第二幕 其の方へ行くのならば

 それに気が付いたのは、ある日の夕飯での事だった。いつもなら、海凪みなぎの前で二人はあまり喋らない。うみの方にあった醤油に手が届かず、凪砂なぎさは声を出した。

「海、醤油取って」
「ん」

 今、呼び捨てで呼んでいた。聞き間違いかと思ったが、確実に海と呼んでいた。

 ――なるほど。もうそこまでの仲になったのですね。

 にやりと笑い、海の方を見た。視線に気が付いた海は、秘密がバレてしまい恥ずかしいのか下を向く。凪砂も、下を向いていた。

「呼び捨てで呼ぶ程の仲になっていたとは、気が付きませんでした。これはいよいよ結婚も近いですね」

 今までであったら、これを言うと海は否定をしていた。だが、今日は満更でもなさそうな表情をしていた。嬉しさが込み上げてくる。

 ――やるなら早い方が良いですね。もしかしたら気が変わるかもしれませんし。

 これで漸く凪砂をここから解放出来る。別に、結婚などしなくても良かった。海がここにいる覚悟さえ出来ればそれで良いのだ。凪砂には悪いと思ったが、きっと分かってくれるだろう。感謝されても良いくらいだと、海凪は思っていた。



 

 その日の晩。海凪はベッドで仰向けになると、ぼうっと天井を見た。凪砂と海の仲が思っていたよりも進展している。とても、喜ばしい事だ。また、顔が綻んだ。

 ふと、海の神に言われた事を思い出す。陸に上がるなら、贄となる人間を連れてくるしかない。つまり、身代わりになる人間を用意しろ。そういった事だった。一人連れてきたら、一人陸へ行ける。だから、凪砂を上へ行かせたら、もう一人こちらへと呼び、直ぐに自分もそちらへと行く。これが、海凪の考えた事だった。だからこそ、誰にも言わずにいたのだ。ましてや、海に知られてしまったら、元も子もない。知られないよう、細心の注意を払うしかなかった。

「私がうっかり言わなければ良いだけですが」

 ふっと笑う。明日から婚儀の準備を進めていこう。忙しくなると思いながら、海凪は目を閉じた。
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