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ケインに扮したままのケビンは、街をひた走っていた。
どこをどう走り、何処まで来たのかすら覚えていない。
視界は昼だというのに厚い雨雲で暗く、風雨は容赦無くケビンの行く手を阻むように強く吹き付ける。
それでもひたすらに向かい風の方向へと走った。
気が狂ったわけではない、ただ無性にそうしたかった。

思考が麻痺し何も考えられなくなるまで、と決めてどの位走っただろう?
酒では何も解決しなかった。あとは肉体を酷使すること位しか思い付かない。

自分が判らなくなった。
愛しい人の為に咄嗟の思い付きで姿を変えた自分が、急に嫌になってしまったのは何故か?
毎日側にいられることが幸せと感じられていた頃は、まだ良かった。偽りでも師弟となり、その役目を自発的にしたくせに、ジェイドの件で自ら関係をぎくしゃくさせた。
負の感情を圧し殺すことが出来なくては、何もかも上手くいかなくなる。その位わかっているのだ。
想い人の近くにいても心の距離は遠くなるばかり・・・・ケインになりきればなりきるほど、それは深まった。
ブロッケンジュニアへの想いがはちきれんばかりに募り、強い嫉妬心とジレンマから逃れられない。
まさか自分にそういった変化が起こるとは、予想だにしていなかった。

「案外オレは弱っちい奴だったんだな・・・・精神力を鍛えねば」

独り言は雨音と風に消され、誰かがいても聞こえないだろう。

「咄嗟の思いつきなんざその場で、いや、短期間で消化するに限る。やはりオレに役者は向いていなかった、と・・・・今の気分は、そうだ、あの時の・・・・」

かつて父・ロビンマスクの元から飛び出した時、爆発したフラストレーションに少し似ている。
『自我の解放』を今また求めてやまない。

「自由になりたい、やりたいことをしたい、何かに縛られていたくない・・・・ってな」



適当に、がむしゃらに走っていたからか、気付かずうちにどこかの裏路地で行き止まりにぶち当たった。
超人とはいえ前夜に深酒し、ろくに寝ず朝から雨の中を走り通せば当然辛く、疲れも感じる。
気力と体力を消耗しきった身体はケビンの意思と関係なく、突き当たりの壁を背にドサリとへたりこんだ。
元より傘など持たずに出た為、容赦ない雨で身体は衣服を通り越してずぶ濡れだった。



どの位そのまま座り込んでいただろう?
昼なお暗い空で時間は読めないが、どこかから教会の鐘が聞こえた。

いっそ世界を欺いた懺悔でもしにいくか?
そう思い薄笑いを浮かべた時。
不意に人の気配を感じ顔を上げると、傘を手にジュニアが立っていた。

「…ブロ…」
見上げるケビンにジュニアは一言、馬鹿、とだけ言い、その手を引いて立ち上がらせた。
「…どうしてこの場所が判った?」
「元親衛隊の一人から連絡があった。弟子がおかしな真似をしているとな」
「おかしなことか?オレはただ走っていただけで…」
「話は後だ。向こうに車を停めてある、屋敷へ帰るぞ」
「車?そんなに遠くまできていたのか、オレは」
「50キロ以上だ。・・・・整備もろくにしていない車で悪路ドライブは金輪際御免だな。ほら、とっとと歩け」
促され、ケビンは支えられながら足取り重く歩き始めた。

後部座席にケビンを押し込み、ジュニアはタオルを数枚投げた。
「そこは外から見えない。仮面と服を脱いで軽く身体を拭いておけ」
ケビンは黙ったまま大人しく従い、まず偽の仮面を外し顔を拭った。
バックミラーでその姿を確認すると、ジュニアはゆっくり車を走らせ始めた。

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