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「ケビ・・・・いや、ケイン、今日のトレーニングだが、午後は少し付き合うからな」

ジュニアは朝食の片付けをする若い背中に声をかけた。
既に素顔ではなくケインの仮面をつけている。

「珍しい、何か意図が?」
「いや、俺も外に用があるだけだ。次の試合を決めたからエントリーシートを出しに行く」
「なんだ、ついでか。どうせその程度の偽弟子というわけだ」
「まぁそう言うな、ケビ…・ではなくケイン」
「あんたちっとも慣れないな。せっかくの演技が外でバレたらどうするんだ」
「すまんすまん、つい。しかしおまえが役者に向いていたとは思わなかった」
「大根かと思っていたってか?オレはやるからには何でも徹底的にやる。それはあんたもよく知っているだろう?」
「…ああ」

徹底的に。

そこに含みがあることを聞き逃すジュニアではない。

「ケイン、夜になったらケビンマスクに話があると伝えてくれないか。21時以降に部屋へ来てくれ、と」

「・・・わかった」

若い「弟子」は不思議そうに一瞬首をかしげたが、去っていく「師匠」の後ろ姿を見つめ、口許でだけ微笑した。



午後から「師匠」ブロッケンジュニアと共に「弟子」ケインはロードワークに出た。今朝も走ったが「師匠」と共に街を行くのはお互いに好都合でもある。
ケインがブロッケンの弟子であることを周知させるにはもってこいで、二人が走れば道行く人々はざわめいた。
二人は無言で走っていたが、街の一角で示し合わせたように立ち止まった。

「では、俺はこれを主催側に出してくる。小さな会場での試合だが、しっかりやってくれよ?」
「ヤー、レーラァ。わたしは残り5キロ行って折り返します。帰りはジムに寄りますが、いつもの時刻には夕食の席でお待ちしています」
「よし、行け」
「ヤー」
ケインは颯爽と走りだし、ジュニアは街角に消えた。



夕飯と片付けを済ませ、軽いストレッチで今日1日のトレーニングを締めくくる。それからシャワーを浴びれば就寝までの間、少しだが自由時間が出来る。
ケインは、その夜「師匠」に言われたようにケビンマスクという超人の仮面をぎこちなく被り(それが本当の姿ではあるが)、ジュニアの私室のドアを叩いた。
入れ、と低い声が中から聞こえ、ケビンはおずおずとドアをあけた。その私室は寝室兼用だ。

「・・・話とはなんだ?」

「少し待ってくれ、適当に座っていろ」

ジュニアは机に向かい、ケインの試合までの臨時調整メニューを書いていた。
やがて筆を止め、椅子ごとケビンの方へと向けば、彼はドア近くの壁に凭れ、床に座っていた。

「何故そんな所に・・・・椅子もベッドもあるだろう」

「いや、ここでいいんだ」

ケビンは呟くように言い、ジュニアを見た。

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