欲を食らわば墓まで
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「透明なコーラがあったら、阿部は買う?」
次の日の朝、部活での練習を終えて教室に入ると、苗字が話しかけて来た。なんでまた、急にコーラの話?そう思ったが、こいつの言動を、気にするとキリが無い。諦めて質問に答えよう。
「進んで買おうとは思わねえかな」
「それなら普通のコーラは?」
「普通に買うけど……」
そこまで言って、疑問が生まれる。どちらも同じコーラなのに、色が違うという理由だけで、買いたいと思わなくなるのだろうか。考えるオレを置き去りにして、苗字は自身のサッチェルバッグの中から、普通のペットボトルのコーラと、二百円を取り出した。
「昨日はありがとう。お陰で助かったよ」
口に微笑を浮かべる彼女が、二つを差し出してくる。たった二百円貸しただけなのに、ジュースまで渡してくるなんて、律儀で義理堅い奴だなと思う。
「どーも」
有り難く受け取りながら、オレはそういえばと話を切り出す。
「どうして色の違いで、買う気が変わるんだ?」
「スキーマの不一致が原因だろうね」
「スキーマ?」
聞き慣れない単語だ。頭に疑問符を浮かべていると、苗字は小さく頷いてから、ゆっくりと説明を始めた。
「記憶されてる情報や、知識の集合のことだよ。コーラは黒っぽい、だから透明なこれは、コーラではない。こうして購買意欲に、影響を与えるんだと思う」
「先入観が邪魔して、受け入れないって訳か」
「そういうこと。それでも私は透明なコーラを買うんだけどね」
苗字はにっこりと笑って、鞄からペットボトルを取り出した。コーラのラベルが貼ってあるそれは、水のように透明だ。どうやら本当に、透明なコーラを買ったらしい。彼女はキャップを開けて、それを飲み込んだ。
「普通に美味しい。阿部も飲んでみる?」
「おー」
正直なところ気になる。素直に返事をした後で、間接キスになると気が付いた。が、時すでに遅し。今から断れば、確実に理由を聞かれて、からかわれるだろう。覚悟を決めたオレは、透明なコーラを受け取り、ごくりと喉に流し込む。その瞬間、吹き出しかけた。
「水じゃねえか!」
水だった。本当にただの水。信じられねえ。目の前のこいつは、オレを騙すためだけに、透明なコーラについて語りやがった。
「あははっ、引っかかったね」
悪戯が成功した子供のように、苗字は口を開けて無邪気に笑う。
「ふざけんな」
彼女の額にでこぴんをすると、ぺちっと小さな音が鳴り響く。苗字は額を押さえながら見上げた。
「痛いよ」
叱られた子犬のように瞳を潤ませる苗字に、胸の奥の方がギュッと締め付けられる。今までに感じたことのない、不思議な感覚に戸惑っていると、彼女は段々と表情を和らげ、慈しむような微笑みを湛えた。
その柔らかな表情を見て、再び心臓が締め付けられた。
次の日の朝、部活での練習を終えて教室に入ると、苗字が話しかけて来た。なんでまた、急にコーラの話?そう思ったが、こいつの言動を、気にするとキリが無い。諦めて質問に答えよう。
「進んで買おうとは思わねえかな」
「それなら普通のコーラは?」
「普通に買うけど……」
そこまで言って、疑問が生まれる。どちらも同じコーラなのに、色が違うという理由だけで、買いたいと思わなくなるのだろうか。考えるオレを置き去りにして、苗字は自身のサッチェルバッグの中から、普通のペットボトルのコーラと、二百円を取り出した。
「昨日はありがとう。お陰で助かったよ」
口に微笑を浮かべる彼女が、二つを差し出してくる。たった二百円貸しただけなのに、ジュースまで渡してくるなんて、律儀で義理堅い奴だなと思う。
「どーも」
有り難く受け取りながら、オレはそういえばと話を切り出す。
「どうして色の違いで、買う気が変わるんだ?」
「スキーマの不一致が原因だろうね」
「スキーマ?」
聞き慣れない単語だ。頭に疑問符を浮かべていると、苗字は小さく頷いてから、ゆっくりと説明を始めた。
「記憶されてる情報や、知識の集合のことだよ。コーラは黒っぽい、だから透明なこれは、コーラではない。こうして購買意欲に、影響を与えるんだと思う」
「先入観が邪魔して、受け入れないって訳か」
「そういうこと。それでも私は透明なコーラを買うんだけどね」
苗字はにっこりと笑って、鞄からペットボトルを取り出した。コーラのラベルが貼ってあるそれは、水のように透明だ。どうやら本当に、透明なコーラを買ったらしい。彼女はキャップを開けて、それを飲み込んだ。
「普通に美味しい。阿部も飲んでみる?」
「おー」
正直なところ気になる。素直に返事をした後で、間接キスになると気が付いた。が、時すでに遅し。今から断れば、確実に理由を聞かれて、からかわれるだろう。覚悟を決めたオレは、透明なコーラを受け取り、ごくりと喉に流し込む。その瞬間、吹き出しかけた。
「水じゃねえか!」
水だった。本当にただの水。信じられねえ。目の前のこいつは、オレを騙すためだけに、透明なコーラについて語りやがった。
「あははっ、引っかかったね」
悪戯が成功した子供のように、苗字は口を開けて無邪気に笑う。
「ふざけんな」
彼女の額にでこぴんをすると、ぺちっと小さな音が鳴り響く。苗字は額を押さえながら見上げた。
「痛いよ」
叱られた子犬のように瞳を潤ませる苗字に、胸の奥の方がギュッと締め付けられる。今までに感じたことのない、不思議な感覚に戸惑っていると、彼女は段々と表情を和らげ、慈しむような微笑みを湛えた。
その柔らかな表情を見て、再び心臓が締め付けられた。