまうだろう。あまりの威力に言葉を失いかけていた。
「う、わ……すごい」
「ふむ。予想を上回る威力だな。標的に命中していればもっと威力は増した」
「……自分で作った物がこんだけ威力あるのもびっくりしましたけど、冷静に分析できているボルカノさんも凄いです」
「何を言ってる。本来ならば君がやるべき事だぞ。第一段階はクリア。やはり実際に確かめなければ見えてくる課題点も出てくる。課題は石の形状と含有量だな」
初戦闘、初アイテム使用、初魔物撃退という初だらけな私の代わりに分析をあーだこーだと述べてくれる。
ボルカノさんの独り言を一先ず聞き流していた。どうせ聞いても私にはわからないことだらけだ。とりあえずこの辺はまた作る時に聞けばいいだろう。
いつ終わるかなと彼を見上げていた。その時、左足にひやりとした感触が。直後に熱湯を浴びたような熱さと痛みが走った。
声にならない悲鳴が喉の奥から漏れた。
足元にはいつの間にか這い寄っていたスライムが一匹。触れた左靴の爪先が焼け溶けていく。
マズイ。本能が警鐘を鳴らしているも、身体が動かない。咄嗟の出来事に神経系統が全て麻痺していた。スライムが左足を伝ってよじ登ろうとする。あ、もう駄目だ。短い人生だったな。走馬灯がよぎるよりも先にぐいと肩を引き寄せられた。
耳元で聞こえた短い呪文の詠唱。直後に熱風が巻き起こる。足元にいたスライムは炎の風に包まれた後に跡形もなく消失した。
それで終わりかと胸を撫で下ろすのも束の間。まだ群れの残党がいたようだ。周囲を這うゲル状の生物にボルカノさんは掌を突き出し、先ほどよりも長い詠唱を始めた。緑色の炎が掌から揺らめき、渦巻いた炎が大きな鳥の姿に形を変えた。真っ赤に燃え盛る羽、孔雀の様に長い尾羽から火の粉が降り注いでいた。火の鳥は咆哮を上げ、物凄いスピードで周囲のスライムを焼き尽くしていく。
やがて、役目を終えた火の鳥は空高く舞い上がって消えた。私はただそれを口を半開きにして見上げていた。初めて見た火の鳥に「かっこいい」と感嘆の声を漏らす。
「大丈夫か」
夢中で見惚れていたせいか、足先の痛みも忘れていた。ボルカノさんに声を掛けられて我に返ったと同時に足が痛み出した。しゃがみ込んだ私の足元に彼も膝を屈めて、左足の靴に手を掛ける。革靴に空いた見事な穴。甲の部分も溶け崩れていて、靴下を脱いで現れた皮膚は足先から甲にかけて真っ赤になっていた。ほんの数秒触れただけだというのに、なんて恐ろしいんだ。
「だ、…大丈夫じゃなかった。これはヒドイ」
「酸にやられたな。……この程度なら火傷の薬で間に合う。すまない。オレの過失だ」
「ボルカノさんのせいじゃないですよ。気づかなかったの私の方だし……一人だったら今頃スライムの養分にされてました」
申し訳ないと目を伏せられたので、私は首を横へ振った。一人では何も行動できなかったと思う。スライムに取り込まれた人骨の一部になっていたかと思うと、今頃になってゾッとしてきた。
幸いにも足先の火傷だけで済んだし、この程度なら歩くこともできる。と、立ち上がろうとするより先に膝裏と背を支えられて、抱え上げられてしまった。
「えっ!?ちょ、ボルカノさん!?」
「暴れるなよ」
「あ、歩けます!一人で!」
「下手に動かさない方がいい。それに此処から早く移動しなければ他の魔物達が嗅ぎつけてくる」
足を引きずりながら亀並みに歩かれても困る。暴れたらそのまま落とすぞという意図に捉えた私は黙って抱えられることにした。人間を一人抱えているにも関わらず、歩くスピードが全く落ちない。
「……重くないですか」
「軽いが?もう少し体力をつけた方が良いんじゃないか」
「…ボルカノさんに言われたくないです」
「オレは術士だからいいんだ。それに弓を引く力くらいはある」
「弓?」
意外な事実に驚きを隠せなかった。いや、そうでもなかった。あれはそう、井戸の前でウンディーネ&ボルカノ戦の時だ。水と炎対策をして高を括っていたらいきなり死ね矢を打ち込まれて主戦力のエレンが倒れた苦い思い出がある。
「へ、へえー……弓って、力要りますよね」
「狩猟用の弓は力の無い者でも弓を引けるがな。オレが扱う弓は特殊な物だ。並大抵の力では引けん」
「へーすごいですねー」
弓道部の友人が前に話していた。弓を引く際は集中力を高めなければ命中率が下がると。大会の応援に行った時に見た凛々しい顔つきを今でも覚えている。弓は集中力を必要とする術士にもお誂え向きの武器なのかもしれない。
「新しい靴が必要だな」とボルカノさんがぽつりと呟いた。私がこの世界に来た時、部屋履きのスリッパでいた為に外履きの靴を急遽用意してくれたのだ。ぺたんこの革靴は軽くて足に馴染んでいたから気に入っていたのだけど、こうも早く駄目にしてしまったのが申し訳ない。
「すみません折角用意してもらったのに」
「熱に強い素材もある。今度はその方がいいだろうな。……ついでに服も買うか」
「え、いいですよ。無駄な出費しなくても」
「……それならば勝手に見繕ってくるが。文句は一切受け付けんぞ」
「ぜひ自分に選ばせてください」
この人に任せたら真っ赤な衣装に靴を持ってきそうでならない。赤は嫌いじゃないけど、限度ってものがある。しかも返品不可というなら自分で選ぶしかない。
「女物は良く分からんからな。そうしてくれ。……せめてもの詫びだ」