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試合当日。
メインであるケイン戦の直前に激しい雨が降りだした。
主催の、一時中断という提案にケインと対戦相手が反発し、雷雨の中で試合は始まった。
小さな野外特設会場とはいえ、観客はぎっしりと詰まっている。
テレビ中継のない試合だけを選び出場しているケイン観たさなのだが、試合はいつものように呆気なく終わろうとしていた。
「ケイン!まだ早い!」
リングサイドからジュニアが叫ぶ。
「もう少し遊んでやれ!命令だ!」
命令という言葉にケインの動作は一瞬止まり、そこから計測して約1分、トータル2分で試合終了となった。
これが事実上、彼の試合では一番長い試合時間。実際、KOまで1分もかからず過去5戦を完勝している。
リングを降りるケインにジュニアは傘をさしかけた。
「全くおまえは…5分くらい試合出来ないのか」
「無理だ、相手が弱すぎる」
「しかしな、たまにはファンサービス位してもいいんじゃないか?」
「そんなもの2分あれば足りる。それより凄い雨だ、早く行こう」
ケインはジュニアから傘を奪い、歓声と雨音が響く中、寄り添って一本の傘に入り屋内へ急いだ。
控え室までの通路には集音マイクを手にした記者らが、今や遅しと二人を待ち受けていた。
彼らもケインという新人に興味津々で、今日は特に、いつもは姿を見せない師匠のブロッケンジュニアもいるから尚更のこと。
カメラはジュニアが先に断り既にシャットアウトしており、インタビューを幾つか受けるのみという前提で取材を許可したのだ。
すぐさま十数名の記者が二人の元へ群がった。
「ケイン選手、今日は約2分の試合でしたが、1分で倒すには無理な対戦相手でしたか」
「いえ、少しファンサービスをするよう師に言われましたので」
ケインは答えながら、ジュニアを背に隠すようにして大股で歩き、足を止めることはなかった。記者らは二人を追いかけ全員小走りする。
控え室までの道で幾つもの質問が飛び、ケインはその半数ほどに短く答えた。
しかしジュニアからシュミレーションを受けていた予め用意していた言葉を紡ぐだけで、淡々とした姿勢は崩さなかった。
「ブロッケン師匠、新しい弟子の世界へのお披露目はいつに?噂は流れていますし超人プロレスファンは登場を期待していますが」
ドアを開ける寸前、ジュニアへ記者から声がかかった。
「・・・・まだその予定はない。暫く国内限定、中継もさせん」
ドアノブをつかんでいたケインは、ジュニアの言葉にぴくりと反応した。
「国内なら夢のカード…あなたの新旧弟子対戦はあるのでしょうか?!」
さぁ、と惚けたジュニアの顔色が変わったのをケインは見た。。
「ジェイド選手が日本でリハビリをしていることは御存知ですよね?!なかなか回復しないことも」
「ああ・・・・そうらしいな」
「もし何か、彼にかけたいお言葉があればどうぞ!」
「・・・・特に、ない」
次々とジェイドの名を含む質問が飛び、いつの間にかジェイドとブロッケンジュニアの現在の関係に話が及んでいる。
「いい加減にしてもらいたい!」
無遠慮な記者らを一蹴したのは、ジュニアではなくケインだった。
「ジェイドについてのコメントはしない。全員お引き取り願う・・・・レーラァ、先に中へどうぞ」
ケインが控え室のドアを開け、ジュニアを押し込むと自分も入り鍵を締めた。
気まずい沈黙が狭く湿った部屋に流れている。
記者らのざわめきと靴音が完全に聞こえなくなってから、先に口を開いたのはジュニアだった。
「おかげで何も答えず済んだが、おまえはもう少し礼儀正しくせねば・・・・それに最後に彼等へ投げた声音は微妙にまずかったのではないか?『本物』になっていたぞ」
「すまない、つい・・・」
「車を呼ぶ。早く帰り支度を」
汗か雨かわからない水滴を拭いながら、ケインはジュニアを見つめた。
「どうした?ケイン」
「いや・・・」
少しの間のあと、ジュニアは「何も気にするなよ?」とケインに薄く笑って見せた。
その夜。
ケビンは部屋でパソコンを開いていた。
探すのはジェイドに関するニュース。
日本に居るのは知っていたが、まだリハビリの段階とは思わなかった。
重傷には違いなかっただろうが超人の回復力があるのだから、人間より断然治癒が早いはず。
オリンピックから半年は経過したいま、リハビリなどとっくに終わり、日本で活躍していると思えば……
「ジェイド…あった」
ケビンの目はやがて記事に釘付けられ、深夜にまでそれは続いた。
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