#13 紫蘭の花言葉
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「ユーストレス欠乏性脳梗塞。」
美しく燃える炎を見ながら、口を開く。
「まあ、公認の病名ではありません。原因不明の心不全という形で処理されている死因の大方は実は、この症例に該当すると言われています。」
「聞いたことはある。過度のストレスケアによる弊害だそうだが…」
猟銃を丹念に磨いていた男が、僅かの間その手を止め、こちらに視線を寄越す。
「予てより、適度のストレスは免疫活動を活性化させるなど、好ましい効果もあるとされてきた…所謂、人生の張り合い、生きがいと言い直してもいい。ところが、サイコパス診断が恒常化してしまった結果、ストレスの感覚が麻痺しすぎて刺激そのものを認識できなくなる患者がでてきた。」
あまりに脆弱で滑稽な、人間らしい行為と結果に、口元が緩む。
「こうなると、生ける屍も同然です。やがては自立神経そのものが自らの昨日を見失い、生命活動を維持できなくなる。」
「嘆かわしい限りだな。人は自らを労わるあまり生物としては寧ろ、退化してしまったわけか。」
「実はね、これだけ医療体制が発展したにも関わらず、統計上の平均寿命は寧ろ、短くなる傾向にあるんですよ。まあ、決して公にはならないデータでしょうが。」
「当然だな。この時代、生きがいと呼び得る物は全て枯れ果ててしまった。…命の在り方を誰も真面目に語ろうとしなくなった。」
「件の王陵璃華子の父親もね、まさにそのユーストレス欠乏性患者だったんです。王陵牢一…ある時期一世を風靡したイラストレーターです。ご存知ありませんか?」
「生憎と、美術の世界には造詣がなくてね。」
「少女の肉体をモチーフに、残虐で生々しい悪夢を描き出す天才でした。ところが、本人は至って生真面目なモラリストでね…まあ、作品のイメージと製作者の実態が乖離しているのは珍しくもない話ですが、牢一の場合には、そこに確たる理念があった。曰く、人間は心の暗部…内に秘めた残虐性を正しく自覚することで、それを律する良識と理性、善意を培うことができると。彼はそのための啓発として、自らの創作活動を定義づけていた。」
パチンと音をたてて弾けた木にはまだ、命が残っていたらしい。
「聞く限りでは、とんだ聖人君主ではないか。」
「しかし、サイコパス判定の普及が彼の自認する役目を終わらせた。人は自らを律するまでもなく、機械による原則で心の健康を保てるようになった…牢一はね、このテクノロジーを歓迎したそうです。方法はどうあれ、彼が理想とした人の心の健やかなる形は実現した。その結果として自らの使命が完了し、その人生は、無価値なものになったわけですが。」
「驚きだな。芸術家などというものは総じて俗物だと思っていたが…」
「まあ、心には葛藤もあったでしょうが…牢一はその解消に早速先端技術である各種のストレスケアを活用した。その依存ぶりは耽溺と言っていい程だったと、娘の璃華子は語ってます。」