ひがんのひなぎくたち
十一、過去①
――昔は、閻魔王とは仲が良かった。
ここ冥府へ来た時には既に閻魔王がいた。閻魔大王からの話によると、数日違いで来たのだという。死亡時期も年齢も近そうで、秦広王は仲良くなりたいと思った。
しかし、閻魔王は違った。誰が何と話しかけても無反応なのだ。時折、何かに怯えているようにも見える。だから、最初の百年は喋った事がなかった。
けど、百年を過ぎたある日を境に、閻魔王は次第に周りと打ち解けていっているようだった。これなら話しかけても大丈夫だろう。
「あ、あの、閻魔王」
「えっと……。なに?」
初めて話す相手だからか、閻魔王は少し硬かった。話し掛けてから、秦広王はどう会話を続ければいいのか分からなくなった。色々と話したい事があったはずなのに。
話しかけたきり無言になった秦広王を不思議に思ったのだろう。閻魔王は首を傾げた。
「ねえ、君の名前、おれ知らないんだ」
そこで秦広王は、一方的に名前を知っている事に気付く。慌てて自己紹介をした。
「あ、ご、ごめん。秦広王、です」
「秦広君か。宜しくね」
笑顔で握手を求められた。秦広王はそれが嬉しく、直ぐに手を取った。
その後直ぐに打ち解け、それからはいつも二人でいた。話を聞くに、生前文字書きをした事がない。だから今必死に練習をしているのだと。秦広王は自分と同じだという事が分かり、余計嬉しくなった。翌日からは一緒に文字書きの練習をするようになった。それだけではない。生活に関するものや、常識なども教えられた。秦広王は知らなかった事を覚えるのが楽しくて仕方なかった。
「秦広君は直ぐに覚えられて凄いね」
そう閻魔王に言われることもあった。その時の笑い方がやけに痛々しく見えたのは、気のせいだろうか。
ある日、回廊に置いてあった壺を割ってしまう事件が起きる。秦広王は失敗をすれば、ここから追い出されると思っていた。動けずにいると、直ぐに閻魔王は秦広王の手を掴むと、
「篁君、壺を割っちゃったんだけど、どうすれば良い?誰に謝ったら良いのか、教えて欲しい」
「そんな事よりも怪我はしていませんか?」
篁は心配げに二人を交互に見た。特段怪我が無さそうだったので、篁は顎に手を当てて何やら考え始めた。
「因みに、割ったのはどちらですか?」
「……お、俺です。す、すみませんでした」
顔があげられなかった。もうここにはいられない。秦広王は着物を強く握った。呼吸が上手く出来なかった。そんな秦広王を見兼ねてか、篁は優しく話し掛ける。
「秦広様。失敗は誰にだってあります。だから、そのような顔をされなくとも、大丈夫です。あの壺はただの備品なので、怒る者はいないでしょう。それよりも、しっかりと謝る事が出来たのですから、誰も怒りはしません。隠蔽しようものなら、みっちりと怒りますがね」
恐る恐る顔をあげると、篁はにこりと笑ってみせた。隣にいた閻魔王も笑いかけてくれている。
「秦広君、怒られなくて良かったね」
その言葉に、何故だか涙が溢れてくる。気が付けば秦広王は泣いていた。それを閻魔王と篁は、そっと見守ってくれていた。
時を重ねるにつれ、次第に十王候補達が増えてきた。それでも、隣に閻魔王がいるのは当たり前になっていた。
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