短編

 人で賑わう居酒屋に、三十代程の男性六人組がいた。どうやら地元が同じ同級生の集まりのようだ。酒が進み皆饒舌に話している中、ふと一人の男性が何かに気が付くと昔の記憶を思い出す。

「そう言えばさ。高校生の時、ちょっと不思議な出会いがあったんだよな」

 言いながら男性は、目の前に座っている同級生の鞄から覗く本へ視線を向ける。
 同級生は興味を示したのか、半笑いで男性へと向く。

「なんだよそれ」

 ビールの入ったジョッキを見詰め、男性は言葉を探しているようだった。

「名前も知らない人と、なんて言えばいいんだろうな。なんか、こう、仲が良いのかよく分かんないやつ」

 同級生達はその言葉がよく分からず、皆首を傾げるばかりである。気にすることなく男性は続けた。

「あれはそう、高校生の夏休みだった気がする」




 


 夏休みも残り少なくなり、少年は課題とテスト勉強に追われていた。なんとなく家では捗らなかったので、毎日図書館へと行き勉強に勤しんでいた。

 そんなある日、ふと気がつく。毎日同じ本を読んでいる青年がいることに。最初の数日は、変わった人もいるもんだと思うだけだった。しかし、次第に少年はその青年へと惹かれていく。

 数日経ったある日、青年の向かい側にある席へと座り、なんとなしに読んでいる本の表紙を見てみる。タイトルまではよく見えなかったが、表紙には苦しそうな人物が描かれており、どことなく難しそうだった。
 その日は、それで終わった。

 翌日も目の前へと座る。青年は変わらず同じ本を読んでいた。何時間も正しい姿勢で読んでいたのが印象的だ。

 さらに翌日。課題が無事に終わったので、その日は休憩日にしようと思っていた。しかし、どうしても青年が気になってしまい、少年は図書館へ行くことにした。

 その青年はやはりいつもの席へと座っていた。少年は適当な本を一冊取り、目の前へと座る。
 本は読むことが目的ではなかった。青年を観察する為の道具だ。その日は何も持ってきておらず、怪しまれないようにする為、適当に取っただけだった。

 青年の事を観察していると、ひとつ分かったことがあった。最後まで読み切ったかと思えば、また最初のページから読み始めるのだ。

 そんなに何度も読んで楽しいのだろうか。そう思った時、視線に気付いたのか青年が顔をあげ、目が合ってしまう。

 何か言うべきかと思うも、声が出なかった。気まずさから取り敢えず会釈をする。すると、青年はふっと笑ったあと同じ仕草をした。

 その日を境に、目の前へ座った時と帰宅前に、必ず会釈をするようになった。初めて目が合った瞬間に声をかけなかったのが尾を引き、そのまま声をかけることが出来ないでいた。

 数日経ち夏休みが終わると、新学期が始まった。
 学校帰りに図書館へ行くと、青年は必ず先に来ていた。何をしている人なのか気になるも、一度も話したことがなく、聞くに聞けなかった。何も分からないまま、季節は冬へと移ろいでいった。

 その日もいつも通りに図書館へと行く。しかし、青年はいなかった。その翌日も、更に翌々日も姿を現すことはなく、そのまま年が明けた。

 バレンタインの時期へとなっていた。少年は今日こそあの青年がいるかもしれない。そんな淡い期待を抱き、毎日図書館へと通い続けていた。

 図書館へ着くと、いつものようにあの席を見る。ずっと空席だったその席には、以前よりも痩せ、顔色の悪い青年が座っており、あの本を読んでいた。

 久々にその姿が見られ、少年は足を止めた。直ぐさま目の前へと座る。その際青年はどことなく嬉しそうな表情で、少年へと会釈をした。

 いつも以上に時間がゆったりと流れていく。時折目が合うと、迷った末に微笑んだ。
 夕方へとなった。この時間にはいつもなら既に青年は帰宅している筈だった。しかし、この日は何かあるのか、中々帰ろうとしなかった。

 疑問に思いながらも、少年は帰り支度を始める。すると、真似するように青年も帰り支度を始めた。
 不思議な時間だった。
 図書館の出口まで無言で並んで歩く。外へ出てもそれは続いた。ちらりと青年へ視線をやる。こちらの視線に気付くことはなく、じっと前を見ていた。

 吐いた息が、やけに白く見えた気がした。
 やがて分かれ道へと辿り着く。迷った末に少年は微笑むと、青年も微笑み返してくる。何故かその微笑みは、悲しげに感じられた。お互い会釈をすると、そのまま別れて帰路へと着いた。

 この日を最後に、青年が図書館へ現れることは二度となかった。


 




「と、まあ、そんな事があったんだわ」
「なんで話しかけなかったんだよ」
「さあな」

 適当に返事をすると、男性は煙草を吹かし始める。吐き出した煙がやけに白く感じ、ノスタルジーな気分にさせる。

 あれから幾度となく図書館へと行っていた。何故かあの青年がいるような気がするからだ。しかし、そこに青年がいる事はなく、その度に落胆している自分がいた。

 ジョッキへ目をやると、少しだけビールが残っている。煙草を灰皿へ押しやると残りを一気に飲んだ。

 薬指に嵌めた結婚指輪を撫でていると、注文していた料理と追加した酒が届く。また乾杯しなおすと、同級生の男性が口を開いた。

「なあ、お前らゴールデンウィークはどうするんだ?俺は仕事」

 その一言を皮切りに、話題は別の話へとなっていく。
 もう、あの話へ触れる者は誰もいなかった。
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