ひがんのひなぎくたち

六、複雑


「きょうのおやつなんだろう」
「お前そればっかだな」
「ゆいいつのたのしみなんだから、いいでしょ」
「はいはい」

 会話を楽しみながら閻魔庁の回廊を歩く五官王ごかんおうと閻魔王。そんな折、目の前から秦広王しんこうおうが向かってきた。途端に閻魔王は口を閉ざし、秦広王の方を見る。

 すれ違いざま互いを見るも、何か言うこともなく通り過ぎる。毎回五官王はこの絶妙な空気の中、どう振る舞うのが正解なのか分からなかった。

 少し歩いた所で閻魔王は立ち止まり、後ろを振り返る。五官王も同じようにするも、秦広王の姿はもうどこにもなかった。

「なあ、閻魔」
「なあに」
「お前と秦広王ってその……。なんかあったの」

 毎回この空気に巻き込まれるのだ。少しくらい踏み込んでも良いだろう。視線を外し頭を何となしに掻く。

 閻魔王は聞かれるとは思っていなかったのだろう。驚いた表情をするも、直ぐに笑顔を浮かべ首を横に振った。

「なんにも、ないんだ」
「本当に?」
「うん。けんかをしたわけでもない。だから、なんにもない」

 秦広王がいたであろう方向を見て、閻魔王は寂しげに笑う。この言葉を聞いても、五官王は信じられなかった。何も無いわけがない。秦広王から舌打ちをされ、閻魔王と話しているとわざと席を外すのだ。

 ――相当根深い何かがある筈なんだよな。でも何もねえって言われたら、これ以上聞き出すのは無理そうだし。……周りから攻めてみるか。

 そこまで考えると、五官王は務めて明るく声を発した。

「なあ、閻魔って生まれいつ?」

 現十王じゅうおうから生前の名前を聞くのは禁止されている。だが、それ以外なら聞いても問題ないだろう。

 秦広王との事を深掘りされないで安心したのか、閻魔王も明るく返す。

「いつってなに?」

 首を傾げて聞かれる。まさか聞き返されるとは思わず、驚いてしまう。

「いつって、ほら……。平成とか昭和」
「なまえ、わかんない。いってくれたら、わかるかも」

 年号を令和から遡るように言う。明治まで言うも、閻魔王は頷かない。まさか、もっと以前の人なのだろうか。

「なあ、まさか閻魔って江戸より前の人?」
「あっ、それだ!えどってやつ」

 目を丸くして驚く。十王候補は様々な時代の生まれが集まっているも、江戸生まれがいるとは思わなかった。五官王は何も言わずに閻魔王を見る。

 ――失礼過ぎるから言わねえけど、えんまって知らない事多いし、色々さぼるから、きっと金持ちだったんだろうな。

 豪商の息子で、何人かいる兄弟の末っ子だったに違いない。そう思い、もう一度閻魔王を見る。なんとなく、金持ちオーラが見えたような気がした。

「羨ましい」

 思わず声が漏れ出ていた。閻魔王は一瞬複雑そうな表情になるも、直ぐに笑顔を浮かべる。

「そんなにいいものじゃないよ」
「んな訳ねえだろ」

 からかうように言うも、閻魔王はほんの少し困ったように笑う。

「ごかんくん、このはなしもうやめよう。はやくおやつたべにいきたい」

 これ以上は聞くな。そう言っているようにも聞こえた。もしかしたら、何か複雑な事情があるのかもしれない。勝手に想像して羨ましがった事を、五官王は恥じた。人には見えない苦しみがある。誰よりも分かっていた筈だった。

「閻魔、なんか悪い」
「ん?なにが」
「……えっと」
「いろいろきかれたこと、べつにきにしてないよ」

 それだけ返すと逃げるように閻魔王は走り出す。待てよと言いながら五官王は後を追った。
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