1章 蕾
気配に色や臭いはない。
けれどその空間は、目を凝らさなければ目視できない程に空気が濁り、生き物にとって不快である臭いで満ちていた。
魔障とは人を喰らい、全てを奪う。その過程として人を欺き触れ合うのだ。
「遅かったな」
三人が進んだ先にある崖の上から下を見下ろす。目を凝らしてみればそこは喰らい尽くしたあとだと分かるだろう。散りばめられた赤は黒く変色し始めている。その赤を長い舌で舐めてすする魔障の姿はなんとも言い難いものであった。
「とはいえ、仕事は仕事だ。行ってこい朱雀」
「えっ」
容赦なく香取に背中を押され、崖の上から朱雀は綺麗に落下する。獅子は我が子を千尋の谷に落とすとはまさにこの事なのだろう。
「香取お前何してんの!?」
「覡の洗礼だ。 獣型魔障・禍喰 にはこちらを餌として認識してもらった方が早い」
崖の上から見下ろす香取と、少し焦った様子の瀬戸が次第にぼやけていく。
背後に迫る地面と魔障の気配を緩和するために、朱雀は空中で体勢を整える。長槍でバランスを取りつつ着地すると、土煙と共に先程まで感じることのなかった鉄の臭いが鼻につく。朱雀の気配に気がついた魔障の動きが止まり、ゆっくりと朱雀に向き直る。狼のような姿だが、狼より何倍も大きく、大きさで言えば像と並ぶだろう。赤く濡れた口元からは鋭い牙と長い舌がちらりと見える。
「よぉ、喰ってるとこ悪いがちょいと俺と遊んでくれねぇかな」
朱雀の言葉に反応するように魔障は遠吠えをあげる。ビリリと体を震わせ、大地を振動させるその遠吠えは木々の生い茂る葉をひらりはらりと落としていく。剥き出しの歯とギラつく眼光は朱雀を餌として捉えているだろう。大きな体躯を構え、魔障は大地を蹴り爪を大きく振りかぶる。
「こいつは随分人懐っこいワンコだな」
細い長槍は大振りな腕を弾く。鈍い音と唸り声。動きは朱雀の方が早く、直ぐに足元へ滑り込む。
喉元に向かって長槍を向けるが、魔障の咆哮により遮られる。今度は大きく開いた口が朱雀を捉える。直ぐに後ろに身を引くと、大きな口は空を噛む。
朱雀の故郷に現れる魔障はどれも小型であり、街に居座れる大きさが限界であった。けれど今、目の前にあるのは朱雀が今まで目にしていた小さな魔障ではない。人を蹂躙し、ねじ伏せ、文明を破壊するだけの力がある、正真正銘人類が生み出した、人類の脅威である。
「ちぃとばかし歯食いしばって貰おうか……!」
構えた長槍は熱を帯びる。次第にその熱は炎へと形を変える。交える眼光は、人類とその脅威の対峙を意味するだろう。
けれどその空間は、目を凝らさなければ目視できない程に空気が濁り、生き物にとって不快である臭いで満ちていた。
魔障とは人を喰らい、全てを奪う。その過程として人を欺き触れ合うのだ。
「遅かったな」
三人が進んだ先にある崖の上から下を見下ろす。目を凝らしてみればそこは喰らい尽くしたあとだと分かるだろう。散りばめられた赤は黒く変色し始めている。その赤を長い舌で舐めてすする魔障の姿はなんとも言い難いものであった。
「とはいえ、仕事は仕事だ。行ってこい朱雀」
「えっ」
容赦なく香取に背中を押され、崖の上から朱雀は綺麗に落下する。獅子は我が子を千尋の谷に落とすとはまさにこの事なのだろう。
「香取お前何してんの!?」
「覡の洗礼だ。
崖の上から見下ろす香取と、少し焦った様子の瀬戸が次第にぼやけていく。
背後に迫る地面と魔障の気配を緩和するために、朱雀は空中で体勢を整える。長槍でバランスを取りつつ着地すると、土煙と共に先程まで感じることのなかった鉄の臭いが鼻につく。朱雀の気配に気がついた魔障の動きが止まり、ゆっくりと朱雀に向き直る。狼のような姿だが、狼より何倍も大きく、大きさで言えば像と並ぶだろう。赤く濡れた口元からは鋭い牙と長い舌がちらりと見える。
「よぉ、喰ってるとこ悪いがちょいと俺と遊んでくれねぇかな」
朱雀の言葉に反応するように魔障は遠吠えをあげる。ビリリと体を震わせ、大地を振動させるその遠吠えは木々の生い茂る葉をひらりはらりと落としていく。剥き出しの歯とギラつく眼光は朱雀を餌として捉えているだろう。大きな体躯を構え、魔障は大地を蹴り爪を大きく振りかぶる。
「こいつは随分人懐っこいワンコだな」
細い長槍は大振りな腕を弾く。鈍い音と唸り声。動きは朱雀の方が早く、直ぐに足元へ滑り込む。
喉元に向かって長槍を向けるが、魔障の咆哮により遮られる。今度は大きく開いた口が朱雀を捉える。直ぐに後ろに身を引くと、大きな口は空を噛む。
朱雀の故郷に現れる魔障はどれも小型であり、街に居座れる大きさが限界であった。けれど今、目の前にあるのは朱雀が今まで目にしていた小さな魔障ではない。人を蹂躙し、ねじ伏せ、文明を破壊するだけの力がある、正真正銘人類が生み出した、人類の脅威である。
「ちぃとばかし歯食いしばって貰おうか……!」
構えた長槍は熱を帯びる。次第にその熱は炎へと形を変える。交える眼光は、人類とその脅威の対峙を意味するだろう。