B×他キャラ(CP未満含む)


【Sturzregen】



――では・・・またな。


電話を切られる直前、ほんの少しの沈黙があった。

電話をかけたのはオレだから、受話器を先に置くなんて失礼な事は出来ない・・・・・・というのは建前だ。
本当はまだ話をしたくて、声を聞いていたくて、名残惜しくて、先に切るなんて出来なかっただけ。
なのに、その短い沈黙の間に『もう少しお話したい』等と引きとめることもせず、ただ通話の終わりだけを待っていた自分がいた。

まもなくプツッという音の次にツーツーという機械音が流れ、通話が終了したのだと判らされた。

公衆電話ボックスの中に佇むオレの手は、まだ受話器を握って耳に当てた格好のまま。


レーラァは、
『またな』
と言った。

でも。

それが最後の言葉じゃなかった。
受話器を耳に押し付けていなければ、その後は聞き取れなかったと思う。

『またな』の後、電話が切られる前の僅かな合間に、
『Auf Wiedersehen.(さようなら)』
という声が、小さく小さく、聞こえた。
確かに聞こえた。
一番聞きたくなかった言葉。

――Auf Wiedersehen... Jade.


『また』なんて、おそらくもう無い。
もうオレに教えることは何もないと言われた。
仲間達と共に切磋琢磨しつつ成長する時が来た、とも。
更に、おまえと直接会うことは出来ない、と断られた。

(なのに何故『では、またな』なんて言ったんですか?社交辞令ですか?そんなに通話を早く切り上げたかったのですか?)

真意を訊いてみたくても、オレにはそんな勇気があるわけもなく、まだ耳に当てたままの受話器心の声をぶつけるしか手立てはなかった。


ボックスの外は土砂降りの雨。
電話なんかしなければ良かったのだろうか?
直接お屋敷に行ってしまえば良かったのか?
もしくは、お声を聴きたい話したい等という願望に負けてしまうのが早すぎたのか。
・・・・違う、オレには分かっている。例え何年後でもレーラァのご意思やご決断なさっている事は、決して覆らない。

ボックスのガラスを強く叩かれて現実に引き戻される。激しくなった雨が四方のガラスを打つ音だ。
それは数秒後には更に激しく盛大な音を鳴らし始め、天辺からの雨垂れが滝のように地面へ流れていく。

(いつまでここにいる?雨がもう少し落ち着くまでか?・・・嫌だ、もうここには居たくない)

早く出て走り去ろう。
持ち合わせのお金は全部10円玉と100円玉に両替してしまったし、傘を買えるほどは残っていないかも知れないけど。
唇を噛み締めすぎた痛みで気が付いた。まだ受話器を握りしめていたことに。

慌ててそれを元の場所に置くと、

――ガシャン、ガシャン、ガシャン・・・・・・・――

雨の音とは違う音が続けて聞こえ始めた。
使いきらなかった残りの硬貨が次々と電話の釣り銭口に落ちてくる。
沢山話しても足りるように、硬貨を常に入れ続けていたのに、その大半が消化されずに返ってきてしる。

(これなら傘は買えそうだけど、大量の小銭を店で出すのは、ちょっと恥ずかしいな・・・)

硬貨が全て落ちてきたら、帰ろう。
でも、その前に。
「Auf Wiedersehen・・・・・(さようなら)」
雨とコインの音が響く四角く狭い空間で、呟いた。




コインをポケットに突っ込んで土砂降りの中へ飛び出した。さっきより少し雨足は弱まっている。

街は夜の景色、家路を急ぐ傘の花の合間を縫い小走りに駆け抜けていく。
ワイパーを回し飛沫を上げる車たちが良き並走相手になった。
人と車が入り乱れる少し無秩序な都会の交差点では、どこからともなく無数のクラクションが鳴る。
ここは日本・東京、繁華街の多い地区。
ベルリンで雨の中を走っていた頃とはまるで違うけど、少しだけ何か懐かしい気もした。




ずぶ濡れでアパートの階段を上がると、部屋の前に誰か居た。
レインコートの襟を立てていても、よく見れ誰なのかすぐ分かる。もしかしてそれで変装しているつもりかい?

そいつはオレを見るなり、
「馬ッ鹿じゃねぇの?何だ、そのマヌケ面はよ。
ずぶ濡れでヘラヘラ笑ってるヤツなんか初めて見たぜ」
呆れ半分で揶揄を込めた口調で言った。

そうだよ、オレはおまえの言う通り馬鹿だから、あんな結末を迎えてしまった。
昨日おまえが忠告してくれた通りになったこと、もう気付いているんだろ?

「オレ、そんなにニヤケてるかな?」

「ああ、みっともねぇっていうより、かなりキモチ悪りぃ」

「まぁ・・・明日のこと考えたら当然じゃないかな?先輩たちと初めて合コンに行くんだからさ」

「へぇ、あんなに嫌がってたくせになァ」

合コンが楽しみだなんて嘘だ。
オレがいまヘラヘラしてるように見えるなら、それは無意識のうちに表面に出たオレの狂気かも知れない。本当は思い切り泣きたいんだ。

心の声が聞こえたのかも知れない。
急に黙り込んだスカーの鋭い双眸の奥に、僅かな憐れみを見たような気がしたのはオレの思い過ごしだろうか?


風の向きが変わったのか、アパートの通路にも雨が当たり始めた。
スカーが何故ここに来たのかまだ訊いていないし、自分もいま独りになりたくなくて、この同期の『友人』を招き入れるべくドアの鍵を開けた。




ーーENDーー



再公開の前にあちこち修正しながら、この前後を少し書いてみたいかも、と思いました。
元はジェイドの救いようのない暗い話でしたが、最後の方を変えたせいでスカJに発展しそうな終わり方?になったからかも。


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