第二話「初七日」

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「この人殺し――!」

 たかむらの腕の中でじたばたと暴れながら閻魔王は、駿しゅんに向かって威勢よく何度も「人殺し」と言ってくる。なんの事だか分からず駿はどうしたものかと閻魔王を見詰めていると、押さえ込んでいた篁が溜息を吐き話し始めた。

「はあ……閻魔様、そうやって新しく来た者を必ず殺人犯呼ばわりするのは如何なものかと思いますよ」

 しかし閻魔王は尚も暴れながら幼子のように叫んだ。

「たかむらくん!こんどはほんものだもん。あのめもと、あいつにそっくりなんだよ!みてよ!」

 篁は一応駿を見るもどこも似ていない事を確認すると、宥めるように言った。

「閻魔様、あの者が地獄行きになったのを一緒に見届けたではないですか。お忘れですか?」
「……あ、そうだった」

 閻魔王はぴたりと暴れるのを止め篁に対しごめんなさいと言うと、そのままその場から去ろうとし篁により止められる。篁は駿に向き直ると謝罪をする為頭を下げた。

「申し訳ありません、五官ごかん様。閻魔様ったら直ぐに人間違えを起こしてしまう上に、一度そうだと思ったら中々意見を曲げない方でして……ほら、閻魔様も謝ってください」
「……」

 むっすりとした顔で暫し無言のまま閻魔王は駿を見詰めた。そのまま素直に謝ってくるのかと思いきや、閻魔王は幼子がするように思い切りあかんべえをすると、篁の手を振り払い走って部屋から逃げて行った。

「我が子が大変な失礼をしてすまない。普段はもう少し落ち着いているんだけどね……」

 一部始終を全て見ていた閻魔大王は苦笑いをしながら頭を下げる。

「いえ、それよりあの、そんなに似てるんですか?」
「うーん……」

 懐から巻物を取り出し広げると、見やすいよう駿の方へ向けてくれる。そこには一重でたらこ唇の駿とは程遠い外見の男がいた。

「こんな感じの、そうだねえ……強いて言えば目元の隈が似ているかな?」
「……あんま似てないですね」

 最後に見た自分の顔を思い出し駿は思わず苦笑した。閻魔大王は持っていた巻物を懐へしまうと、また頭を下げる。

「あの子には後でしっかり言い聞かせておくよ。気分を悪くさせてしまってすまない」
「あっ、いえ、大丈夫です」
「さて、そろそろいい時間だしお開きにしようか」

 その言葉で駿は部屋にあった時計へ視線をやると二十一時をさしていた。一時間程ここで顔合わせをしていた事になる。

「では私はやるべき事があるのでこれで失礼するよ。また明日会えたら会おう。五官王、後は頼んだぞ」

 閻魔大王は一礼するとそのまま部屋から出て行く。五官王はそれを見届けると駿へ向き直った。

「じゃあ行こうか。君の部屋まで案内するよ。皆も今日はありがとう。遅くならない内に寝てね」

 全員からの返事を聞くと、五官王は駿を連れ部屋から出ていった。
 部屋から出た所で五官王は駿を暫く見詰め、にこりと笑うと歩き出す。

「あの、五官王……さん……?何ですか?」
「いいや、なんでも。それより駿。いや、我が子よ。ここで私の事を呼ぶ時は、五官王ではなく父上と呼んで欲しい」

 前を歩いていた五官王は後ろを歩く駿を一瞥しそう言った。「父上」という単語に駿は思わず「えっ」と声を上げてしまうが、五官王は気にせず話す。

「他の十王はそのままその名で呼んで、自分と同じ名の十王は皆父と呼ぶ決まりみたいなものがあるんだ。因みに、下の者たちから五官様と呼ばれたら君の事で、五官王と呼んだら私の事になる。分かったかな?」
「は、はい。あの、本当に父と呼ばなければいけないんですか?」

 駿は立ち止まり五官王の事を見詰める。それに気付いた五官王は振り返ると立ち止まり言った。

「嫌?」
「嫌、ではないですが……」
「なら良いじゃない。君から父上って呼ばれるの楽しみにしてるね」

 そう言うと五官王はまた歩き始めた。
 入り組んだ廊下を暫く歩くと、扉が幾つもある場所へと辿り着く。右側の奥から二番目の部屋へ着くと、五官王は立ち止まった。

「ここが君の部屋だよ。机の上に着替えを置いといたから、明日はそれに着替えると良い。中のトイレとお風呂は自由に使ってね。ああ、そうだ。下の階に温泉もあるから入りたかったら自由にどうぞ。じゃあ、疲れているだろうし私はこれで。また明日会おう。おやすみ」
「色々ありがとうございます。おやすみなさい」

 駿が一礼すると五官王はにこりと笑い、手を振りその場から去って行った。
 そっと扉を開くと中は中華風の家具で揃えられ、赤を基調とした部屋になっていた。まるで中華をコンセプトとしたホテルに来たみたいで駿はテンションが上がり、嬉しそうな面持ちで中へと入る。部屋に入って右側に扉が二つあり、手前は御手洗で奥が風呂場であった。
 駿は自分の髪の毛を触り少しごわつきを感じたので風呂へ入ろうかと思うも眠気の方が酷く、起きてから入る事に決めるとそのまま天蓋付きのベッドへと飛び込んだ。
 仰向けになり天井を見詰め駿は自分に起きた今までの事を振り返っていた。

