FAKE 1
「ブロッケンレーラァ、ただいま戻りました!」
一同がドアの方を凝視する。
誰よりもジュニアが驚いた。
今は弟子などいない。それに、ジェイド以外の者にレーラァ呼ばわりされる筋合いもなく、目の前の男はそのジェイドではない。
会った覚えもない見も知らぬ男なのだ。
「あ…これはこれはレジェンドの皆様、いらしてたんですね。失礼致しました」
ぺこりと下げた頭の後ろから、ゆるく編んだ金髪の束が前へおりる。
装着品が目から鼻にかけてを覆い、笑みをたたえた口元が見える。
汗で濡れて張り付いたTシャツが被う、鍛えぬかれた若々しい肉体と骨格は、誰の目から見ても超人だと知れた。
その立派な体躯を持つ若者は、ゆったり歩を進め、臆することなくジュニアの傍らに立った。
「ブロッケンレーラァ、今日のコースはなかなか良かったです。あすも同じでいきましょう」
「おまえは…」
誰だ?と問いかけようと凝視すれば、男は唇の端を意味ありげに上げて見せた。
「…っ」
それは他の誰でもない、ケビンマスクだった。
声も口調も変えられていては、わかりようもなかったが、よく見ればその唇の形や笑い方、体躯も長い金髪も、彼そのものだった。
何故ケビンが突然に、変装までして弟子だと言い、この場に出てきたのか、ジュニアにはさっぱり意味がわからない。
「レーラァ、どうなされました?」
調子を合わせろとばかりに執拗に微笑みかけてくるケビンに、ジュニアは一瞬躊躇ったのち目だけで頷いて見せた。
「いや…おまえがあまりに早かったものだから、驚いたんだ…」
「ええ、走ってみたら昨日より少し距離が短かったんです。坂道も少なかったですし」
「そ、そうか。ともかく少し休むといい」
ケビンの装う完璧とも言える弟子の様相と対照的に、ジュニアのぎこちない師の顔と口調。
そんな二人をぽかんと見ていた三人だったが、
「ジュニア、一体どういうことなんだ?この若者は…?」
ラーメンマンが向かい側から身を乗り出した。
ジュニアはテーブルに向き直り、咳払いをひとつ。
これで断る理由が出来たのだ。
上手くケビンに合わせなくてはならない。
「あ、ああ…皆には黙っていたが…新しく弟子、の候補、がいてな。この若造一人なんだが…」
ちらりとジュニアが横を見上げれば、ケビンは澄ました顔で微笑んでいる。
「最近こちらへ来ました。ジェイドさんのような立派な正義超人になるつもりです」
『弟子』は悠然と構え続けている。
この場を逃れたいジュニアにとって、このケビン擬きの登場は、良くも悪くもまさに青天の霹靂。
「おまえ、弟子がいたのを何故今まで隠していたんだ?」
バッファローマンが眼光鋭く二人を見据える。
アルコールは一気にとんだようだ。
「いや、その…まだ弟子というより…」
「先程レーラァが言われましたが、正式なご承諾が出るまで、あくまでも私は候補の一人なんです。ブロッケンレーラァに弟子入りしたい超人は沢山いるんですよ」
ジュニアはケビンの、あまりにも胴に入った役者ぶりに内心舌を巻いていた。
が、それとは別に、ケビンがよく喋る時は余裕がない時だと知っているジュニアは、だんだんとケビン自身も追い込まれているようにも取れた。
バッファローマン、ラーメンマン、リキシマンの三人は頭を寄せあい、ひそひそと話し合い始めた。
ケビンに肩を叩かれて見上げれば、唇が微かに動き、
『任せろ』
と声に出さず伝えてきた。
読唇術でジュニアがそれを受け、同じように『わかった』と返す。
するとケビンは小さく舌を出してみせた。
いつものケビンからは想像もつかない、まるでいたずら小僧のような仕草に、ジュニアは言い知れぬ何かを感じた。
それが一体何なのかをジュニアが自身に追求する前に、目前の三人が話し合いを終えたようだ。
「ジュニア。再び弟子を取るのならば仕方ない。残念だが今回も我々は引いておこう。ジェイドに続く良い正義超人を育ててくれ。…なかなか有望そうな若者ではないか。君、名前は?」
ラーメンマンの言葉に安堵しつつあったものの、最後の一言で一転、二人はにわかに固まった。
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