ひがんのひなぎくたち

四、不安


 その日は珍しく、秦広王しんこうおう五官王ごかんおうは同じ部屋で仕事をしていた。だが、朝から一度も会話を交わすことなく、淡々と仕事をこなしていた。秦広王の傍には女性冥官みょうかんが控えており、時折話をしていた。

 ――秦広王、初めて会った時からあんま話した事無いんだよな。一方的に嫌われてるっぽいし。

 初対面で何かしたわけでもない。最近は無くなったが、一年前はすれ違う度に舌打ちをされていた。思い浮かぶとすれば、それは閻魔王だ。時折同じ部屋で仕事をするも、閻魔王が自分へ話し掛けると、直ぐにどこかへ消えてしまう。酷い時はそのまま戻って来ない日もあった。

 ――多分、閻魔と俺でつるんでるのが気に食わねえんだろうな。知らんけど。

 気付かれないよう溜息を吐く。十王じゅうおうへ就任する迄に、この溝はなんとか埋めておきたい。そうは思うのだが、どうすれば良いのか分からなかった。

 そんな時、勢いよく扉が開く。ノックもせずに入ってくるとすれば、閻魔王しかいない。

「あっ!やっとみつけた!」

 無邪気な声で言うと、五官王の方へと近付いてくる。これは、まずいかもしれない。そう思った時、やはり秦広王は立ち上がると、冥官と共に部屋から出て行ってしまった。

 すれ違いざま、閻魔王と秦広王は一瞬だけお互いを見ていた。だが、直ぐに秦広王は視線を外した。

「ねえ、ごかんくん」
「……ん、何」

 二人の微妙な空気に五官王は気が付くも、気安く触れたらいけないような気がし、気にしないようにした。

「えっとね、きょうなんだけど――」

 閻魔王が何か言おうとした瞬間、ノックの音が部屋に響いた。小声で謝ってから、五官王は扉の向こうにいるであろう人へ、どうぞと言う。

「五官様、お父上である五官王からの伝言です。キリのいい所まで終えたら、一度五官庁へ来て欲しいとの事です」
「分かりました。ありがとうございます」

 冥官はそれだけ言うと、直ぐに部屋から出て行った。ちらりと閻魔王へ視線をやる。扉の方をじっと眺めていた。

「あー……。閻魔、せっかく来てくれて悪いんだけど、今から父上の所へ行かなきゃいけないから、また後でな」

 一瞬、いつもの笑顔が無くなったように見えた。

 気の所為かと思うも、気が付けば閻魔王はいつもの笑みを浮かべていた。

「うん、またあとで……」

 机の上を少し整えてから、五官王は立ち上がると閻魔王を残して部屋から出て行った。

 五官王がいなくなるのを見届けた後、閻魔王は真顔へとなった。

「みんな、いそがしそうだなあ」

 そう呟くも、誰も返事をしない。いつもなら、閻魔王の隣には冥官が控えている。しかし、今日は忙しいのか朝から一人だった。時期十王候補には、何かしら現十王から仕事を割り振られている。だが、現閻魔大王は、何故か閻魔王には何も仕事を与えてはくれなかった。

「……きょうも、ひまだな」

 ゆっくりと、出入口まで行く。やる事が何も無い。このまま行くあてもなく閻魔庁を歩くより、自室へ戻って暇つぶしをした方が良いだろう。いつもの笑みを浮かべると、部屋から出て行った。
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