第34話 華焔の残夢3
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
『あら』
少し驚いたようにこちらを見上げてくるのに、ほっと息を吐く。
「…ええと」
玄関脇でしゃがみ込んでいた春炯が立ち上がり、低い位置で結わいていた髪を後ろに払う。
『どうしたの、こんな時間に。あ、もしかして起こしちゃった?』
肯定も否定もせずに微笑み、今の今迄彼女がしゃがみ込んでいた場所に視線を落とした。
「こんな時間に庭いじりですか?」
『ごめんね。こんな時間が一番良くて。』
と空を見上げた春炯の視線を追うと、美しい弧を描いた月がそこに在った。
『今夜は下弦だけど、それでも少しは御利益あるからね。』
言って再びしゃがみ込んだ手の下に見える緑は、瑞々しくまだ若い。
「南天ですか?」
『そう。難を転じる…何にせよ、明日ここを発つでしょ?私達。だからせめてお守りに、ね。』
優しく小さな葉を撫でたその指が、脇に置いてあった布袋の紐を解いてその中に入っていたものを取り出す。
『これは斜陽殿の中にある、御嶽の土なの。あ御嶽って言うのは…』
「聖域ですよね。分かります。」
植えられたばかりでまだ柔らかな根元と、その周辺に手際よく撒かれていくのを見ながら、膝に手をついて覗き込む。
さらさらとした土は、確かに今自分が踏みしめているそれと同じモノのようだが僅かにキラキラと鈍い光を放っている。
「…持ってきたんですか?それ…」
『そう。発つ前に、なんとなく少し持っていこうかなって思ったの。多分この為だったのかな。』
そう、面白がるように言ってこちらを見上げる黒曜に鼓膜が一瞬だけ、塞がれたような心地になる。
『この家は良い感じがするから』
穏やかな声音で言った春炯の手から撒かれた土が、月明かりを受けて小さく煌く。
『耶昂が大きくなるまでは、きっと2人を護ってくれると思う。』
「…すごいですね、巫女さんて。そんな事まで出来るものですか。」
『ありがとう。でも、知識があれば誰にでも出来るんだよ。色々力を借りて、あとはお願いするだけだから。…うん、いいね。』
出来栄えに満足そうに頷いたその横顔から、ふわりと黒髪がはぐれて靡く。
その瞳に、自分だけが映っているのが、見えて。