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屋敷に戻り、ジュニアはケビンを浴室に直行させ、暖炉に火を入れた。
部屋が暖まりかけた頃、バスローブ姿のケビンがふらりと現れたのを見、
「火の側に座っていろ。いま飲み物を持っていく」
と言い、程なくしてマグカップを手にケビンの横に腰をおろした。
「ほら、飲め。ホットミルクに砂糖とブランデーを少し入れた。少しは暖まる」
「ああ…すまない」
受け取って、ケビンはそれを一口飲んだ。
「美味いな・・・」
「そうか、それは良かった」
ジュニアは何も問わなかったし、ケビンも何も語らなかった。
二人は暖炉の前で、燃える火をただ見つめていたが、暫くしてジュニアが口を開いた。
「何故あんな真似をしたのかは聞かないが…俺に原因があるのなら話せ」
ケビンは黙ったままカップの中味を飲み干し、空になったそれ置くと、ソファの上で膝を抱えて丸まり、虚ろな瞳でジュニアを見た。
「・・・・・・」
「ジェイドの件に拘っているのだとしたら、俺は本当におまえに嘘はついていないからな」
「もう、それはどうでもいい。なんとなく把握した」
ケビンは唇だけ動かし言葉を紡ぐ。
「あんたに全て原因があるなら、いっそその方が楽だった」
「どういう意味だ?」
「自分で自分が嫌になった…ジェイドのことはきっかけだったに過ぎない。毎日少しずつ何かが蓄積していた。人を欺くことは出来ても自分は欺ききれず…最近は一人で空回りばかりしていた。やるからには徹底的に、完璧に、それがオレなのにな。ジェイドの話で動揺したら一気に何かが崩れた」
長い前髪で顔を隠し、ケビンは俯いて膝に額を付けた。
その姿を見て、まるで幼い子供のようだ、とジュニアは思う。
落ち込んだ時や叱った時、よくジェイドがそうしていた。だが今ケビンの前でジェイドの名を出すのは憚らねばならない、また口論になっていまうかも知れない。

「おまえを、ケビンを部屋に呼んだ夜を覚えているか?」
「ああ」
「あの時、俺はおまえの負担を少しでも軽くしてやれたらと思っていた。なのにおまえときたら…」
「弱音吐くのを期待していたんだろ?残念だったな」
ジュニアはソファに並んで座るケビンとの距離を少し詰めた。
「なぁ、ケビン…いい加減に真面目におまえと話させてくれないか?」
「何の話だ?」
やっとケビンが顔を少しだけジュニアの方に傾けた。
「まずは黙って聞いて欲しい…、おまえは最初こそ状況を楽しんでいたかも知れないが、後半は今さっき自分で言っていたように、何かが…おそらくは葛藤のようなものが蓄積し、果てはおまえを疲弊させていたに違いないんだ。おまえから余裕が失われ、その変化に気付いていながら俺は何もしてやれなかった。かと言ってそのまま看過する冷徹な師匠役を続けるのにも限界がある」
ジュニアはケビンに、ぎこちなく笑いかけた。
「俺達は二人とも役者になりきれなかった。師弟ごっこは終わりにしよう。明日にでも母国へ帰るといい。今まで世話になった」
「何故いきなりそんな話になるんだ?!」
それまで静かに話に耳を傾けていたケビンだったが、突然別れを告げられ熱り立った。
「落ち着け。どのみち春が来たらおまえを自由にするつもりでいた。もっと前に話しておきたかったんだが…」
「どうしてだ?理由を聞かせろ!もしや気が変わってヘラクレスファクトリーへ行くとでも言うのか?!」
「何故そうなる、行くわけないだろう。ラーメンマンらが来たとき話していた、宇宙規模の大会とやらが近く実現するらしい。早ければ夏あたりに予選が始まるかも知れない。地球の現チャンピオン・ケビンマスクに、いつまでも偽りの姿をさせていられるわけがなかろう」
「それなら二役やるまでだ、そこまでしなけりゃ奴等を欺いた意味がない!」
「その必要はない。俺はおまえがケビンマスクとして宇宙の王者になることを望む」

ケビンはジュニアを見つめ、何か諦めたかのように深い息をついた。
「…ブロ…」
「うん?」
「オレが頑張ってきたのは何だったんだ?」
「だから礼を…言葉では足りないなら欲しいものを言うといい」
「礼など要らんと言っただろう?あんたが困っているのを見たからだけではなく、オレがあんたと離れたくなくて勝手にしたことだ。一緒にいられるならずっとこのままでもいいと…っ…オレは…」
「ケビン…?」
最後の方は涙声だった。
「俺の話し方がまずかったな…すまない」
ジュニアはケビンの肩を抱いて引き寄せた。
「なにを…」
驚きで一瞬顔を上げかけたものの、涙が頬を伝い流れるのに気付いたケビンは、再び俯いた。
肩を抱かれ、頼りなくジュニアに凭れかかりながら、そういえばこの数ヶ月、スパーリングの相手をしてもらった時以外、殆ど触れ合うことはなかった、とぼんやり思い返していた。

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