第一幕 斯くも暗き水底で

 その一声で、うみは食事をやめた。一気に機嫌の悪そうな表情へとなる。

 「なんで結婚しないといけねんだよ。俺は上に戻りたい。あんたがその方法を知ってるって聞いた。だから教えろよ」
 「婚儀が終わったら、教えましょう。凪砂なぎさはどうです?うみ君の事は気に入りましたか?」
 「あっ、おい。質問に答えろよ」

 海の言葉を無視して、このまま海凪と話して良いのか凪砂は悩んでいるようだった。海凪みなぎは安心させるように笑った。

 「どうですか?」
 「海さんの事、もっと知りたい。でも、このままだと可哀想」

 可哀想だと言うと、凪砂はちらりと海を見た。海はさも自分が可哀想だと言いたげな顔をして、海凪を見ていた。思わず、溜息が漏れる。せっかくいい気分だったのが台無しだ。だが、万が一にも可哀想だと思っても、海凪には陸へ戻る方法を言う事は出来なかった。事が上手く運ぶまでは、言ってはいけない。そうでないと、計画が台無しになってしまう。

 「凪砂、言いたくても言えない事情があるのです。それは、凪砂も分かっていますよね」

 それに凪砂は頷いた。兄である海凪が、海の神から聞いた陸へ上がる方法。それは誰にも口外してはならない。そういう話だった。だから、凪砂は数百年もの間、聞いてこなかったのだ。

 ――まあ、言ってはいけないというのは、嘘なんですけどね。

 これは自分だけが知っていればいい。だから、凪砂は自分の言う事だけを聞いていれば良いのだ。

 「海凪、その言えない事情ってなんだよ」
 「言えません」
 「それ位なら言えるだろ」

 ずけずけと踏み込んでくる海に、また腹を立てた。だが、ここで怒ってはいけない。穏便に済ませるのだ。

 「海君。少しでも言ってしまうと、私は死んでしまうのです。それを条件に、陸へ上がる方法を聞きました。だから、そう易々とは言えません。理解していただけますね?」

 海凪の言葉に、二人は驚いていた。凪砂も初めて聞いた兄の言葉に、声も出せないようであった。

 「……なんか悪い」
 「いえ。理解いただけたようで、何よりです。それより、食べてください。折角作ったのですから、温かい内に食べて欲しいんです」

 その一声で、食事が再開した。誰も、何も話さなかった。先ほどの海凪の言葉を思い出しているのだろう。特に、凪砂はショックだったようで、あまり口を付けていなかった。

 思わず口角を上げる。こうも容易く騙せてしまうのなら、きっと二人を結婚させられる。そうすれば、凪砂は陸へと戻してあげられるだろう。笑いそうになるのを必死にこらえる。おかしくて、たまらなかった。
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