ひがんのひなぎくたち
三、差し入れ
静かな部屋で
――仮眠……。いや、今寝たら頼まれた分終わんねえ。
どうしたものか。そんな時、ノックの音と共に声が聞こえてきた。
「五官君、入っても良い?」
「どうぞ」
返事をすると、丸眼鏡を掛けた青年が入ってくる。手元には小さな箱があった。五官王は伸びをし、笑顔で青年へ話し掛ける。
「
「差し入れのお菓子だよ」
箱を机の上へ置き、青年――変成王は近くにあった椅子を持ってくると、部屋の主である五官王よりも先に座った。いつもの事だと気にせず座ると、変成王は箱を開いた。中にはショートケーキが二切れ入っていた。
「おお、ケーキか」
「餡子系にするか悩んだんだけど、五官君はきっとケーキが食べたいかなと思って、これにしたよ。さあ、どうぞ召し上がれ」
満面の笑みでどうぞと言ってくる。皿へ移そうと思い、ケーキを取ろうとしたその時、横から手が伸びてくる。変成王はケーキをひとつ取り、皿には置かずフィルムを外す。何も言わずに見ていると、そのまま手掴みで食べ始めた。
――こいつ、俺より先に食べやがった。つーか、手で食べるなら何で皿二枚持ってきたんだよ。
ツッコミを入れたら変成王を喜ばせるだけだ。敢えて何も言わずに先程やろうとした事をやる。ケーキのフィルムを外し、フォークで苺を刺そうとすると、横から手が伸びてきた。
「隙あり!」
次の瞬間、苺を奪い取られる。呆気にとられていると、変成王はにんまりと笑い苺を食べた。
「この苺、美味しいよ」
「……おい」
「僕の事見てないで、五官君も食べなよ」
思わず怒りそうになってしまう。だが、五官王はすんでのところで堪える。いつもの事なのだ。気にしていたらいけない。そう自分に言い聞かせる。
――こんな時こそ、アンガーマネジメントだ。
心の中で六秒数えつつ、ほかの事を考える。ショートケーキの顔とも言える大きな苺は無くなってしまったが、ケーキ内にはまだ苺が残っているのだ。なら、それで良い事にすれば良い。きっとこの生クリームも美味しいだろう。変成王が選んだのだから、間違いはない。
そこまで考え、五官王はケーキを一口サイズにし口に入れる。甘さは控えめだが、上品な味でとても食べやすい。そこにスポンジと苺も混ざり、一種のハーモニーを感じる。
――いや、ハーモニーってなんだ。
内心ツッコミを入れる。だが、それ程にこのケーキは美味しかった。
「美味いな」
「でしょう。これね、現世から取り寄せたんだ。レビューは少なかったけど、口コミには熱意あるものが多くてね。取り寄せてみて正解だったよ」
「そういうのよく見つけられんな」
「まあね」
変成王はほくそ笑むと、残りを一気に食べる。おしぼりで手を拭くと、じっと五官王を見つめた。少し食べにくく思うも、ゆっくり味わって食べる。一口食べるごとに、早くもう一口食べたいと思わせてくる。夢中で頬張っていると、ふっと笑われた。
「そのケーキ、そんなに美味しい?」
「ああ、まあ」
「もう一切れ買っておけば良かったかな」
「いや、一切れで十分」
美味しく食べられる量以上は、食べ物にも失礼だ。そんな事を考える。
変成王は適当に返事をすると、また五官王をじっと見た。そんなに見て何が面白いのだろうか。そう思いながらも、続きを食べる。
数分後、全て平らげると五官王は椅子の背もたれへもたれ掛かった。
「美味しかったね」
「ああ。んな事より、何でさっきすげえ見てきたんだよ」
「ん?そうだっけ」
心底分からないと言った表情をする。眉をひそめて、もう一度同じ事を言う。
「仕方ないなあ。五官君にだけ、僕の秘密教えてあげる。最近ね、動画サイトでよく大食い系の動画見てるんだ。でね、食べてる人の口元見るのが好きだから、さっき五官君の口元見てた」
「それ楽しいのか?」
「うん、僕にとってはね」
「なんて言うか、変成王っぽいよな」
「まあね……。っと、そろそろ戻ろうかな。じゃあ、また夕食の時会おう」
素早く持ってきたものを纏めると、変成王は颯爽と部屋から出て行った。まるで台風のような男だ。そう思いながら、五官王は仕事の続きを開始した。
