欲を食らわば墓まで
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「人間の本質は何だと思う?」
隣の席の苗字は、いつだって唐突だ。
オレが美丞大狭山との対戦で捻挫をして、松葉杖を突いていたのを見た時も「阿部はハンディキャップの語源を知っているかな?」と言ってきた。怪我をしているのが当たり前というような口調で。そんな奴だから、夏休み明けの再会で出た言葉が哲学的な話だろうと、驚きはしない。が、おはようくらいの挨拶はして欲しい。
それはさておき。質問されているので、答えなければならない。いや、無視するという選択肢もあるが、それではさすがに心が痛む。こいつの奇天烈な言動に苦しむことはあれど、嫌いだという訳ではないので、大人しく人間の本質について考えよう。
「そうだな……理性じゃねえか?他の動物にはないものだろ」
「阿部は洞察力に富んでいるね。確かに人間は理性を持つことで、他の生物と一線を画しているし、感情を抑えて論理的に判断することができる」
オレの回答に満足した様子の苗字は、長い黒髪を耳に掛けながら、口に微笑を浮かべた。お嬢様然としているけれども、彼女の瞳はいつも氷柱のように冷たく鋭い。
「そういうお前はどう思ってるんだ?」
どうもこいつは、自分で答えを導き出している事を、他人に質問する節がある。そうやって相手の意見を聞き、自分の見解と照らし合わせることで、自身の考えを更に深めているのかもしれない。
そう思っていると、苗字は静かに口を開いた。
「私は欲だと思っているよ」
「どうしてそう思うんだ?」
理性的で冷静な彼女が、どうして人間の本質を、欲だと考えるのだろう。興味と疑念が交じり合う中、苗字の言葉に耳を傾ける。
「人間の行動の根底には、常に何かを求める欲望があるんだ。食べたい、知りたい、愛されたい。野球をしている時は、勝ちたいって思うでしょう?」
「それはそうだけどさ、欲だけだと動物と変わんねえだろ」
オレの反論に、苗字は大きく頷く。
「確かに阿部の言う通り、秩序を保つためには理性が必要だよね。しかしその理性さえも、自分達を守りたいという、欲望から生まれると思うんだ。暴力を振るうのが当たり前の世の中だと、自分も殴られて嫌な思いをするからね。つまり人間の本質は欲であり、それを制御する理性もまた、欲の一部なんだよ」
苗字の見解はオレの今までの考えを覆した。それでも筋が通っていて、共感できるものだ。理性が欲望から生まれるという視点は、新鮮で面白い。
「お前の考え方って面白いな」
感じたことを素直に告げると、彼女はにっこりと明るく笑った。年相応で温かみのある笑顔だ。呆気に取られて、思わず苗字の顔を、じっと見つめる。
「阿部にそう言って貰えて嬉しいよ」
大きく枠取られた窓から、ふわりと穏やかな風が吹き、朝日が穂先を伸ばした。苗字の髪が光を織り込んで、煌めきながら靡く。まるで映画のワンシーンを切り取ったような光景に、オレの心臓はドクンと脈打った。
隣の席の苗字は、いつだって唐突だ。
オレが美丞大狭山との対戦で捻挫をして、松葉杖を突いていたのを見た時も「阿部はハンディキャップの語源を知っているかな?」と言ってきた。怪我をしているのが当たり前というような口調で。そんな奴だから、夏休み明けの再会で出た言葉が哲学的な話だろうと、驚きはしない。が、おはようくらいの挨拶はして欲しい。
それはさておき。質問されているので、答えなければならない。いや、無視するという選択肢もあるが、それではさすがに心が痛む。こいつの奇天烈な言動に苦しむことはあれど、嫌いだという訳ではないので、大人しく人間の本質について考えよう。
「そうだな……理性じゃねえか?他の動物にはないものだろ」
「阿部は洞察力に富んでいるね。確かに人間は理性を持つことで、他の生物と一線を画しているし、感情を抑えて論理的に判断することができる」
オレの回答に満足した様子の苗字は、長い黒髪を耳に掛けながら、口に微笑を浮かべた。お嬢様然としているけれども、彼女の瞳はいつも氷柱のように冷たく鋭い。
「そういうお前はどう思ってるんだ?」
どうもこいつは、自分で答えを導き出している事を、他人に質問する節がある。そうやって相手の意見を聞き、自分の見解と照らし合わせることで、自身の考えを更に深めているのかもしれない。
そう思っていると、苗字は静かに口を開いた。
「私は欲だと思っているよ」
「どうしてそう思うんだ?」
理性的で冷静な彼女が、どうして人間の本質を、欲だと考えるのだろう。興味と疑念が交じり合う中、苗字の言葉に耳を傾ける。
「人間の行動の根底には、常に何かを求める欲望があるんだ。食べたい、知りたい、愛されたい。野球をしている時は、勝ちたいって思うでしょう?」
「それはそうだけどさ、欲だけだと動物と変わんねえだろ」
オレの反論に、苗字は大きく頷く。
「確かに阿部の言う通り、秩序を保つためには理性が必要だよね。しかしその理性さえも、自分達を守りたいという、欲望から生まれると思うんだ。暴力を振るうのが当たり前の世の中だと、自分も殴られて嫌な思いをするからね。つまり人間の本質は欲であり、それを制御する理性もまた、欲の一部なんだよ」
苗字の見解はオレの今までの考えを覆した。それでも筋が通っていて、共感できるものだ。理性が欲望から生まれるという視点は、新鮮で面白い。
「お前の考え方って面白いな」
感じたことを素直に告げると、彼女はにっこりと明るく笑った。年相応で温かみのある笑顔だ。呆気に取られて、思わず苗字の顔を、じっと見つめる。
「阿部にそう言って貰えて嬉しいよ」
大きく枠取られた窓から、ふわりと穏やかな風が吹き、朝日が穂先を伸ばした。苗字の髪が光を織り込んで、煌めきながら靡く。まるで映画のワンシーンを切り取ったような光景に、オレの心臓はドクンと脈打った。
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