Break my past.
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朝の時計が鳴る前に目が覚めたブロッケンJr.は、まだ寝ているケビンを起こさぬよう、静かに着替えて部屋を出た。
エレベンターで1階に降り、ロビーの片隅にあるカフェでコーヒーを注文すると、近くに客が居ないのを確認し携帯電話の発信を押し、それを軽く耳にあてる。
何コール目かで応答した相手に、まずひとこと朝の挨拶と昨日の礼を言い、一度黙った。
ウェイターがコーヒーを目の前に置き、奥へ下がっていくのを見届けて再び小声で話し始めた。
見知らぬ他人に聞かれてまずい内容ではないが、相手・・・・ラーメンマンとしか交わせない話の内容であり、最低限ケビンには聞き耳を立てられたくない程度のこと。
「そうか。ではすまないが後のことは頼む。えっ?・・・・いや、そういう意味ではない、何か問題が起きたら連絡してくれ。俺の言葉は俺に責任があるからな。いずれ違う形で奴の身の振り方を提案しようと思う。そう、俺が死ぬ前には」
ちらりと見た時計は間もなく7時20分。モーニングコーヒーを飲みに来た宿泊客がちらほら増えていた。
「昨日で話し終えてしまったし、もう日本に用はない。今日のうちに俺は帰国するが、引き続きこの電話番号は他言しないでくれ。・・・・弟子?ああ、ケインの今後は白紙だ。頚を傷めたから暫くかかるだろう。ではまたな」
電話を切り、周囲を見渡しケビンの姿が無いことを確かめ、温くなりつつあったコーヒーを飲み干して目覚ましが鳴る頃であろう部屋へ。
航空機のチケットも早く手配したい。ドイツ国内ならどこでもいい、とにかく日が暮れぬうちに日本を離れたい、と思いながら。
何時に寝たのやら、ケビンは目覚ましを止めてまた寝るを、ブロッケンJr.が部屋に戻ってから数回繰り返している。
5分間隔で鳴るそれが6回か7回、部屋に響いた時、漸くケビンが目を擦りながら起き上がった。
「なんだ、あんたもう起きていたのか」
「ああ。7時前に目が覚めた。時差を計算して前日から睡眠を調整していたから普段通りさ」
「ふん、さすがレジェンド様だな、・・・・ん?もう着替え済みかよ。今日のこれからの予定は?」
まだ眠そうな声のケビンへ、ブロッケンJr.は部屋に備え付けられたインスタントコーヒーを淹れてやりながら、
「まず帰りのチケットを確保する。ベルリンでなくともフランクフルト行きなら多少は当日でも空席があるだろう。もし搭乗までに暇があれば空港近くの寺に参拝でもするか?」
「寺?そんなのより買い物がいい。魚市場で冷凍モノを色々あんたの家に送りたい。久々にオレの美味い飯を食わせてやる」
「時間にかなり余裕があればそれもいいな。偽弟子の影武者にも土産くらい買っていくか。彼は明日中に一旦家に返すつもりだ」
「オレに雰囲気似ているんだろ?会ってみたい」
「入れ違いに会うさ。向こうはケビンマスクが現れて驚くぞ。ファンだと言っていたからサインと握手でもしてやれ」
「あんたの身内なら喜んで。愛想も良くしなきゃな」
機嫌良さげに笑いながら「シャワー浴びてくる」とバスルームに消えたケビンを見送って、ブロッケンJr.はフロントに航空機のチケットの手配を頼んだ。
半日くらいケビンと日本を観光しても良いかも知れない、と思ったが、誰かに目撃されれば面倒なことになる。
改めていつか二人で旅行したいなと考えた自分に、ブロッケンJr.は思わず苦笑した。
「あの賭けはケビンの勝ちになるかもな」
ベルリンに帰ったら伝えてやろうか、と思う。
「俺はおまえのことしか考えられないみたいだ」、と。
これが特別な意味で人を好きになるということなのか?とも問いたい。
ちらりとジェイドが脳裏を掠めたが、彼には全く抱いたことのない感情なのはおろか、今までの人生で初めての甘酸っぱさがあるような気持ちだ。
この思いをケビンに打ち明けるタイミングを模索しながら、ブロッケンJr.はバスルームから聞こえる激しい水音が聞こえなくなるまで、窓際で日本の街並みを見つめていた。
.....END.....go on next!
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