Break my past.




二人が待つ部屋に踏み入れる足がやたら重く感じたブロッケンJr.だったが、ジェイドの視線を浴びつつ無言で先程の場所に座った。

「ブロッケン、誰かから急用でも?」

ラーメンマンが先に口を開く。

「いや、友人からの他愛ない電話だった。中座して悪かったな、話を再開しよう」
「・・・・ラーメンマン先生、少しだけレーラァと二人だけで話してもいいですか?」
「うん?わたしは構わんが」
「5分位でいいです、ベランダで待っていて下さい。すぐお呼びしますから」
「わかった。ブロッケンも同意で良いか?」
「ああ、だがな、ジェイド。何を話すやら知らんが俺の気持ちは変わらんぞ」
「・・・・はい」

ブロッケンJr.の温度を感じない頑固な姿勢を横目にラーメンマンはカーテンを閉め、ひとりベランダに出た。
手にはマグカップ、茶はまだ温かい。

(ジェイドは打ち明けたいのだろう、もう遅いであろうことと知りながらも・・・・切ないな)

風は風速3メートル程の南風。
ラーメンマンの長い黒髪が二人を案じるようにたなびいた。



二人きりになるや否や、ジェイドは姿勢を正すとおもむろに言った。

「・・・・ベルリンに帰りたいんです。弟子は卒業でいいですから、貴方の側にいたい」
「それは困る。無理な話だ」
「どうして!何故ですか?!
「俺にも新しい生活があるからな、そこにおまえを入れるわけにはいかんのだ」
「新しい生活・・・・それはケビンと、ですね?
「はあ?どうしたらその名が出るんだ」
「噂で聞いています。やはりケビンマスクがあなたの新しい・・・・いえ、弟子とか友人なんかではなく恋人ですか?さっきの電話も・・・・」
「馬鹿を言うな、あいつも俺も男だぞ、それに旧友の息子だ」
「今どき普通にアリですよ、だって自分もあなたが好きでしたから、あ・・・・すみません、つい口が滑って・・・・」

慌てて口を両手で塞いだジェイドの顔は真っ赤だった。

「ケビンマスクと俺は歳こそ離れているがお互い良き理解者だとは思う。そしてたまに乞われて関節技を教えている。特別どうこうというわけではない」

いまブロッケンJr.は嘘をついた。分かっていて言葉を発したのだ。特別な関係になりかけている、というワードが脳裏を掠めない訳がない。友達以上恋人未満、それが正しい答えだったことも。

「オレは、あ、いえ、わたしは精神的な病をも得たみたいです。ラーメンマン先生に聞いたかも知れませんが・・・・超人であることも戦うこともどうでもよくて、何にも興味を持てず毎日この部屋で無気力に過ごしてばかりで・・・・唯一考えるのは貴方とまた暮らしたいと、それだけなんです」
「俺がおまえを日本に置いて消えたことが原因とでも?」
「ええ、半分はそうかもしれません。とてもショックで・・・・病院でもいつか貴方が来てくれるのではとか、いつ迎えに来てくれるのかなとか・・・・そればかり考えていました」
「そんなおまえに非情の追い討ちをかけるようですまないが、もう一度言う。俺はもうおまえとは暮らせない。お互いに新たな暮らしの中で新しい希望を見いだすべきだ。おまえはもう、出会った頃の小さな坊やではない」
「でも!!」
「話はそれだけか?もう五分を過ぎる。ラーメンマンを中に入れろ」
「レーラァ・・・・わたしは諦めません!」
「無理なものは無理だ。何度も言わせるな。おまえと二人で会話するのは今日、いまが最後だ」

ブロッケンJr.は立ち上がり、ベランダのガラスをノックして開いた。

「話はもういいのか?」
「ああ。ジェイドは疲れているようだ。予定より早いがそろそろ戻らないか?」
「・・・・そうだな、おまえさんがそうしたければもう行こう」

部屋に入ったラーメンマンに、ジェイドがすがるような目をして何か訴えていたのを、ブロッケンJr.は見逃さなかった。
後できっとさっきの会話を話すに違いなく、それでもブロッケンJr.は構わないと思った。

(無理なものは無理だ。病人とはいえ、今回ばかりは冷徹にならねば・・・・)

ケビンが聞いたらどう思うのか。詰問される前に話してしまうかも知れない、とブロッケンJr.は人知れず苦笑いを浮かべた。


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