If... (番外編)
*If・2
「彼」に、また会いたい。
もし会えたら、もし・・・・会いに行ったとしたら?
それからどうしようか、否、どうすれば、何から話せば良いのか。
(何から、どこから話せば伝わるのだろう?一度で全てを話さねば駄目だ。しかし焦りは禁物ともいう・・・・二度目が確実にあるなら半分でも、いや、どこまでが半分だ?)
考えれば考えるほどおかしなスパイラルに巻き込まれてしまう。
落ち着いたらまた考えたい、少しだけゆっくりと様々なことを。自分の気持ちも整理しつつ。
もし会えた時の為に。
帰国直後から続いた慌ただしさが一段落した頃、ケビンは暫く休養する旨を超人委員会に書面で伝えた。
かつての超人オリンピックでは恒例だった、チャンピオンが世界各国を巡り防衛戦ツアーをする企画は無く、例えあっても辞退しただろう
取材も面会も一切シャットアウトしたケビンは、人知れず借りたアパートの一室に閉じ籠った。
父親と和解したとはいえ根底にある確執が雲散霧消したわけではなく、生家に戻り親子共々暮らすという選択は鼻からない。
経緯はどうであれとっくに親離れした身であり、尚且つ既に一人前の年齢に達した男が、今更親元へ帰るなど恥ずかしいという拘りもある。
特別な用があれば渋々でも其処を訪れれば良いし、母親とは機会があれば外で食事くらいしてもいい・・・・その程度が今のケビンに出来そうな精一杯の歩み寄りだった。
誰にも住み処を教えずままスタートさせた独り暮らしは、ケビンの心を多少軽くしてくれた。
生活感が全くなさそうに見えても、最低限の家事には困らない。
悪行超人のアジト・デーモンプラントに入った当初、新入りの役目として皆の食糧調達や調理に加え、様々な雑用を担わされた経験からだ。まさかその後の役に立つとは当時全く思わなかったが、結果的に自身が『普通に生活』する為の良い修業になったといえる。
先ず引きこもる前に、食糧や消耗品を買い込み、退屈しのぎに読む本やCDも何枚か選んだ。
所持していた携帯電話は番号ごと変えたが、新番号は誰にも知らせていない。
住み処も近所の者が余計な真似さえしなければ当分は身を隠せる。当然、外出は控えるつもりだ。
あらかた片付けを終えたのは日没間近。
真っ先に冷蔵庫へ入れたハイネケンの瓶を手に、暫し迷った末ソファーへ腰かけ、三分の一ほど一気に飲んだ。
アルコールには強くないが嫌いではない。毎日呑むつもりはないが、ハイネケンを1ケースと白ワインを買っておいた。どれらもドイツ産であるのは故意。
made in Germany(German) という表記を眺めるだけで『彼』の近くに居るような気がし、酔いが後押しして束の間でも孤独を忘れられた。
『彼』、あのドイツの伝説超人と出会う前から、『彼』を想うときケビンは孤独さを感じてきたが、何故なのかはとっくに理解している。
いまのケビンは戦う超人としての解放された自由気ままな身でありながら、解放しきれない己の心との狭間にいた。
一人は好きだ、孤独も嫌いではない。だのに本心から望むのはどちらでもなかった。
日が完全に落ちる前にシャワーを浴び、部屋の明かりはつけずままベッドへ直行。今夜は食事を抜いてでも寝たかった。
怪我は順調に回復中だが食欲だけは戻らない。少しずつでも食べねばと、ぼんやりした頭で明日の献立を考えてみる。
大柄な超人というその体躯に似合わず、ケビンは大食漢ではない。むしろ普段からかなり少食で、同じ年頃の人間より少ない量で足りてしまいそうな程。
ゆえに食糧は頻繁に買いに行かずとも、少しばかり多目に備蓄すれば半月以上は保つ。
肉より魚や野菜を好む点で日保ちの問題はあるものの、味に無頓着で食材の品質には拘らない。よって好物ならば冷凍や乾物でも充分、調理といえるほどの手間もかけない。最低限の調味料で煮るか、焼くか揚げるかで腹さえ満たされればよい。
不思議と不味いものは出来上がらないからこそ、普通に満足出来ているとも言えよう。
暫くは手抜きでいい、簡単に出来るようなものを食べて過ごそう、と決めて目を閉じた。
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