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ジェイドの話はその朝で強制的に終えられたものの、ケビンはどうしても気掛かりでならなかった。
しかしジュニアの手前を考え、それ以上何もどうすることも出来ず、ただ悪戯に月日だけが経過し、偽の師弟関係も2ヶ月目に入った。

何度かケインは体調不良という名目で試合放棄をしたものの、出場した試合は当然だが全勝だ。
気紛れなケビンの性格はケインに扮しても同様で、ジュニアはその正体が暴かれるのを危惧し、あれきり取材は一切シャットアウトした。

理想的な師弟というものがどんな様であるか?の模範や基準はともかく、人々は口々に二人を讃えた。国内の超人たちからの尊敬や期待も大きい。

しかしその裏側では実に淡白な基盤・・・・同じ屋根の下で起居していようが、互いに必要以上に関わらない決まりがあった。
ケビンが『その方がいい』と提案したからだが、ジュニアはそれが少し前から息苦しくなっている。逆に不自然ではないかと思い始めもした。

その存在は自分にとても都合の良いものであった筈が、彼(ケインという名のケビン)を見る度に気付かれぬよう重い息をつく。
以前一度、ケビンを部屋に呼んだ時なら話せたかも知れないが、あの時はケビンがケビンに戻りきれていなかった。
ケビンさえいつもの……偽弟子になる前の調子で対話してくれたなら、ジュニアは幾つか彼に胸の内を話せただろう。

ジェイドの現状についても、ケビンが調べて何か知ったことで余計に溝が出来た気がする。
知りうる限り、若しくは推測出来る範囲でジェイドの話をするのはいいが、確実ではない情報はケビンを惑わせるだけで、良いことではない。
本当にジュニアですらその理由を詳しく知らず、推測も漠然としたものだけなのだ。

今、『ケビン』とも『ケイン』ともジェイドの話題抜きで話せそうにはなく、それでも『ケビン』と二人で話したいと思うその感情に名前をつけるのは、実直なジュニアには躊躇われた。
そんな自分を察知されるわけにはいかぬ以上、以前に増して毅然とした態度を崩すことは出来なかった。


実はケビン側も似たような感じであったが、ジュニアとは少しばかり違い、そこはかとない哀愁を垣間見せている。(それがジュニアには痛々しく、逆に近寄り難くさせるのだが)
ジェイドの件が心に引っ掛かっているだけではなく、ジュニアと共にいても解け合えないもどかしさを感じる度に陰に籠った。
ケインは優秀な弟子でいなければならない。
いくら愛する人の前とはいえ、『ケビン』のようには振る舞えないのだ。
部屋に『ケビン』として呼ばれた時も、必死で線を引いた。ジュニアが本来の自分と会話をしたいというのは素直に嬉しかったが、二重の人格をかろうじて保つことに重きを置いた。
それでも、小さなことで揺れ動く気持ちを押し込め続ける精神力が、日に日に失われていくのは最早止めようがなく、それはトレーニングにも試合(放棄含め)にも顕著に表れるようになってしまっていた。
器用なように見せかけるのは巧くとも、蓋を開ければそれは不器用な男の精一杯の努力の表れでしかなく……いっそ当初のような遊び半分で楽しめるゆとりが持続していたなら、ケビンもジュニアも気楽だったに違いない。
しかし今ではもう、あの始点まで戻るには月日が経ちすぎていた。

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