ひがんのひなぎくたち
二十八、ありがとう②
中学生の時、
「俺たち、幸せだったな」
「……うん」
由佳は思わず下を向く。もう少しで、本当の夫婦になれた筈だった。けれど、もう五官王は由佳の世界にはいない。その事実が、重くのしかかっていた。だが、暗い空気なのは良くない。そう思うと由佳は顔をあげ、努めて明るく言った。
「そう言えば
「え、そうか?」
五官王が着ていたのは、タートルネックの上に着物を羽織っている服装だった。確かに、少しおかしいかもしれない。
そこで五官王は、時期十王候補として冥府に残るか決めないといけない事を思い出す。言うなら今しかないだろう。
「あの、さ。ちょっと相談に乗って欲しいんだ」
五官王は冥府に来てからのことを順に話し始めた。実は産まれる前に、十王が関与していた事。実質親子のようなもの。そして、冥府に残り十王になる道を示された事。残らないのならば、望む人生を掴み取る事が出来る。
「駿は、どうしたいの?」
じっと目を見て聞かれる。生まれ変わった所で、もう由佳と交わる事は出来ない。それは、二人とも分かっていた。
五官王は目を伏せ、小さな声で答えた。
「残りたい気持ちが少し」
「……そっか。駿がそう言う時って、大体そうしたいって事だよね」
にこりと笑い、由佳は言う。その言葉に五官王は敵わないなと思った。だが、由佳の表情は暗かった。何か言いかけてはやめている。五官王は、じっと待った。
「駿がそこに残りたいって気持ち、応援したい」
その言葉に、五官王は頷く。
「でもそれって……。凄く、辛い」
生前の記憶そのまま、永遠に存在する事になる。由佳はそう言いたいのだろう。
「だから、止まっちゃう事もあるかもしれない。この先、私は駿の隣にいられない……。そんな時があったら、周りにいる人を思い出して。駿は、ひとりじゃないから」
由佳の言葉に、五官王はここで別れたら、彼女が死ぬまで会う事が出来ない。なんとなくだが、そう感じた。由佳もそう思っているのだろう。だからこそ、今言える事を、必死に伝えていた。
「もし、今日みたいな日が来たら、駿が今一番信頼している人に、話してみて。その人なら、駿の言葉をちゃんと聞いてくれる。だから……。大丈夫だよ」
無理して笑う由佳を、本当は抱きしめたかった。あの日の事を思い出す度に、五官王は胸が締め付けられる。だが、由佳の言葉は五官王を勇気づけてくれた。
顔を、上げる。深い思考の波から帰ってきた五官王は、ふと机を見た。思わず、笑みがこぼれる。
ゆっくりと立ち上がると、五官王は今一番信頼している相手の元へ行こうと決める。一度だけ、振り返った。
「ありがとう、由佳」
猫のぬいぐるみにそう言うと、部屋から出て行った。