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「お休みなさいませ。」
一礼した侍女に頷くと、幕が引かれる。
月明かりだけになった室内を横切り寝所に向かおうとした時、ふと髪が揺れた。
誘われるように欄干に出てみると、春の匂いを含んだ風が遥か下方の草はらから渡ってくる。
『良いよ――』
トッと軽い音をたてて手摺に降り立った黒い影を見上げた瞬間、思考が停止する。
「あ?」
大した間抜け面だが、それはその瞳に映る自分も同じ。
『なっ……!』
思わず身を引いた瞬間、腕が燭台にぶつかって派手な音をたてた。
「姫様!?」
笑みを刷き、後ろ手に幕を手繰り寄せる。
『だ、大事ありません…ちょっとその黒い……変な…生き物が……』
「……蜚蠊ですか?」
『いや、そう…だったかもわかりませんがもう大丈夫です。』
疑わしげな顔をしている侍女に気づかぬ振りをしながら、髪に櫛を入れる。
「では、また出るようでしたらお声かけ下さいませね。」
しん、と落ちた沈黙に一息吐いてから、放り出してあった上衣を手に取った。
そうして外へと踏み出した途端漂ってきた、煙。
「お前、蜚蠊はねぇだろ蜚蠊は。」
『庇ってもらっただけでも有難いと思いなさい!あと吸殻、ちゃんとして下さい!!』
「へいへい。」
呑気に煙草をくゆらすその姿に溜息を吐き、同じように腰かける。
『お忙しいのは結構ですが、見つかったらどうするのです。こちらにだって懲罰房くらいはあるのですよ?』
出陣命令の続く太子を庇い、危うく大将解任となるところだったと聞く。
真っ直ぐな処はこの人の美徳の一つだが、一応心配しているこちらの身にもなって欲しい。
「しょーがねーだろ。」
『損な性分ですね。』
「まーな。」
紫煙を纏わせた三日月に、苦笑する。
「……ってかいいな、ソレ。」
『?』
眉を寄せて見つめると、その顔がだらしなくにやける。
「懲罰房の係官もやっぱ女仙だろ?」
『………。』
「何だよ。」
『貴方が先生の上官だと言うのは、やはり私には信じられません。』
「お前さ、本当にアイツのこと好きな。」
『ええ。ですから、先生が貴方のことをあんなに好いておられるのが正直面白くありません。』
見上げたその顔に子供っぽい表情が浮かび、切れ長の目が瞬く。
「……気持ち悪いこと言ってんじゃねェよ。」
ふいっと逸らされた横顔に思わず笑う。
澄んだ空気に混じる苦い香りが、心地よく感じられた。