1章 蕾

 軍師が去った後、しばらくの間不穏な空気が流れていたが香取のため息によりその空気は壊された。その場にいた三人は姿勢を崩し、大きな息を吐く。伸びをする瀬戸の隣で朱雀がふと動きを止める。
「そういや、覡隊ってまさかこれだけじゃねぇよな?」
 小首を傾げる朱雀の目線はしっかりと瀬戸と香取を捉えていた。その問いは明らかに隊の人数が少ない事を指摘している。瀬戸と香取は目を合わせ困った様な表情を浮かべた。
「いやまぁ、部隊と名乗っちゃいるけどな、実際の隊員人数は三十人もいないんだ」
 申し訳なさそうにいう瀬戸に対し、朱雀は少し考えた様子を見せる。その様子に瀬戸は言葉を続ける。
「そもそもこの帝都はこの国最大の文明と人口を誇る。その国を守る最前線が俺達なんだ。それがこれっぽっちの人数だからよぉ……」
 帝都は国の中心部にありそれなりの規模を誇る。ほかの部隊も配置されているとはいえ最前線は常に人員が不足している。瀬戸は大きくため息をつき壁に寄りかかる。
「だから誰でもいいから欲しいってくらい。ちなみに俺達は任務帰りでたまたまいるだけで他は出払ってます」
 瀬戸の苦労話を後目に香取は先程受け取った紙を朱雀に見せる。
「入隊してすぐで悪いが任務だ。恐らくお前の腕試しだろう」
 朱雀は目の前に差し出された紙を手に取る。手袋越しでも分かる上質紙に朱雀は指を滑らせる。少し目を細めつつも簡素に並べたれた文字を目で追い声にする。
「帝都から東にある森林に巣食う魔障の討伐……」
 透き通る声は静かな部屋には十分すぎるほど響く。そして再び静寂が訪れる。
 香取のマントがひらりと翻す。それは舞台の垂れ幕が上がるような力強さを見せ、細い黒髪がサラリと形を変える。それに続くように瀬戸も後を追う。
「行くぞ新人。ルーキー戦だ」
 香取によって握られたドアノブはガチャりと音を立てて回る。部屋の明かりとは違う差し込まれる光に朱雀は少し目を細める。眩しくもその眩い光に期待が込められる。ゆっくりと足に力を込め、大理石をグッと踏みしめる。境界線を越えた先、辿り着く場所は朱雀が今まで見てきたものとは似て非なるものであるだろう。
 とくん。とくんと鼓動は音をたてる。
 こつん。こつんと足音は前を向く。
 境界を越えて、歩みを進める。
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