Break my past.
「本物の水が飲みたくなった、冷蔵庫にミネラルウォーターはあるか?」
「軟水だが何本かある。栄養ドリンクとコーラもあったかな」
「水でいい、おまえもいるか?」
「じゃあ奥にある炭酸水を出してくれ。さっき買ってきて冷やしておいたんだ」
メインデイッシュの魚をフォークでつつきながら、ケビンは、
「ついでに缶ビールも冷えているぜ」
と、珍しく「まだ酒が足りなければ飲んでも構わない」と言わんばかりに言葉を続けたが、ブロッケンJr.が出してきたのはミネラルウォーターと炭酸水。
「今夜は話すことがあるだろう?悠長に酒を飲んで夜景を楽しむだけで終わらせたいのか?」
「・・・・聞きたいことだらけだが、先にこれ食って食休みする。二人ともシャワーを浴びたら寝るまで話そう」
「ではおまえは食っとけ。俺が先にシャワーを、いやバスタブも借りる」
「オーケー。疲れているだろうからゆっくりしてきていいぞ」
「そうさせてもらう」
バスルームへ向かうブロッケンJr.の背を、ケビンがどんな表情で見つめていたのかは誰も知りようがない。
食事を終えたケビンはフロントに電話をし、ルームサービスのワゴンを下げて欲しい旨と、それを部屋前の廊下に出しておくことを伝えた。いつブロッケンJr.がバスルームから現れても良いように・・・・いや、二人きりの空間に誰も入れたくない気持ちもある。
ベッドに腰掛け炭酸水を飲みながら、ふと時計を見れば間もなく21時30分になるところ。そろそろブロッケンJr.が出てくる頃だろうと思った瞬間、湯気と共にドアが開き、やや長湯を終えたブロッケンJr.が眠そうな顔で窓辺のソファに座った。
「待たせたな、湯はそのまま残してあるからおまえも浸かったらどうだ?」
「あんたの後はオレには熱い、少し待ってからにする」
「水を足せばいいじゃないか」
「まだ満腹で動きたくない。それにホテルに戻った時、シャワーだけ軽く浴びたし・・・・あ、いや、寝る前にはちゃんと入るぞ」
「では先に少し話すか?」
「・・・・何から?」
「本来ならおまえがどうしてここまで来たかの経緯から聞きたいが、今夜は俺が尋問される側だ。おまえが聞きたいことから言えばいい」
「経緯なら簡単に話しておく。あんたが日本へ行くのを勘づいて後をつけたのは事実だが、オレのもう一つの目的はジェイドの様子見だ。ネットに書かれていた様々な憶測が気にかかっていた上に、ベルリンへ帰るのを希望しているという記事も見たし・・・・それに対してあんたがどう対応するのか見届けたかった。電話で呼び出したろ?本音は同席したくて近くまで行っていた」
「おまえがジェイドに会ってどうなると?部外者だろうに」
「・・・・あんたとまた暮らしたいからさ。偽弟子が出ていったらすぐにでも。そこにジェイドがいたら悪く言えば目障りだ」
「俺に同性ながら懸想しているおまえなら耐えきれんだろうな」
ケビンは最後の一滴まで飲み干した炭酸水のペットボトルを屑籠へ投げ入れ、ブロッケンJr.が座るソファに歩いてきた。
「どっちかにつめてくれ。オレもそこに座りたい」
「人間用の二人掛けだ、俺達二人では狭い!」
「平気だ、この幅なら座れるさ」
無理矢理ブロッケンJr.を端に押し、隣に腰を降ろしたケビンの膝と臀部、そして肩は自然とブロッケンJr.に密着した。だが、それについてどうこういう気は失せたらしい相手に、ケビンは再び話し始めた。