季節物短編







 年に一度、夜空の彦星と織姫は逢うことが出来る。だからこの街ではこの日は、遠くの地で戦っているお父さん達へ「無事に帰って来て」と願いを届ける日なんだって。









 数年前、母親が優しくそう教えてくれたことを思い出しながら、グロッザは七夕祭りに浮かれる町並みを歩く。教会が掲げる神――天界の天使様のことだという――とは異なる、この地方、というかこの街特有の行事らしい。
「普段から神を信仰しない者達からしたら、神様なんて何だって良いのよ。教会の教えを押し付ける必要もないんだから、グロッザもお祭りだと思って楽しんだら良いのよ」と神に仕える身である母親が言ってしまっては、グロッザとしても年相応に楽しむしか道は無くなる。
 母のこの態度のおかげか、自分は随分差別や偏見というものには疎いと自分でも思ったし、まわりの人間の友達も自分のことを、格別何か特別視するようなこともなかった。
 この街の住人は、ほとんどが人間だ。しかも女子どもだけ。
 この街の男性は成人が近づくと、問答無用で徴兵される。この街から戦線が離れて久しいが、それでも最前線に程近いこの街からは、‘’人手‘’という支援が供給されている。
 その為、この街の男性は皆早くに結婚し子どもを設け、家族のことを思いながら死闘を繰り広げるのだった。長い長い戦いから男達が帰ってくる時には、それはそれは盛大な宴が開かれるが、その席で流される涙は再会を喜ぶ者の方が少ない。
 即席の戦闘員だ。体格や体質、戦闘に向かない人間だって多い。それでもこの街が一枚岩の街でいられるのは、平等という精神の成せる技かもしれない。
 そんな街をエルフである男の自分が平然と歩けているのは、やっぱり神に仕える母親あってのことだと思う。そんなことを考えながら歩いていると、グロッザは目的の店を見つけた。ついでに好奇心旺盛な自分にピッタリな興味の対象も。
 目的の店は七夕祭りの際に、村の神木に吊るす願い札を売っている店だった。
 この街の人が言うところの‘’神様‘’の加護が詰まった札だ。ペッラペラの紙切れ。これがバカみたいな暴利でバカみたいに売れる。この札に普段は神を信じない人間が願いを込めて、神木に吊るすのだ。苦しいときだけの神頼みである。
 そんな店の様子を、一人の女が通りから見詰めていた。20ぐらいの若い女だった。
 緑色の長い髪の毛は手入れをしていないのかボサボサで、着ている服も安物ではなさそうだが手入れがされていない雰囲気があり、とても清潔感は感じない格好だ。ポッコリと膨らんだ腹部が目につく。
 感情の感じられない紫の瞳は、ずっと店に釘付けで、おまけに酷く顔色が悪い。長い髪の間から長く尖った耳が見えた。
 あれは――魔族だ。顔色が悪いんじゃない。魔力に染まった紫の肌。そう気付いた時、女がこちらを向いた。目と目が合い、女がこちらに近づいてくる。
「ボウヤ、どうしたの?私に何か用?」
 優しく問い掛けられているのに、上手く返事が探せない。女の表情は穏やかに微笑みの形に固まっているが、魔力に染まった紫の肌に、長い魔族特有の耳に、どうしても目がいってしまう。
「ボウヤ?」
 先程から女がボウヤというのは耳障りだが仕方がない。まだ自分はロースクールに通うボウヤだからだ。
「お姉さんこそ、どうして店をずっと見てたの?」
 なんとか絞り出して答えた。大丈夫。この街にいる以上、危険な魔族ではないはずだ。服装的にも、まわりが騒いでいないところを見てもこの街の住人だ。
「私?私はね、このお祭り嫌いなのよ」
「え?お姉さんには帰ってきて欲しい人はいないの?」
 この街の男達は皆、戦争にいっている。
「ええ。帰ってきてほしくなんて、ない」
 女は静かに、しかしはっきりとそう言って、もう一度微笑んだ。今度は何故だが、その表情が本心に見えた。
 二人の間には人が行き交ってはいるが、聞こえているようなものはいない。無関心が踏み込んでくることはない。
「それって旦――」
「ボウヤはお母さんのお使い?」
 グロッザの問い掛けは、女の質問に掻き消された。どきりとした。
「ううん。ボクがお父さんに帰って来て欲しいから買いに来たんだ。お父さんは戦争に行っちゃったんだって母さんが言ってたから」
 そう早口にまくしたてた。違う。どきりとなんてしてはいけない。
「そうなの……お母さんは、買って来てほしくなんてないのかもね」
 そう言って女は笑った。心を突き刺すような、そんな笑顔だった。










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■あとがき■


初めての短編です。
「少年ブレンド」の過去話で、七夕にちなんだ内容になっています。
違う世界の話なので日本の季節話ってなんだかおかしい気もするから、あくまであの街での文化ということにしました。
まだこの執筆段階では本編が追い付いてませんが。
神様になんでも願いが叶うと言われたら、多分戦争中なら金や地位ではなく大切な人間の生還を願うのではないか。
そう思いながら書いてました。
私の今の一番の願いは、自分の萌えが一人でも多くの皆様に届けばなってことですね。
これから季節ものもこんな感じで書いていけたらと考えてます。
皆さんもよろしければスキ<拍手機能>やダイレクトメール等で願いや感想を教えてください。
読んでいただきありがとうございました。







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