ひがんのひなぎくたち

二十四、同時刻


 閻魔王とたかむらが現世へ行っているその日、五官王ごかんおうはひとり静かに仕事をしていた。ふと、手を止める。

 ――そう言えば、今日閻魔と篁さん来ねえな。

 どうしたのだろうかと思うも、直ぐに思い出す。閻魔王が現世へ行きたいと言っていた。きっと、今日行ったのだろう。

 机の端に置いた、少し不格好な猫のぬいぐるみを見る。思わず、口が緩んだ。

「あいつは、あいつなりに頑張ってんだよな」

 ぬいぐるみに言うも、返事は返ってこない。けれど、肯定しているように見えた。

 キリのいい所まで仕事を終えると、休憩しようと部屋から出る。偶然、初江王しょこうおうと鉢合わせた。どこか嬉しそうにしていた。

「良いことでもあったのか?」

 何気なく聞いてみる。すると、初江王は満開の花が咲くような笑みを浮かべた。

泰山たいざん君が僕の事呼んでくれたんです!初めて名前を呼ばれました。僕、嬉しくて嬉しくて」

 先程あった出来事を思い出したのだろう。初江王は終始笑っていた。思わず釣られて笑顔になってしまう。

「良かったな」
「あの時五官君がアドバイスをくれたお陰です。本当にありがとうございます」
「初江王がずっと泰山王の隣にいて、自分の気持ちを素直に言ってたお陰だろ」
「それでも、ありがとうございました」

 そこまで言うと、初江王はそわそわし始めた。

「もしかして、泰山王の所に行くのか?」
「はい!休憩時間になったら、また行くって約束したんです」
「じゃあ、早く行かねえとな」

 頷くと、初江王は手を振りながら泰山王のいる部屋を目指して歩き始めた。良かったなと改めて思う。五官王は閻魔庁の回廊を、ゆっくりと歩き始めた。

 以前と違い、前を向き始めた閻魔王。何かを乗り越えた秦広王しんこうおう。そして、進展のあった初江王と泰山王。

 ――皆、少しずつ変わってる気がする。

 庭先へ出る。四季折々の花は、とても綺麗だ。見ているだけで、自然と癒される。

「ここに来た時は暗い場所だと思ってたけど、なんだか最近明るく見える気がする」

 良かったね、と声が聞こえたような気がした。思わず、振り返る。だが、そこにいたのは由佳ゆかではなく、五道転輪王ごどうてんりんおうだった。先程の穏やかな表情から一転、五官王は眉をひそめた。

「やあやあ、五官氏よ。花を愛でるより、我と共にアニメを愛でないか」

 この男は一人称が拙者だったり、我になったりと忙しい。せっかく良い気分だったのを、一瞬で壊されてしまった。五官王が返事をする前に、五道転輪王はマシンガントークを開始してしまう。適当に聞き流しつつ、でもどこか嬉しいような気がした。

 この日常が、堪らなく愛おしい。

 ――閻魔が帰ってきたら、土産がないか聞いてみるか。

 そう思うと、五道転輪王の話に耳を傾けた。
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