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二人の間に気まずい雰囲気が流れてから8日後、ケビン、いやケインは国内では規模の大きめな試合のエントリーを、締め切り直前に勝手に取り止めた。
師匠であるジュニアには何も言わず、当日ふらりと出掛けたまま深夜まで帰宅しなかった。
夜のニュース番組でケインのエントリーが無かったことを知ったジュニアは、深い溜め息をつきながら、まんじりともせず弟子の帰りを待った。
今夜はとことん話さねばならない、と思いながら。
深夜に帰宅した弟子は門限破りは勿論のこと、禁じていた飲酒をしており、リビングに現れるなりジュニアの目の前でだらしなく床にしゃがみこんだ。
「まだ起きていたのか」
弟子の開口一番はそれだった。完全に酩酊していると見てとれる。
「おまえこそ……いま何時だと思っているんだ?試合のエントリーをしに行くだけのはずが、何時間もうろつきやがって…しかも勝手に取り止めた上、かなり呑んできたな?」
時計は午前1時をとうに回っている。
「でかい試合に出ないのも、話題作りになるだろう?作戦だと思えよ」
「そんな不名誉な話題とひねくれた作戦など要らん。何故指示されたことをしない?最近のおまえはおかしいぞ」
ジュニアは得体の知れぬ苛立ちを覚えた。若い頃ならば詰問より先に殴り付けただろう。
「ははは、おかしいか?オレはあんたの大切な、優秀な弟子じゃないか」
弟子は乾いた笑い声で彼なりに揶揄したつもりらしいが、ジュニアは酔いつぶれた若者の戯れ言を相手にする気はなく、
「今夜はもう寝ろ。心配して待っていたがその様子では話したいことも話せん。明日はトレーニングしなくとも良い。オフだ」
目の前を足早に通り過ぎてゆく師を、弟子は項垂れたまま見送った。
翌日は早朝より冷たい雨が降りしきっていた。
ジュニアは普段通りに起床したが、階下へ降りると誰もいなかった。
食卓に一人分の朝食の用意だけがしてあり、先にケビンが起きていたのが判る。
二日酔いで寝直したのかと思いながら、ひとりで食事をし、他にすることもないままぼんやりとテレビを見ながらケビンを待つ。
が、いくら待ってもケビンはリビングに現れなかった。
昼を過ぎ、さすがに心配になったジュニアがケビンの部屋に向かうも、その姿はどこにもなかった。
枕元にはケビンの仮面があり、開け放されたクローゼットの中を見ればコートが無かった。
つまりケインとして、とうに外出していたのだと判る。
オフを与えたのだ、こんな雨の中でも遊びに出掛けても不思議はない。
ジュニアは窓の外を見つめた。
雨足も風も強くなっている。
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