「なんかすげえ色々あったな……由佳ゆか驚いただろうな。家に来たら俺死んでるとか普通にショックだよな」

 そう思っていてくれないと寂しいと考えた所で、駿は横向きになり目を閉じた。





『駿』
『母さん、苦しいよ』

 母親に強く抱きしめられ幼い駿は嬉しさよりも恐怖心のが勝ってしまい、必死に母親から抜け出そうとするも、もがけばもがく程更に強く抱きしめられる。

(これ、あの時の夢か)

 眠っているのに駿はこれが夢だと何故か分かってしまった。あの時部屋で一人眠っていたらお酒の匂いを纏わせた母親が突然入ってきて、顔中にキスをした後思い切り抱きしめられた記憶を思い出す。

(なんでこんな夢見なきゃなんねえんだよ)

 そう強く思ったと同時に駿は勢いよく状態を起こし覚醒する。額には汗が滲んでおり気付けば呼吸も浅く、心臓の音がやたらと響いているように駿は感じた。
 落ち着こうと深く深呼吸をした時、お腹の虫が思い切り鳴る。

「こんな時に普通腹減るか?少し位シリアスになれないのか、俺!……てか幽霊になっても腹減るんだな」

 部屋の壁掛け時計に目をやると二十四時半であった。

「こんな時間じゃ誰も起きてないよな……」

 夜食を食べたい気分であったが、こんな時間に誰かを起こしてまで食べたいとは思えず、駿は取り敢えずまた寝転がろうとした。その時、大きな断末魔のような叫び声が隣の部屋から聞こえてくる。

「な、なんだ?」

 気になった駿は急いで部屋から出る。叫び声は尚も続いており、叫び声の合間に「熱い」「助けて」「痛い」等の声も混じっているのを聞き取り、駿は声のする隣の部屋まで行くと立ち止まった。

(これって入っても良いのか?いやでも、もし大変な事になってたらあれだし……)

 ドアノブに手を当て入るか否か悩むも、何かあっては大変だと思った駿は勢いよくドアを開け中へと入っていった。

「大丈夫か!」

 中へ入ると先程駿の事を人殺しと言ってきた閻魔王がベッドの上で悲鳴を上げて暴れており、傍には小野篁が寄り添い必死に宥めていた。

「閻魔様大丈夫です。ここは炎の中ではありません、落ち着いてくださ――」

 そう言う篁の事を閻魔王は気付いていないのか思い切り蹴りつけるも、篁は諦めず閻魔王を落ち着かせようとしていた。

「あ、あの……大丈夫、ですか?」

 駿が入ってきていた事に気付いていなかった篁は肩を跳ねさせるよう驚くと、駿の方へと顔を向け困ったように笑った。

「これはこれは五官様、閻魔様のせいで起こしてしまい申し訳ありません。もう少しすれば落ち着くので心配は無用です。戻られて大丈夫ですよ」

 そう言っている間も篁は閻魔王から思い切り蹴られており、駿は本当に大丈夫なのかと心配になってしまう。しかしこれ以上ここにいても自分に出来る事は何もないと悟った駿は、大人しく部屋から出ていこうとする。
 出る直前駿は篁の事を一瞥し、補佐ってこんな事までしないといけないのかと思うとそのまま出て行った。
 扉を閉じ息を吐き出すと駿はそのまま壁に寄りかかる。

「心配無用とか言ってたけど本当か?……気になるし叫び声消えるまでここで待つか」

 待っていること三十分。声が止み少し経つと音を立てないよう篁が部屋から出てきた。駿に気付いておらずその場で篁はふう、と思い切り息を吐き出し顔を上げる。その瞬間、駿が視界に入ったのか篁は静かに驚いた。

「ご、五官様……驚かさないでください。そもそも何故まだ起きているのですか?明日起きられなくなりますよ」

 呆れの混じったような声で言われ、駿はなんだか申し訳ない気持ちになった。

「いや、なんていうか篁さんが隣で仕事?している横で、寝るのもなんかなと思って……終わるまでここで待ってようかと思ったんです。なんかすみません」
「五官様……なんと言いますか、ありがとうございます」

 篁は深々とお辞儀をし感謝を述べた後、申し訳なさそうな表情へと変わった。

「先程といい今といい、ここへ来たばかりなのに五官様には迷惑ばかりかけてしまい、本当に申し訳ありません」
「いや、そんな……迷惑とか思ってないので気にしないでくたさい。それに篁さんは何もしてないのに謝るのおかしくないですか」

 駿が笑顔でそう言うと篁は「確かに」と呟くも、すぐ否定するかのように首を横へ振った。

「しかし、これも私の監督不行届な所もあるので……以後気をつけます。ところで五官様、そろそろ眠らないと駄目ですよ」
「それもそうですね。篁さんも早く寝てくださいね」

 篁は「善処します」というと用事でもあるのか一礼するとどこかへ行ってしまった。暗闇に消えるのを見届けると駿は部屋へと戻り、空腹と戦いながらも眠りに就くのだった。
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